「人気の現代洋画家」/2016.4.15修正更新


「人気の現代洋画家」

現代洋画家の評価軸の目安は「号あたりの評価額」かも知れません。さまざまな評価査定者がいますが公表されている価格で高いランクの画家をご紹介してみたいと思います。ただし、絵画を楽しむためにはなるべく多くの作品に接して「絵を見る目」「「自分なりの選択眼」をもって、「絵を描く」「絵を購入する」というところを目指したいものです。では、ご紹介します「人気の現代洋画家」です。

 

青木敏郎

1947年京都に生まれる。73年東京造形大学卒業。73~78年滞欧(ベルギー)。82年初個展。83~84年日本秀作美術展出品。84年個展開催。85~87年フランス・プロヴァンスにて制作活動。88年個展開催。89年「青木敏郎画集」刊行(求龍堂)。91年個展開催。95年現代油彩画の写実・細密表現展出品。

〒606-0063 京都市左京区上高野大明神町33-5

関連URL:https://toshiroaoki.wordpress.com/

AOKI-1-H

「菓子・パン・白デルフトの焼物達」出典元:https://toshiroaoki.files.wordpress.com/2014/05/aoki-1-h_c.jpg?w=584&h=314

AOKI-15

「朽ちた南瓜と古物達」出典元:https://toshiroaoki.files.wordpress.com/2014/05/aoki-15_c.jpg?w=584&h=322

AOKI-32

「アルザスの村眺望」出典元:https://toshiroaoki.files.wordpress.com/2014/05/aoki-32_c.jpg?w=584&h=265

 大藪雅孝

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「ポピー」 出典元:http://www.daimaru.co.jp/kyoto/contents/bijutsu/tp_con_bigo_biju_b201507_01.jpg

1937年ソウル(京城)に生まれる。1942年帰国(香川)。 1960年東京芸術大学美術学部卒業。1960~’98年 個展40数回・グループ展多数。 1988年 画集「愛しき仲間たち」刊行(京都書院)。1993年 作品集「愛しき世界」刊行(求龍堂)。1994年 画集「山水鳥話」刊行(朝日出版社)。現在、東京芸術大学美術学部教授

関連URL:http://www.daimaru.co.jp/kyoto/topics/2015062911970.html

関連URL:http://www.hatsukaichi-csa.net/cms/gallery/2012/01/post-14.html

〒194-0041 東京都町田市玉川学園7-30-14

大薮雅孝《金剛寺枝垂櫻》-thumb-320xauto-758[1]

「金剛寺枝垂櫻」出典元:http://www.hatsukaichi-csa.net/cms/gallery/assets_c/2012/01/%E5%A4%A7%E8%96%AE%E9%9B%85%E5%AD%9D%E3%80%8A%E9%87%91%E5%89%9B%E5%AF%BA%E6%9E%9D%E5%9E%82%E6%AB%BB%E3%80%8B-thumb-320xauto-758.jpg

奥谷博

okutani[1]

出展元:http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/previous/okutani/okutani.jpg

1934年高知県幡多郡宿毛町(現在の宿毛市)に生まれる 。1955年東京芸術大学美術学部油絵科に入学し、1959年卒業する 。1963年東京芸術大学美術学部専攻科を修了、大橋賞を受賞する。この間、油絵科4年に進級して林武に師事するとともに、専攻科進学後も林武教室に籍を置く。1966年4月には、伊藤簾教授の推挙により開学したばかりの愛知県立芸術大学美術学部の専任講師になる。また10月には独立美術協会の会員となる。1967年には、文部省が創設した芸術家在外研修制度(現在の文化庁新進芸術家海外留学制度)による第1回在外研修員として、フランスに1年間留学する 。1969年4月に愛知県立芸術大学助教授となるが、翌年3月に退職して創作活動に邁進する 。2001年4月に東京芸術大学美術学部客員教授(-2004年3月)となる 。2007年1月には宿毛市名誉市民となる。洋画家で独立美術協会会員の奥谷太一は、奥谷博の長男である。

関連URL:http://www.dokuritsuten.com/member/0a5_okutani/index.html

関連URL:http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/previous/okutani/hiroshi_okutani.html

代表作:

『画家と鴉』(1974年、高知県立美術館)

『閉ざされた風景のある静物』(1974年、刈谷市美術館)

『足摺遠雷』(1981年、神奈川県立美術館)

『詩海』(1983年、三重県立美術館)

『鱪と針千本』(1991年、メナード美術館)

『風生』(1991年、笠間日動美術館)

asizuri[1]

「足摺遠雷」出典元:http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/previous/okutani/asizuri.jpg

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「博愛」出典元:http://www.dokuritsuten.com/member/0a5_okutani/img/75.jpg

80[1]

「大空に舞う」出典元:http://www.dokuritsuten.com/member/0a5_okutani/img/80.jpg

絹谷幸二

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出典元:https://pbs.twimg.com/profile_images/1082242354/__.jpg

works_ph_01[1]

「斎窮夢譚」出典元:http://www.kinutani.jp/works/img/works_ph_01.jpg 

works_ph_02[1]

「銀嶺の女神」出展元:http://www.kinutani.jp/works/img/works_ph_02.jpg

昭和18年(1943)-奈良市に生まれる。昭和43年東京芸術大学油画科大学院修了。独立美術協会会員。同46年イタリアに留学。同49年第17回安井賞展安井賞受賞。同62年第19回日本芸術大賞受賞。平成元年第30回毎日芸術賞受賞。同9年長野オリンピック公式ポスター「銀嶺の女神」他、各種競技別7種類のポスター原画を制作。

絹谷幸二公式URL:http://kinutani.jp/exhibition/index.html

TWITTER:https://twitter.com/kinutani_info?ref_src=twsrc%5Etfw

代表作:

「アンセルモ氏の肖像」:1973年 40号 東京国立近代美術館蔵

「ダリア」

「ガナッシィーニの肖像」

「アンジェラと蒼い空2」 :1976年 東京国立近代美術館蔵


須田寿

1906(明治39年)5月25日、東京日本橋本町に生まれる。本名門井(かどい)寿。1913(大正2)年精華小学校に入学。同校在学中に遠縁にあたる日本画家下村観山のアトリエに出入りする。19年成蹊中学校に入学し、24年同校を卒業。洋画家を志し、東京美術学校西洋画科を受験するが、不合格となり川端画学校に入学する。1926(昭和元)年、東京美術学校西洋画科に入学。長原孝太郎に師事。27年、友人の大貫松三とともに中国へ旅行し北京に二ヶ月半滞在。28年東京美術学校西洋画科和田英作教室に入る。30年第11回帝国美術院展に「裸婦」で初入選。31年、親戚の須田家の養子となる。同年第12回帝展に東京美術学校の卒業制作「髪」を出品して入選。33年第14回帝展に「三人」、34年第15回帝展に「庭園小景」を出品し、官展作家としての地歩を固める。昭和5年、帝展初出品。6年、東京美術学校西洋画科卒業。15年、第1回創元会参加。21年、第1回日展出品。24年、立軌会創立。 29年、53年、ヨーロッパ旅行。40年、武蔵野美大専任教授。53年、武蔵野美大退任。昭和52年、自選展。57年、日本橋高島屋(日本経済新聞社主催)。 平成5年、世田谷美術館。7年、高島屋(東京・大阪・京都・横浜)にて卒寿記念展。長谷川仁記念賞、芸術選奨文部大臣賞。 現在、立軌会創立会員。武蔵野美大名誉教授。

〒156-0051 東京都世田谷区宮坂1-21-21

TEL 03-3420-7568

代表作:

「御堂の佛たち」 油彩

「茜雲」 油彩 40F


鈴木信太郎

明治28年(1895)-平成1年(1989)東京生まれ。明治43年白馬会洋画研究所に入所、黒川清輝に学んだ。大正5年第10回文展で初入選。同11年 第9回二科展で初入選。以後、石井柏亭に師事した。昭和元年第13回二科展で樗牛賞を受賞。戦後は、二科展の再建に努力。同30年二科会を退会し、一陽会を結成した。同35年日本芸術院賞を受賞。昭和63(1988)年に文化功労者として顕彰されました、豊かな色彩感覚を持つ洋画家で80年間におよぶ画業は日本洋画界に多大な貢献を果たすと共に、昭和25(1950)年武蔵野美術学校および昭和28年(1953)年多摩美術大学にて教授に就任しております。リズミカルで軽快なタッチとふくらみのある穏和な色調は鈴木作品の特徴であり、とりわけ緑色に対する濃淡・明暗の技法に優れ「緑の画家」と評される事もあります。鮮やかな色使いで、風景をはじめ、人形やアジサイ、桃といった親しみやすいモチーフを描いています。

関連URL:https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/06/1021_suzuki/

関連URL:http://www.nichido-museum.or.jp/exhibition_archive_0701.html

代表作:

「八王子車人形」

exhibition_archive_0701_03[1]

「東京の空」出典元:http://www.nichido-museum.or.jp/images/exhibition_archive_0701_03.jpg

pic[1]
「白い服と黒い服の人形」出典元:https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/06/1021_suzuki/images/pic.gif

鶴岡義雄

1917年 茨城に生まれる。1941年 日本美術学校卒業・二科展初入選。1947年 二科展二科賞。 1950年 二科会会員となる。1969年 カンヌ国際展招待出品(グランプリ候補)・サロン・ドートンヌ会員となる。 1974年 二科展内閣総理大臣賞。 1990年 日本芸術院賞。1993年 勲四等旭日小綬章。1994年 日本芸術院会員・茨城賞。 二科会常務理事・日本芸術院会員・サロン・ドートンヌ会員。 2007年 旭日中綬章受章、逝去。

代表作:「宇宙線」 第83回二科展出品・「深海」 第81回二科展出品


中山忠彦

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出典元:http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000008867.jpg

1935年 福岡県に生まれ、大分で育つ。/ 1953年 伊藤清水に師事/ 1954年 日展初入選/ 1958年 白日会会員となる/ 1969年 日展特選(同’81)/ 1980年 白日展内閣総理大臣賞/ 1985年 中山忠彦展(読売新聞社主催)/ 1986年 日展審査員となる/ 1990年 日展会員賞/ 1996年 日展内閣総理大臣賞/ 1998年 日本芸術院賞/ 現在、白日会常任委員・日展理事

関連URL:http://www.city.ichikawa.lg.jp/cul01/1551000025.html

〒272-0827 市川市国府台6-14-8 中山 忠彦 TEL 0473-72-7914

代表作:

「花のある部屋」2004年

「45年目の良江」2008年

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「花のある部屋」出典元:http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000196995.jpg

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「45年目の良江」出典元:http://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000196989.jpg

 

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

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