静かなる人気画家/アンドリュー・ワイエス


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静かなる人気画家/アンドリュー・ワイエス

風景や人物や歴史を含め、古き良きアメリカを好感する日本人が沢山います。それにもまして、そのことに憧れるアメリカ人も数多くいます。その時代をドラマチックに描き続けた一人の画家。アンドリューワイエスがその人です。ご紹介します「静かなる人気画家/アンドリュー・ワイエス」伝です。

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9

参考サイト:https://iwano.biz/picture/picture-aa/post_1797.html

参考サイト:http://plginrt-project.com/adb/?p=20283

参考サイト:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/130622/report.html

参考サイト:http://renote.jp/articles/1113

参考サイト:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/130622/index.html

参考サイト:https://www.pinterest.jp/pin/473159504580997409/

参考サイト:http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/wyeth.html

「ワイエスの出生情報と絵画との出会い」

This handout photo courtesy of Brandywine River Museum in Chadds Ford, Pennsylvania shows US Painter Andrew Wyeth in 1983 .US painter Andrew Wyeth has died at his home in Pennsylvania at the age of 91, a spokeswoman at the Brandywine River Museum, which has an extensive collection of his work, said January 16, 2009. Wyeth had been suffering from a “slight illness” and died in his sleep at his home in Chadd’s Ford near Philadelphia, Laura Englehart, the museum’s public relations coordinator, told AFP.AFP PHOTO/BRANDYWINE RIVER MUSEUM/BRUCE WEBER/HANDOUT/RESTRICTED TO EDITORIAL USE/NO SALES =GETTY OUT= (Photo credit should read BRUCE WEBER/AFP/Getty Images)
出典元:https://iwano.biz/web/uploaded/items/2083.jpg

出生情報:1917712日ペンシルバニア州チャッズ・フォード生まれ

没年情報:2009116日ペンシルバニア州チャッズ・フォード自宅にて没・享年91

「チャッズフォード自宅」出典元:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/130622/images/re01.jpg

1917年、ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォードに誕生。姉3人に兄1人の5人兄弟の末子で、子供たちは幼い頃から絵を描きました。アンドリューも水彩を習ったり、ペンとインクで小説の挿絵を描いたりしていました。しかし当時は姉たちが才能を見せていたため、彼は家族の中で孤立感を抱いたと言います。身体が虚弱であったワイエスは、ほとんど学校教育を受けず、家庭教師から読み書きを習いました。小学校に入学しますが神経衰弱となり2週間で退学。その後も家庭教師について読み書きを学んでいき、ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のちゃっずフォード自宅と、別荘のあるメーン州クッシング以外の場所へは行った事がほとんどない生活でした。1926から水彩画を描くようになり、15歳になると近所に住むカーナー夫妻の絵を描くようになり、挿絵画家であった父のアトリエでも絵を描くことを始めました。ワイエスの父はワイエスに絵画技法を徹底的に教えます。そこにあるものを正確に描写するように指導し、その次は見なくても「存在する」かのように描けるように指導していきました。その父親が自動車に乗っているときに列車と衝突し亡くなった、ワイエスは多大な精神的ショックを受けます。父親の死から半年後に描かれた『1946年の冬』は、丘から少年が駆け下りてくる瞬間的な絵画で、父の事故死を心にとめた作品であると評されています。

 

 

「創作活動のエポック①オルソン姉弟との出会い」

「クリスティーナの世界」出典元:http://renote.jp/uploads/image/file/6244/015cd83aab9127efdee917dc89827347.jpg

創作活動を本格化し始めたワイエスは「オルソン・ハウス」という近所の農家、周りの農地、農耕用の牛や馬を画題として見出し、そこに暮らすクリスティーナとアルヴァロというオルソン姉弟の人生をも画題として発見し、彼らを被写体とした作品を描き始めます。1948年ニューヨーク近代美術館によって買い上げられたことでワイエスを一躍有名にさせた出世作がその中の一作「クリスティーナの世界」です。作品に登場するクリスティーナは別荘の近くに住んでいたオルソン家の女性で、クリスティーナはポリオ(小児麻痺)によって足が不自由で、そんな体なのに何もかも自分の力でやってのける少女でした。ワイエスは彼女の生命力に感動し、出会ってから彼女が亡くなるまで30年にもわたってクリスティーナと弟のアルヴァロを描き続けました。ワイエスはこの作品で彼女の人生にある悲劇と喜びの面性を捉えたいと考えていました。広大な野原、遠くに見える家、そこへ向かおうとしているクリスティーナ。孤独でありながらもしっかりと前を向き体を乗り出している姿からは強い意志と生命感をも感じます。1967年クリスマス・イヴにオルソン姉弟の弟アルヴァロが死去。1968127日アルヴァロを追うようにクリスティーナ・オルソン死去します結局、彼女は200点以上もの作品のモデルになりました。

「創作活動のエポック②カーナー夫妻との出会い」

「松ぼっくり男爵(部分)」出典元:http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/130622/images/p004.jpg

父との葛藤を晴らすため、周囲の散策が日課となっていたワイエスは、家の裏にあった農場に住むカーナー夫妻一家と出会い「カーナー農場の春」などの作品を残しました。そもそもカーナー氏はドイツ移民で、ワイエスとは異なる環境で暮らしていました。ワイエスは28歳の時、父親を自動車事故で突然亡くしましたが、父の肖像画を描いていなかったことに後悔しており、カーナー氏に肖像画を描かせてもらうことを申し入れています。また松ぼっくり集めという一寸変わった行動は妻・アンナの生活習慣でした。カールと同郷のアンナはアメリカ移民の当時ひどいホームシックにかかったそうで、以降も生涯、アメリカに馴染むことできず、笑顔を見せづ、ただ黙々と農場で働き家事をこなし、子どもたちを育てる暮しぶりでした。ワイエスはそんなアンナに近づき、隠された内面を描こうと試み、作品を残しています。その代表作が『松ぼっくり男爵』です。縦横80センチ余りの板に描かれたテンペラ画に描かれているのは、厳しい風雪を避けるために農場の入口に植えられた松並木。赤茶色に染まった枯れ葉が冬の気配を映し出しています。松の太い幹を覆う分厚くかさついた硬い樹皮。地面に落ちた松葉。そこに、松ぼっくりが集められています。その精緻な光と影の描写が生み出す、乾いた手触り。見えるもの全てを記録しようとする驚異の写実は「マジックリアリズム」と呼ばれるワイエスの世界です。そんな描写の中に、間違いなくワイエスが感じ取ったアンナの生活習慣の思いが投影していると思われます。

「ドイツ人」出典元:https://i.pinimg.com/originals/4f/06/23/4f0623cfc64fcbced3fbbd59ff1b1888.jpg

「松ぼっくり男爵」に描いた鉄兜にワイエスは興味を持ち、カーナー氏がしまっていたドイツ軍の制服とヘルメットを着用してもらい、カーナーの肖像画「ドイツ人」を描いています。カール氏の妻アンナは98歳で亡くなりましたが、生涯、松ぼっくりを拾っていたと言います。描いたあの松の木はカールがホームシックにかかったアンナの為に植えたと言われていますが、ワイエスは2人が亡くなってからもカーナー農場の絵を描き続けました。

「創作活動のエポック③ヘルガ・エステートとの出会い」

「隠れ家」出典元:http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/y3.gif

近所のドイツ系の農婦ヘルガ・エステートとの出会いは、1971年カール・カーナーの看病に来た時でした。出会いと同時にワイエスはヘルガをモデルに起用しますが1985年までにその画は240点にものぼりますが、一切公表されませんでした。しかしヘルガとの関係は「世紀の密会」としてスキャンダラスに報道されます。ヘルガをモデルに15年にわたって作品が描かれたいたことは、有能な秘書であった妻ベッツイも、ヘルガの夫も知りませんでした。ワイエスが始めてヘルガを鉛筆でスケッチした当時、彼女はすでに38歳、ワイエスは53歳でした。ヘルガは若くもないし、特別、美人でもありませんでした。 しかしワイエスは彼女の内面からにじみ出る、何かに魅かれたのです。それはワイエスによって描かれたヘルガを見れば明らかでしょう。また彼が見栄えのしないヘルガを描き続けたのは、彼女が辛抱強く、寒い戸外に立たせても不平を言わづ、屋内では命じられたポーズを忠実に守り続けたからでした。同一のモデルをさまざまなスタイルで240点も描き続けたのは、名もない一人の中年女性に、描かせる魅力が潜んでいたからで「ページ・ボーイ」では沈鬱で禁欲的なヘルガが描かれています。しかし「恋人たち」と題するヌードでは、ヘルガは豊満な肉体を見せています。さらに同じ裸体でも「仮収容所」のように背面から描くと別の面を鮮やかに見せています

「ページボーイ」出典元:http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/y4.gif

ヘルガシリーズは、ヘルガの年齢や風貌の関係もあって、裸体を除くと全体として重くやや暗い感じのシリーズですまた15年もの間、秘密にしていた理由について妻ベッツィが、ワイエスが異性のヌードを描くとき「私に見えないところでやって」と言ったためだと言われていますが、それが15年もの間、秘密にしていた本当の理由なのだろうか。ワイエスの画はヘルガの老いに対しても正面から受け止め、そこには馴れ合いの美化は見られません。つまり画家として一人の女性ヘルガをあるがままにして置きたかった。常にリアルに生きる女性ヘルガを邪魔されることなく描きたいと考えたことが、芸術的な解釈ではないだろうか。そんなワイエスの執念が名作ヘルガシリーズを生んだのです。

 

 

「略歴」

1917ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外のチャッズ・フォードに生まれる。

1923年小学校に入学するが神経衰弱となり2週間で退学。

1926年ごろから水彩画を描くようになった。

193215歳になると近所に住むカーナー夫妻の絵を描くようになり、父のアトリエでも仕事を始めた。

1937年ニューヨークのマクベス・ギャラリーで初めての個展を開き、いきなり完売。

1938年義兄よりテンペラ画を習う。

1939年第二次大戦で入隊を志願するが、身体が弱かったために不許可になった。

同年、妻となる女性ベッツィ・マール・ジェイムズに出会う。

1940年結婚。この年、最年少でアメリカ水彩画協会の会員となる。

1943年長男ニコラスが誕生。

1945年父N.C.ワイエスと3歳の甥が乗った車が列車と衝突事故を起こし、二人とも死亡。

1946年次男ジェイムズが誕生。彼は後に祖父や父と同じく、画家となった。

1947年アメリカ美術文芸アカデミーとニューヨーク国立美術文芸協会より功労賞受賞。

1950年結核のため、片肺切除する手術を受ける。

1954年コルビー・カレッジから名誉博士号を授与される。以降、数多くの賞を受ける。

1965年父と次男と親子三代の展覧会を開催。後にワイエス家の展覧会は度々開催された

1959フィラデルフィア美術館より芸術祭賞受賞。

1963年大統領より、メダル・オブ・ドリーム(自由勲章)受賞。 全米芸術賞受賞。

1966年ペンシルヴェニア美術館にて大回顧展開催。

1976年ニューヨークのメトロポリタン美術館で展覧会。

1988年アメリカ合衆国議会よりゴールド・メダル大統領賞に推薦され90年に授与。

1995年オルソン・ハウスが文化財史跡に登録される。

2007年アメリカ大統領より芸術勲章を贈られる。

2009116日ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外チャッズ・フォードにある自宅で死去。

 

 

「代表作」

1943Public Sale

1945Self Portreit

19461946年の冬

1947年小舟にペンキを塗るアルヴァロ

1947年干し草をかき集めるアルヴァロ

1947年海からの風

1947年ダッジライド

1948年クリスティーナの世界

1951年踏みつけられた草

1952年遥か彼方に

1966年ガニング・ロックス

1967年泉からの引水

1968年アルヴァロとクリスティーナの家

1970Evening at Kuemers

1976年松ぼっくり男爵

「関連著作物(画集)」

タイトル:「ワイエス画集3・ヘルガ」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/318D%2B-WEOQL.jpg

出版社:リブロポート

出版年:19875

参考価格:4000円~

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E7%94%BB%E9%9B%863-%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%AC-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0/dp/4845702703/ref=pd_sim_14_3?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=MCDH7K701G818AKSW509

タイトル:「Andrew Wyeth: Looking Out, Looking in

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/91GLpfjnVvL.jpg

出版社:National Gallery of Art, Washington/D.A.P. /ジョン・ウィルマーディング著

出版年:2014/5/31

参考価格:5198

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/Andrew-Wyeth-Looking-Out/dp/1938922190/ref=pd_sbs_14_3?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=DRSJBCXNDF52F41DW9AA

タイトル:「アンドリュー・ワイエス作品集」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/A1Eocitm00L.jpg

出版社:東京美術/高橋秀治著

出版年:2017822https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E7%A7%80%E6%B2%BB/dp/4808710781/ref=pd_sbs_14_1?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=YXHVSXHKJCPCKSPTXGVR

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