画壇の悪魔派とは真実か?美人画の巨匠・北野恒富


画壇の悪魔派とは真実か?美人画の巨匠・北野恒富

「画壇の悪魔派」と称されるほど艶麗な作品を手掛け、次第に内面性の表現を深化させた稀有の表現者・北野恒富を顧みます。「画壇の悪魔派とは真実か?美人画の巨匠・北野恒富」です。

「生い立ちと幼年期」

出典元:https://showa-g.org/img/00312_m.jpg

出生/没年情報:1880年(明治13年)528日金沢市生まれ。1947年(昭和22年)520日没。

概要:石川県金沢市十間町で加賀藩士族・北野嘉左衛門の三男として誕生。名は富太郎。夜雨庵と号しました。少年時代から絵を描くことを好み、家にあった掛け軸の絵などを模写して楽しみ、小学校を卒業した明治25年(1892木版書画の版下製作業者・西田助太郎に入門、技術を研修するかたわら南画を学びます。その後は何人かの木版画彫刻師の門下を転々とし、絵草子屋に勤めたりもしましたが長続きせず、明治30年(1897)には彫師、伊勢庄太郎のもとで木版下絵を描く修行を重ねたのち、彫刻師中山駒太郎に従って北国新報に入るものの、ほどなく画家として立つべく大阪に移りました。

「就学と画家活動のきっかけ」

明治31年(1898)、中山駒太郎の紹介により月岡芳年門下の稲野年恒に入門。明治32年(189911月には月刊新聞「新日本」の小説挿絵を描き、挿絵画家としてデビュー。この時期には仕事をこなすかたわら洋画の画法の研究にもいそしみ、当時、尾崎紅葉の『金色夜叉』や小杉天外の『魔風緑風』の挿絵を担当して人気を博していた挿絵画家・梶田半古の作品にも触発され、後年の画風の素地が形成されていきます。また同時期に野田九浦の知遇も得ますが、北野を彼に紹介した信近春城は大阪画壇の組織化を早くから試みていた人物であり、後年北野がとった同様の行動には彼からの影響が窺えます。明治34年(1901)には藤村歌と結婚し、同年10月に大阪新報社に入社、小説挿絵担当となり、翌明治35年(1902)には長男顕雄が誕生。(*顕雄は後の日本画家の北野以悦)本格的な創作活動がスタートします。

「テーマと生涯の創作活動」

「明治末期の大阪湾築港大桟橋」出典元:http://www.cwo.zaq.ne.jp/caso/comon/phto/olddays/osaka-port-osanbashi.jpg

展覧会への初出品作とされる「揚げひばり」(三等一席)や、明治43年(1910)の第4文部省美術展覧会(文展)で「すだく虫」が初入選。明治44年(1911)の第11回巽画会展に出品した「賃仕事」が三等銅賞、第5回の同展では「日照雨(そばえ)」が3等賞を受け、日本画家として名を知られることとなります。1912(明治45年)7月の現代名家風俗画展(会場は高島屋呉服店)には「浴後」(京都市美術館蔵)を発表、関西弁の響きを思わせる丸みを帯びた造形と、背後にさまざまな物語を連想させる濃厚な情感、克明な描写、そしてそれらが生み出す頽廃的な雰囲気が特徴の「恒富風美人画」が確立され人気画家への仲間入りを果たします。

その一方、仏教的倫理観が根強く残る大阪の街に居住し、浄瑠璃や文楽などの芸能に触れた金沢出身の恒富が、宗教的雰囲気と退廃のないまぜになった世界に溶け込んで行きます。また、その絵が「画壇の悪魔派」と呼ばれる妖艶さを漂わせていたこの頃も、のちに関西弁のまるみを帯びた「はんなり」としたような画風に変わるのも、この浪速の風俗が背景にあったと思われます。

1939年「星≪夕空≫」大阪市立美術館所蔵・出典元:https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr180/auc0302/users/1/3/7/0/amica5959-img450x600-1413861602sjtasn4467.jpg

文展入選をきっかけに画家としての地位を築いた北野でしたが、大正2年(1913)の第7回文展に出品し心中天網島を描いた「朝露(現在名は道行)」(福富太郎コレクション)が落選して以降は、同年に横山大観下村観山によって日本美術院展(院展)が再興されるや、その第1回展に「願いの糸」(所在不明。木下美術館などに類似作あり)を出品します。文展への出品は大正4年(1915)の「暖か」(滋賀県立近代美術館蔵)が最後となり、大正6年(1917)には院展の同人となります。この後、大正10年(1921)の再興第8回院展に「茶々殿」(大阪府立中之島図書館蔵)、昭和3年(1928)の第15回展に「宵宮の雨」(大阪市立美術館蔵)、昭和5年(1930)の第17回展の「阿波踊」(所在不明。山形美術館などに類似作あり)、昭和6年(1931)の第18回展に「宝恵籠」(所在不明。大阪府立中之島図書館などに同構図作あり)、昭和14年(1939)の第26回展に「星(夕空)」(大阪市立美術館蔵)を出展するなど、昭和21年(1946)の第31回展まで、ほぼ毎年出品が続けられ、創作活動の大きな柱としていきます。

1943年関取」出典元:http://search.artmuseums.go.jp/jpeg/momat/S0156031.jpg

この頃になると、画風もかつての濃密な手法とは異なり、清澄で簡潔、優美なものへと変貌していきます。この間にはこれらと並行して、大阪美術院の1917年の第3回展に「風」(広島県立美術館蔵)、翌18年の第4回展に「紅葉狩」(個人蔵)、昭和11年(1936)の改組第1回帝国美術院展に「いとさんこいさん」(京都市美術館蔵)、昭和17年(1942)には日本画家報国会軍用機献納画展覧会に「関取」(東京国立近代美術館蔵)、昭和18年(1943)の関西邦画展に「夜桜」(大阪市立美術館蔵)、再興第30回院展に「」を出品。また昭和9年(1934)には聖徳記念絵画館の壁画「御深會木」を制作しています。

「画壇活動」

創作活動のかたわら、1912(大正元年)8月に野田九浦と「大正美術会」、大正4年(1915)には「大阪美術協会」、大正7年(1918)には水田竹圃らと「大阪茶話会を設立したほか、画塾「白燿社」を主宰して不二木阿古、中村貞以、樋口富麿生田花朝女ら多くの門下生を育てたほか、大正末年には徳島で「南海画塾」も設立しました。他方、浮世絵と同じ技法による新版画「新浮世絵美人合 三月 口べに」を大正13年(1924)発表、浪速情緒にあふれた木版画を残しています。

「島成園」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/24/Shima_Seien.jpg/200px-Shima_Seien.jpg

島成園を少女時代から指導し、大正14年(1925年)に木谷千種、松本華羊、星野更園、三露千鈴らを会員として結成された創作グループ「向日会」の顧問に就任するなど、大正、昭和初期の大阪で活躍した女性画家たちを積極的に指導、後援し、終戦後の昭和21年(1946年)に大阪市立美術館に絵画研究所が併設されると、日本画講師として招かれるなど、大阪画壇のリーダー的存在としての地位を築きます。昭和22年(1947年)520日に当時在住していた大阪・三野郷村(現在の東大阪市、八尾市の一部)の自宅で心臓麻痺のため67歳で急逝。

「代表作」

出典元:http://www.suzukishoten-museum.com/photo_archive/images/sapporo_31.jpg

1913年「サクラビールポスター」鈴木商店記念館所蔵

1914年「願いの糸」木下美術館所蔵

1915年「鏡の前」滋賀県立近代美術館所蔵

1915年「暖か」滋賀県立近代美術館所蔵

出典元:http://www.takashimaya.co.jp/base/pc/archives/collection/img/lightbox/00554.jpg

1916年「京舞妓美人若松」*高島屋東京南伝馬町開店時に使用したポスター原画。

1918年「廓の春秋 冬 鏡の前」アーサー・M・サックラー・ギャラリー所蔵

1920年「淀君」耕三寺博物館所蔵

1920年「納涼美人図」城西大学水田美術館所蔵

出典元:http://kunio.raindrop.jp/image-art-japan/jpn0352-2.jpg

1920年「阿波踊」徳島城博物館所蔵

1926年「涼み」大阪新美術館所蔵

出典元:http://search.artmuseums.go.jp/jpeg/momat/S0156033.jpg

1929年「戯れ」東京国立近代美術館所蔵

出典元:http://www.takashimaya.co.jp/base/pc/archives/collection/img/lightbox/00515.jpg

1929年「婦人図(ポスター原画)」*高島屋大阪長坂店で開催「キモノの大阪春季大展覧会」のポスター原画。

1939年「星≪夕空≫」大阪市立美術館所蔵

「関連著作物」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71twKCwOLGL.jpg

19799月集英社刊行「現代日本美人画全集・第三巻/北野恒富・中村大三郎」

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%87%8E%E6%81%92%E5%AF%8C

参考サイト:http://guide.jr-odekake.net/event/45289

参考サイト:http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu120/artrip/gallery_15.html

参考サイト:http://www.suzukishoten-museum.com/photo_archive/post-89.php

参考サイト:http://kunio.raindrop.jp/photo-japan-sikoku.htm

参考サイト:https://showa-g.org/men/view/301

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%88%90%E5%9C%92

参考サイト:http://www.takashimaya.co.jp/cgi-bin/archives/collection/collection.cgi?nen_id=&cat_id=&order=6a&page=2

参考サイト:https://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E4%BA%BA%E7%94%BB%E5%85%A8%E9%9B%86%E3%80%88%E7%AC%AC3%E5%B7%BB%E3%80%89%E5%8C%97%E9%87%8E%E6%81%92%E5%AF%8C-%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%A4%A7%E4%B8%89%E9%83%8E-1979%E5%B9%B4/dp/B000J8EIH4

参考サイト:http://www.cwo.zaq.ne.jp/caso/html/syuhen2.htm

参考サイト:https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/184604844

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