「旅を楽しむために知っておきたい軽井沢歴史ガイド」2017年3月17日更新


旅を楽しむために知っておきたい軽井沢歴史ガイド

「ハイソサエティ」という表現だけでなく「豊かな時間」という言葉が軽井沢には似合います。歴史に彩られたヒトの交流の軌跡の探訪をおすすめします。そのいくつかをご案内いたします。

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旧・三笠ホテル

出典元:http://kazeno.info/karuizawa/4-kyuu/img/ku-p-02.jpg

情報:1908年(明治39年)ホテル開業。以来、財界人・文化人の交流、社交の場となり、「軽井沢の鹿鳴館」と称されました。太平洋戦争中は休業し、戦後は米軍に接収されたがほどなく営業再開し、1972年日本長期信用銀行により買収され1980年軽井沢町に贈与されました。同年5月「旧・三笠ホテル」として国の重要文化財の指定を受け、現在に至ります。

出典元:http://kazeno.info/karuizawa/4-kyuu/img/ku-p-04.jpg

参考サイト:http://kazeno.info/karuizawa/4-kyuu/4-kyuu-1-04.htm

所在地:〒389-0100 長野県軽井沢町大字軽井沢1339-342
開館時間: 9:00~17:00
休館日:12月28日~1月4日
問い合わせ先:0267-42-7072


旧・朝吹山荘(睡鳩荘)

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情報:塩沢湖畔に建つ大正の実業家・朝吹常吉氏の別荘。1931年アメリカ人建築家ヴォーリーズの設計である。通称「睡鳩荘」。なお当山荘は移築復元されており、この移築に尽力したのが朝吹家の長女・登水子である。フランソワーズ・サガン、ヴォーヴォワールの翻訳で名を馳せた登水子は父の山荘を引き継ぎここを文化人のサロンとして世に知らしめた。その息吹を感じさせるのが朝吹山荘です。内部は大正ロマンを彷彿とさせる洋館建築の粋を集めたものです。

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出典元:http://www.karuizawataliesin.com/wordpress/wp-content/themes/karuizawataliesin/img/leisure/look/look4-normal-4.jpg

公式サイト:http://www.karuizawataliesin.com/look/suikyusou

所在地:〒389-0111長野県北佐久郡軽井沢町塩沢湖217 タリアセン内
TEL :0267-67-6161
営業時間:9時~17時
入館料:800円
アクセス:関越・碓氷ICから車で約15分。軽井沢駅からタクシー約8分。


軽井沢銀座

出典元:http://karuizawa-ginza.org/wp-content/uploads/2015/03/gallery-20150311-008.jpg

出典元:http://karuizawa-ginza.org/wp-content/themes/karuizawaginza/common/images/ph-mainimg-history.jpg

情報:正しくは「旧軽井沢メインストリート」と呼ばれていたが「旧軽井沢銀座」と呼ばれるようになったのはバブル期から。そもそもは外国人、東京の著名人が軽井沢に別荘を構え避暑に訪れるようになってから別荘族御用達の商店街として発展。ただ避暑地のため夏季のみの営業を行う店が多かったが、1997年北陸新幹線の先行開通に伴い、年間営業を行う店が急増しています。

軽井沢銀座商店街公式サイト:http://karuizawa-ginza.org/introduction/

所在地:〒389-0102長野県北佐久郡軽井沢町739

アクセス:軽井沢駅北口より旧軽井沢方面へ徒歩20分

出典元:http://karuizawa-ginza.org/wp-content/uploads/2015/03/gr-mainimg-splist-service.jpg

旧・ヴォーリズ邸(浮田山荘)

出典元:http://kenchiku.tokyo-gas.co.jp/live_energy/modern/common/images/21/img03.jpg

情報:建築家ヴォーリズが軽井沢で夏の避暑に集まる外国人牧師との交流の拠点として1922年に建てた山荘です。ヴォーリズは、ここ軽井沢にも設計事務所を作り、昼間はいわゆる営業活動をしながら、設計業務を行い、夜はこの山荘で休んでいたと言われています。軽井沢のみならず、全国に教会や牧師館を建てた源泉は、ここ軽井沢での活動があったかも知れません。

出典元:http://kenchiku.tokyo-gas.co.jp/live_energy/modern/common/images/21/img01.jpg

「九尺二間」と称する、最小限の空間に快適で健康的な住まいを目指した、実験的な住宅として有名な建築物です。妻面に浅間石積みの煙突を配する軽井沢らしい雰囲気いっぱいの山荘になっています。ヴォーリズの後に洋画家の浮田克躬氏の所有となり、現在も浮田家に使い続けられています。木造平屋建てで、軽井沢では「浮田山荘」と呼ばれています。(非公開のため詳細な住所表記は記載できません)

参考サイト:http://kenchiku.tokyo-gas.co.jp/live_energy/modern/21.html

参考サイト:http://www.vories.co.jp/vories/

 

 ヴォーリズ・プロフィール

出典元:http://www.vories.co.jp/images/wmv/wmv_photo2.jpg

情報:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880年10月28日 – 1964年5月7日)
アメリカ合衆国に生まれ、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家であり、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもある。そしてまたYMCA活動を通し、また「近江ミッション」を設立し、信徒の立場で熱心にプロテスタントの伝道に従事した。よく「宣教師」と紹介されるが、彼はプロの牧師ではなくキリスト教徒伝道者である。讃美歌などの作詞作曲を手がけ、ハモンドオルガンを日本に紹介するなど、音楽についての造詣も深かった。彼の建築作品をできるだけ紹介してみたいのですが日本国内の名だたる教会、大学,公官庁の数が膨大なので割愛いたします。それほど凄い建築家です。


旧・アームストロング山荘(青葉幼稚園山荘)

出典元:https://www.karuizawa.co.jp/topics/131026-01.jpg

情報:富山県富山市の私立青葉幼稚園を創立した、カナダの女性の宣教師マーガレット・アーム ストロングの夏の別荘だった住宅。W.M.ヴォーリズ設計のこの山荘は、1920 年頃の建築と推測され、今年で築後約100年になります。元々は、近江兄弟社が貸別荘として建てたもので、軽井沢のこの地域(「浅間隠」)が近江園と呼ばれていたころを偲ばせる貴重な遺構です。戦後、M.E.アームストロング女史が友人のヴォーリズからゆずり受けたそうです。青葉幼稚園山荘として知られていたものの、ここ40年はほとんど使われていませんでした。昨夏、ようやく応急修理が終わり、大掃除を行い積年の塵もきれいに払って、利用再開となっています。再開準備で問題となったのは、残された家具などを生かした山荘の「しつらえ」の再現であり、インテ リア・照明の時代考証だったそうです。今後も例えば「暖炉前の揺りイスでくつろぐ女史」の写真など残された手がかりを元に、歴史的な事実を踏まえつつ現代的な視点から、この山荘らしいしつらえの解釈をするそうです。頑張ってください。
(非公開のため住所表記はできません)

参考サイト:https://www.karuizawa.co.jp/topics/2013/10/9540/

参考サイト:http://www.aoba-yochien.jp/about

 

マーガレット・アームストロング女史・プロフィール

出典元:http://www.aoba-yochien.jp/common/img/armstrong.jpg

1910年カナダ・メソジスト教会婦人宣教師マーガレット・エリザベス・アームスト ロングが富山に住む。千石町の武家屋敷を借りてキリスト教式幼児教育を始める。
1911 年文部省の認可を受けて、富山県最初の私立幼稚園「青葉幼稚園」を開園。
1941年 太平洋戦争始まる。アームストロングは日本に帰化し日本名を「亜武巣マーガレット」とする。
1943年 戦争の激化。アームストロングは文部省通達により園長を辞し、園主となる。
1945年8月2日未明、富山大空襲により園舎焼失。
1949年 3月24日 現在地に木造園舎を建築する。アームストロングの功績に富山県民が感謝して贈呈したものである。
1960年1月18日 M.E.アームストロング逝去。


旧ライシャワー家別荘

出典元:http://www.tsuruyaryokan.jp/blog/assets_c/2014/07/2014-07-02%2015-47-04-thumb-640×426-1397.jpg

オーガスト・K・ライシャワーが営んだ別荘でヴォーリーズの設計と言われています。。明治末期に建てられ、駐日アメリカ大使のエドウィン・ライシャワーが子供時代を過ごした別荘です。木造二階建、入母屋造鉄板葺で、外壁は杉皮張とする。内部は軸部に丸太を使い、壁も杉皮張や竹網代張とし、浅間石積の暖炉を築くなど、野趣豊かな構成。通風や採光にも配慮され、軽井沢の別荘の一典型を示しています。また、オーガスト・K・ライシャワーは明治学院で教鞭を執り、息子エドウィンは駐日大使を務めました。国-登録-登録有形文化財(建造物)です。

参考サイト:http://www.tsuruyaryokan.jp/blog/2014/07/post-344.html

参考サイト:https://www.karuizawa.co.jp/newspaper/news/n_2013-122.php

参考サイト:http://office.twcu.ac.jp/univ/about/spirit-and-history/founder/

住所:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢字林ノ根1004-34
交通案内:JR・しなの鉄道軽井沢駅から車で10分

出典元:https://www.karuizawa.co.jp/newspaper/news/images/ph_201308_02.jpg

 

オーガストライシャワー・プロフィール

出典元:http://office.twcu.ac.jp/univ/about/spirit-and-history/founder/images/int_10_img_04.jpg

1879.9.4 – 1971.7.10   米国の長老教会宣教師,日本研究家,神学者。元・明治学院教授。イリノイ州ジョウンズバラ生まれ。1905年に妻と共に来日し、明治学院、日本神学校等に勤務する。また、東京女子大学創立(’18年)に力を尽くし常務理事に就任した。日本聾唖学校の設立にも協力している。’41年帰国し、ユニオン神学校で宗教史を教えた。日本文化の研究家として知られ、特に「往生要集」の翻訳は有名。東京都名誉都民に選ばれている。長男は日本研究家のロバート・ライシャワー、次男は元駐日米国大使エドウィン・ライシャワー。著書に「人格不死論」、「日本仏教の研究」等がある。

 

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

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