静寂の日本「美術館の茶室」


静寂の日本「美術館の茶室」

日本の美術館には素晴らしい茶室が数多く存在します。静かな時間を愛でる日本人の審美眼がそうさせるのかも知れません。そこでご紹介します「静寂の日本・美術館の茶室」です。中川一政美術館・佐川美術館・サントリー美術館・東京国立美術館・金沢21世紀美術館・豊田市美術館・畠山記念館・根津美術館・刈谷市美術館・細見美術館・MOA美術館・足立美術館。

真鶴町立・中川一政美術館

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「茶室」出典元:http://www.nakagawamuseum.jp/rooms/images/cha.jpg

所在地:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1178-1

問合せ:0465-68-1128

公式サイト:http://www.nakagawamuseum.jp/

関連サイト:http://www.manazuru.net/sightseeing/nakagawa-art/

FACEBOOKhttps://www.facebook.com/kazumasamuseum/

茶室名称:特定名称はありません。

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「茶室の一政の書」出典元:https://scontent-nrt1-1.xx.fbcdn.net/v/t1.0-9/12112399_587690021386209_1909138380876110441_n.jpg?oh=55579e28b8aa6ff13c8f897f58794228&oe=57EF2FFB

インフォメーション:中川一政美術館は、真鶴町にアトリエを構え、戦後の日本洋画壇の中心的存在として活躍し文化勲章も授章された故中川一政画伯が作品を町にご寄贈たことにより、その業績と芸術を顕彰するべく平成元年3月に開館しました。真鶴半島自然公園の樹林に包まれ、その恵まれた自然環境の中にある建物は、内部には5つの展示室と茶室があり、平成2年に「第15回吉田五十八賞」(建築設計)、平成10年には「公共建築百選」(旧建設省)に選ばれています。美術館に隣接す「お林展望公園」には画伯のアトリエの洋間を生前のままに復元公開し、画伯の芸術活動を偲ばせるものとなっています。当館では常設展示やテーマ展示、その他展覧会を通して約80から90点の作品を紹介しています

開館時間:9301630

休館日:毎週水曜日

関連料金:美術館入館料・大人600円・高校生以下350

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「美術館全景」出典元:http://www.manazuru.net/wp-content/uploads/DSC00617-633×422.jpg

佐川美術館

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出典元:http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/plan/images/raku/img_raku_17.jpg

所在地:524-0102 滋賀県守山市水保町北川2891

問合せ:TEL 077-585-7800

公式サイト:http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/

参考サイト:http://kurashiki-koumuten.com/news.html

開館時間:9001700

休館日:毎週月曜日

茶室名称:特定名称はありません。

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出典元:http://kurashiki-koumuten.com/002-1.png

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出典元:http://kurashiki-koumuten.com/002-3.png

インフォメーション:水庭に埋設された地下展示室と、水面に浮かぶように建設された茶室で構成されたユニークな美術館。「守破離(しゅはり)※」をコンセプトに十五代樂吉左衞門自身が設計の創案・監修しました。 収蔵作品は主に2000年以降に作陶された焼貫黒樂茶碗や黒樂茶碗、焼貫茶入、焼貫水指など。常に新しい樂吉左衞門の作品をご覧いただけます。

千利休の「規矩作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本をわするな」から来た言葉の意味です。

茶室見学:毎週木・金・土・日・祝日(記念茶室見学開催期間、催事、呈茶開催日を除く)に、お茶室見学を実施。電話による事前予約制です。

料金:入館料とは別途一人1000です。
詳しくはお電話にてお問い合わせ下さい。
佐川美術館077-585-7800(受付時間9301700


サントリー美術館

所在地107-8643東京都港区赤坂9-7-4東京ミッドタウン ガレリア3

問合せ:03-3479-8600

公式サイト:http://www.suntory.co.jp/sma/

TWITTER:https://twitter.com/sun_SMA

茶室名称:「玄鳥庵」

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「玄鳥庵」出典元:http://www.suntory.co.jp/sma/rental/img/mian_visual.jpg

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「点茶席」出典元:https://pbs.twimg.com/media/CmuQ6UsVUAAWd7g.jpg

インフォメーション:展覧会会期中の指定の木曜日茶室「玄鳥庵」でお抹茶と季節の和菓子を提供します。時間は11:3017:30(入室は17:00まで)点茶席では13:0014:0015:00にはお点前があります(別途1000円の点茶席券が必要)。

美術館休館日:火曜日、展示替期間、年末年始

関連料金:上記参照


東京国立博物館

所在地110-8712 東京都台東区上野公園139

問合せ:03-3822-1111

公式サイト:http://www.tnm.jp/

インフォメーション:東京国立博物館の北側庭園には、九条公爵ゆかりの「九条館」や「六窓庵」など5棟の茶室があります。5名程度の小規模な茶事から、5棟すべてを利用した数百人に及ぶ茶会、句会、会議やコンサートまで、様々な用途でご利用いただけます。有料貸出の詳細に関しては次のURLからご確認ください。

確認URL:http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=177

茶室名称:「九条庵」

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227110020aa1ea458.jpg

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227105738e47bc3df.jpg

もと京都御所内の九条邸にあったものを東京赤坂の九条邸に移した建築で、当主の居室として使われていました。昭和9年(1934)九条家から寄贈され、現在の位置に移築されました。床張付、襖などには狩野派による楼閣山水図が描かれており、欄間にはカリンの一枚板に藤花菱が透かし彫りされています。木造平屋建て、瓦葺き、寄棟造、間口15m、奥行き10m2室、廻り廊下を巡らしています。

茶室名称:「応挙館」

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出典元: http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227111627b1988657.jpg

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227111621bc52490f.jpg

尾張国(現在の愛知県大治町)の天台宗寺院、明眼院(みょうげんいん)の書院として寛保2年(1742)に建てられ、後に東京品川の益田孝(鈍翁・ 18481938)邸内に移築、昭和8年(1933)当館に寄贈され、現在の位置に移されました。室内に描かれている墨画は、天明4年(1784)、円山応挙(まるやまおうきょ、17331795)が明眼院に眼病で滞留していた際に揮亳したものであると伝えられています。松竹梅を描いた床張付がのこされています。墨画は保存上の理由から収蔵庫で保管されていますが、2007年、最新のデジタル画像処理技術と印刷技術を駆使した複製の障壁画が設置され、応挙揮毫当時の絵画空間が応挙館に再現されました。木造平屋建て、入母屋造、瓦葺き、間口15m、奥行き9m2室、廻り廊下を巡らしています。

茶室名称:「六窓庵」

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227112549237000b9.jpg

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227112544cd748eb0.jpg

慶安年間(16481652)に奈良の興福寺慈眼院に建てられたもので、もとは興福寺大乗院内にあり現在奈良国立博物館に移された八窓庵、東大寺塔頭四聖房の隠岐録とともに大和の三茶室といわれました。明治8年(1875)に博物館 が購入、解体輸送中に伊豆で船が難破しましたが、幸い材は流失をまぬがれて明治10年(1877)に当館に移築されました。その後、第二次大戦中再び解体され疎開しま したが、昭和22年(19479月、数寄屋の名工木村清兵衛により現在の位置に再建されたものです。入母屋造、茅葺きで席は三畳台目出炉、金森宗和(15841656)好み。水屋、寄付、腰掛などは明治14年(1881)に古筆了仲によって設計、増築されたものです。にじり口にある手水鉢は四方仏水盤といわれる形式のもので、延長3年(925)関白 藤原忠平が建立した法性寺(山城国)の石塔のひとつでした。その後、銀閣寺を経て所有者が幾人か変わり、明治18年(1885)に当館の所有になりました。

茶室名称:「転合庵」

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227113701d83cecb6.jpg

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227113654d9c8bace.jpg

小堀遠州(15791647)が桂宮から茶入「於大名」を賜った折、その披露のために京都伏見の六地蔵に建てた茶室です。1878年京都・大原の寂光院に伝わっていた転合庵を、渡辺清(福岡県令、福島県知事、男爵)が譲り受け、東京麻布区霞町に移築。その後、三原繁吉(日本郵船の重役。浮世絵コレクター)へと所蔵者が変わっています。三原は茶入「於大名」も入手し、茶室転合庵とゆかりの茶入「於大名」がここで再び巡り合うこととなりました。その後、塩原又策(三共株式会社 今の第一三共の創業者)を経て、妻の塩原千代から昭和38年(1963)に茶入とともに当館に寄贈されました。木造平屋建て、切妻屋根、瓦葺き、二畳台目向切席、遠州好み。4畳半座敷、水屋などがあります。

茶室名称:「春草廬

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227113228e3a97d19.jpg

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出典元:http://www.tnm.jp/uploads/fckeditor/VenueRental/uid000068_20140227113222a0212ab0.jpg

江戸時代、河村瑞賢(16181699)が摂津淀川改修工事の際に建てた休憩所で、その後大阪へ、さらに原三渓(18631939)に よって横浜の三渓園に移され、昭和12年(1937)に埼玉県所沢市にある松永安左エ門(耳庵・18751971)の柳瀬荘内に移築されました。昭和 23年(1948)に柳瀬荘が当館に寄贈され、昭和34年(1959)に春草廬は現在の位置に移されました。入母屋の妻に掲げられた「春草廬」の扁額は、能書家として知られる曼殊院良尚法親王(16221693)の筆で、三渓が耳庵に贈ったものです。木造平屋建て、入母屋造、茅葺き、座敷は5畳と3畳からなります。

関連料金:下記参照

料金(円/日)

九条館

53,000

応挙館

53,000

六窓庵

53,000

転合庵

32,000

春草廬

32,000


金沢21世紀美術館

(著作権等の関係で画像掲載はできません。公式サイトから直接、閲覧ください)

所在地:920-8509石川県金沢市広坂1-2-1

問合せ:076-220-2800 (代表)

公式サイト:http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=22&d=3

インフォメーション:金沢21世紀美術館敷地内に移築された松涛庵、山宇亭、腰掛待合は茶室としてご利用いただけます。茶室の利用予約受付は、当該月の6ヶ月前の月の初日(1月は4日)9:00から受付を開始します。詳細は公式サイトからご確認ください。

茶室名称:「松涛庵

この建物は江戸時代末期、加賀藩12代藩主 前田斉泰(文化8年~明治17/18111884)により、江戸根岸の隠居所「冨有園」の居室として建築されたものです。天井や柱が紅殻塗りであったことから「赤い間」と呼ばれていました。その後、鎌倉の別邸への移築を経て、昭和11年(1936)前田家16代 利為(明治18年~昭和17/18851942)により、独立した数奇屋風の茶室として整備され「松涛庵」と命名されました。昭和54年(1979)金沢市内に移築され、平成13年(2001)金沢市が取得したもので、江戸時代末の風情を今に残す貴重な建造物であり、今回の移築にあたっては、この雰囲気を伝えることに努めるとともに、新たに椅子点前による立礼席と水屋などを増築しています。

茶室名称:「山宇亭・腰掛待合

この茶室は昭和26年(1951)に高岡市から金沢市本多町に移築され、元産業機械製作会社社長 直山与二邸で使用されていたものです。付随する「腰掛待合」は加賀八家の一つである長家の本邸から同所に移築されたものといわれています。街中の自然に恵まれた本多の森の中程に位置し、木立に囲まれた草庵風茶席で、長く「山のお茶室」と親しく呼ばれていたことに思いをはせ、今回の移築に伴い「山宇亭」と命名しました。平成14年(2002)金沢市に寄贈され、今回の移築にあたっては極力、元の部材を再用し復元することに努めるとともに、傷んだ部分のみを補修することで元の建物の雰囲気や歴史的な価値を損なわないようにしています。

関連料金:美術館入館料大人1000円・大学生800円・小中学生400


豊田市美術館

所在地:471-0034 愛知県豊田市小坂本町8丁目51

問合せ:0565-34-6610

公式サイト:http://www.museum.toyota.aichi.jp/amenity/teaceremonyhouse.html

TWITTERhttps://twitter.com/toyotashibi/media

インフォメーション:美術館の敷地の西側に茶室「童子苑」はあります。この名前は、かつて挙母藩(ころもはん)の居城があった美術館の敷地の一帯が、「童子山(どうじやま)」と呼ばれていたことに由来します。美術館で作品との対話を楽しんだあとは、四季折々の自然の表情を眺めながらどうぞ一服お過ごしください。

茶室名称:「一歩亭」

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出典元:http://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/image/douji/ippo7.jpg

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出典元:http://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/image/douji/ippo2.jpg

余計な装飾を配し、軒を深く降ろした外観は、非常に穏やかで、目に立つところがありません。「どんなこともまず一歩の歩みから」という思いから名付けられました。

茶室名称:「豊祥庵」

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出典元:http://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/image/douji/hou3.jpg

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出典元:http://www.mc.ccnw.ne.jp/nagoya-taikan/image/douji/hou1.jpg

主屋である一歩亭と同じく、軒を深く降ろした穏やかな外観。内部には三畳台目の席と一畳台目の席があります。名称の 「祥」の字は幸いに通じ、幸多かれの願いがこめられています。

公開日時:詳細は公式サイトを参照ください。

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「童子苑」出典元:https://pbs.twimg.com/media/CWQexjIVAAAs0ek.jpg

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出典元:https://pbs.twimg.com/media/CiP-hWRU4AA2MTL.jpg

 

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

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