和みの前衛画家・猪熊弦一郎


和みの前衛画家・猪熊弦一郎

「老舗百貨店の包装紙」「上野駅の大壁画」など、一度は目にしたことがある印象的なアートを生み出した「奔放なカタチの面白さ」のマエストロが猪熊弦一郎です。その前衛画家としての歩みと生涯を辿ります。

アイキャッチ画像出典元:http://www2.og-bunka.or.jp/lsc/lsc-upfile/event/03/80/380_4_m.jpg

 

 

「生い立ちと就学」

出典元:http://www.jb-honshi.co.jp/kanko/seto_mare/art/images/img_vol2/img09.jpg

出生情報:1902年(年)1214日高松市生まれ。

没年情報:1993年(年)517日東京にて没。享年満89歳。

1902高松市に生まれ、ほどなく家族で丸亀市に転居します。丸亀東幼稚園を経て、城北小学校に入学。小学校の時から絵がうまく、学校の美術の授業で教師の代わりをする事もあったと言います。その後1921年、旧制丸亀中学校(現・香川県立丸亀高等学校)を卒業します。

 

 

 

「絵画との出会い」

「藤島武二」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cc/Fujishima_Takeji.jpg/200px-Fujishima_Takeji.jpg

大正10年香川県立丸亀中学校を卒業後上京、本郷洋画研究所へ通い、翌年東京美術学校西洋画科に入学しました。美校の同期生には、牛島憲之、岡田謙三、荻須高徳、小磯良平、山口長男らがいました。一時、病を得て休学しますが、同14年から復学し藤島武二教室に学びます。翌10年片岡文子と結婚、洗足にアトリエを構え、同年の第7回帝展に「婦人像」で初入選しましたが、この年再び健康を害したため東京美術学校は中退します。

「生涯の創作活動」

「第16回光風会展ポスター」出典元:http://kofu-kai.jp/wp-content/uploads/history/poster_016.jpg

昭和2年、美校の同期生岡田、荻須らと上杜会を結成、また帝展、光風会展に制作発表を行い、同4年第16回光風会展で光風賞を、第10回帝展に「座像」で特選をそれぞれ受賞します。同6年光風会会員、同8年第14回帝展に「画家」で再び特選を受け、同10年新文展発足に反対する有志と第二部会を組織し第1回展に「海と女」を発表しますが、翌11年第二部会の新文展参加に反対し同会を脱退、光風会も退会し、小磯、佐藤敬、中西利雄ら同志と新制作派協会を結成し、その第1回展に「二人」「馬と裸婦」を出品します。

「アンリマティス・ニースのアトリエにて」出典元:http://www.henri-matisse.net/photos/images/yh_sm.jpg

13年渡仏し、同15年までの滞在の間、サロン・デザンデパンダン展に出品、また、この間ニースにアンリ・マチスを訪ねその指導を受け、藤田嗣治とアトリエを共にしたりしています。同15年藤田、荻須らと同船して帰国、第5回新制作派協会展に「黄色い葉」「S氏の像」などの滞欧作を発表、以後、半具象によるモダニズム絵画の旗手として画壇をリードする存在に至ります。

「戦ひの後・コレヒドール」出典元:http://www.mimoca.org/data/assets_c/2017/04/b_1942-thumb-250xauto-4131.jpg

猪熊は40歳前後に太平洋戦争の時期を過ごし、従軍画家として二度戦地に派遣されました。15年には中国文化親善のため佐藤敬と南京方面に派遣され、同17年に陸軍省派遣画家となり、寺内萬次郎とフィリピン戦線に赴いた経歴があります。発表された戦争画のうち、現存が確認できるものは1点にすぎませんが、それ以外に、派遣先で異国の人々や風景を描いた油彩画や、疎開先で描いたデッサン等が残っています。そのほとんどは日常を描いた当たり障りのない写実的な画風で、表現が規制された当時の状況や、それでも何か描かずにはいられなかった画家の有り様が見て取れます。

「慶應義塾大学学生ホール壁画・デモクラシー」出典元:https://www.keio-up.co.jp/mita/r-shiseki/img/1412/pic01.jpg

戦後は同21年の第10回展から新制作派協会展に出品した他、美術団体連合展に毎回出品、日本国際美術展、現代日本美術展(第6回展に「ENTRANCE A」で国立近代美術館賞)にも第1回から出品しました。同26年慶応義塾大学学生ホール及び名古屋丸栄ホテルホールの壁画制作で、第2回毎日美術賞を受賞。また同26年の第1回サンパウロ・ビエンナーレ展、翌27年米国ピッツバーグ市のカーネギー美術館における国際美術展に出品したのをはじめ、以後しばしば海外の国際展に参加します。同30年パリに向う途次立ち寄ったニューヨークに魅せられ、同地にアトリエを構え、翌年からニューヨーク・ウィラード画廊の所属画家となります。以後20年間ニューヨークを足場に制作活動を展開、この間に半具象のモダニズム絵画から幾何学的構成による抽象へと転じ、明るい色彩と単純な点や線による明快な構成に独自の作風をうち立て、戦後を代表する抽象作家の一人となっていきます。

「東京会館ロビー壁画(閉館前)」出典元:https://31.media.tumblr.com/649c8faa2d82001472ae39b9916502cf/tumblr_inline_nekh65qaow1qh2map.jpg

48年脳血せんを患ったため、同50年にニューヨークのアトリエを閉じ、翌年からは冬期をハワイで静養につとめます。夫人を亡くしてからの晩年は「顔」のシリーズに意欲を燃やし、人間の表情を曼陀羅風の構成で描いていきます。戦後の作品に「猫と住む人」(第1回日本国際美術展)、「WALL STREET」(同41年、新しい絵画彫刻展、ニューヨーク他)、などがある他、JR上野駅コンコース壁画「自由」、東京会館ロビー壁画(モザイク)及び電灯装飾をはじめ数多くの公共空間の仕事にも従事し、また「小説新潮」の表紙絵でも親しまれた。

「主な代表作」

「自画像」1924年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「戦ひの後・コレヒドール」1942年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「妻と赤い服」1950年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「遊泳する窓」1984年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「驚く可く風景(A)」出典元:https://www.city.koganei.lg.jp/kankobunka/453/hakenomori/kakoten/inokuma.images/sakuhin1.jpg

「驚く可く風景(A)」1969年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「顔151988年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「マドモアゼルM」出典元:https://www.city.koganei.lg.jp/kankobunka/453/hakenomori/kakoten/inokuma.images/sakuhin2.jpg

「マドモアゼルM1940年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「自由」1951年制作・JR上野駅コンコース壁画

「顔 ブルーの中」1992年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「星座からの返信」1983年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「ヴィナス二人」1990年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「青い服」1949年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

「顔31」出典元:https://www.city.koganei.lg.jp/kankobunka/453/hakenomori/kakoten/inokuma.images/kao.JPG

「顔311989年制作・丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵

2018年に予定される展覧会」

「猫と食卓・1952年」出典元:http://www.mimoca.org/data/shop/assets_c/2012/10/cats%20on%20the%20table-001-thumb-347xauto-1047.jpg

展覧会タイトル:猪熊弦一郎展・猫たち

概要:猪熊弦一郎(1902-1993年)は百花繚乱の昭和の画壇にあって試行錯誤を繰り返しながらも、常に独自の境地を維持し、極めて個性的な作品群を残した画家です。「いちどに1ダースの猫を飼っていた」ほどの無類の猫好きとして知られ、私生活でも作品のモチーフとしても猫は重要な存在でした。勿論、猪熊弦一郎の芸術は猫だけにとどまるものではありません。本展は彼が愛した猫達を描いた作品をまずは堪能していただき、猪熊弦一郎の奥深い世界に触れるきっかけとなるよう企画された展覧会であり、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵の猫を描いた油彩、水彩、素描を中心に、猫以外の主題の作品も若干加えた百数十点によって構成されます。

参考サイト:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_inokuma.html

問合せ:0357778600

開催箇所:Bunkamuraザ・ミュージアム

開催期間:2018320日~418

展示時間:10001800(金土は~2100まで)

休館日:会期中無休

料金:20177月現在未確認

「常設美術館/丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」

出典元:http://www.kajima.co.jp/news/digest/nov_1999/tokushu/image/honbun5e.jpg

美術館概要:(HPより)丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(愛称MIMOCA/ミモカ)は1991年、全国でも類を見ない“駅前美術館”として丸亀市ゆかりの画家・猪熊弦一郎の全面的な協力のもと開館しました。70年に及ぶ猪熊の画業を顕彰するとともに、市民の芸術文化の振興をはかることを使命として、市民が気軽に訪れ憩える駅前ならではの開かれた美術館を目指しています。猪熊本人より寄贈を受けた約2万点に及ぶ猪熊作品を所蔵し、常設展示にてご紹介するほか、現代美術を中心とした年数回の特別展示を開催しています。

公式サイト:http://www.mimoca.org/ja/

参考サイト:http://www.kajima.co.jp/news/digest/nov_1999/tokushu/toku5.htm

主な常設所蔵作:以下参照

Faces801989年作/「バレリーナの夢想」1950年作/「宇宙都市計画」1981年作など

所在地:763-0022香川県丸亀市浜町80-1

問合せ:0877-24-7755

開館時間:10001800

休館日:2017年度(20174月-20183月)の臨時休館日
5
29()−69()
9
4()−15()
12
4()−16()
3
26()−31()

入館料:常設展一般 300大学生 200

 

 

「略歴」

1902

香川県高松市生まれ。少年時代を香川県で過ごす。

1921

旧制丸亀中学校(現 香川県立丸亀高等学校)卒業。

1922

東京美術学校(現 東京藝術大学)に進学。藤島武二教室で学ぶ。

1926

帝国美術院第7回美術展覧会に初入選。以後、第10回、第14回で特選となるなど、1934年まで主に帝展を舞台に活躍する。

1936

志を同じくする伊勢正義、内田巖、小磯良平、佐藤敬、三田康、中西利雄、脇田和、鈴木誠と新制作派協会(現 新制作協会)を結成。以後、発表の舞台とする。

1938

フランスに遊学(1940年まで)。アンリ・マティスに学ぶ。

1948

『小説新潮』の表紙絵を描く(1987年まで)。

1950

三越の包装紙「華ひらく」をデザインする。

1951

国鉄上野駅(現 JR東日本上野駅)の大壁画《自由》を制作。

1955

再度パリでの勉学を目指し日本を発つが、途中滞在したニューヨークに惹かれそのまま留まることとし、約20年間同地で制作する。

1973

日本に一時帰国中、病に倒れる。

1975

ニューヨークのアトリエを引き払う。その後、冬の間をハワイで、その他の季節は東京で制作するようになる。

1989

丸亀市へ作品1000点を寄贈。

1991

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館開館。

1992

所有するすべての作品などを丸亀市に寄贈する趣旨の文書提出。以降、順次丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に搬入。

1993

東京にて死去。90歳。

「関連著作物」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41M7-1UKquL.jpg

「物物/猪熊弦一郎集」猪熊弦一郎著・文/堀江敏行・撮/ホンマタカシ・選/岡尾美代子

2012BOOK PEEK

インフォメーション:画家・猪熊弦一郎(1902-93)は著書『画家のおもちゃ箱』(文化出版局1984年発行)でも知られるとおり、自分の嗜好に触れるものをいつも身近に置いて、暮らしや仕事の糧としていました。なかには、戦前に暮らしたパリや戦後に拠点としたニューヨークで出合った物も多く、特にアーリーアメリカンのコレクションには、専門の博物館に陳列されてもおかしくないような貴重な物も含まれています。けれども、高価なアンティークも生活雑貨も、道で拾った小さな欠片でさえも、猪熊にとっては区別なくその一つ一つが「良き友」であり「恋人」であったのです。現在、これらの膨大な数の収集品は丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に収蔵されています。今回は新たに、これらのコレクションのなかから、スタイリスト・岡尾美代子が100点余りを丁寧に選び抜き、写真家・ホンマタカシが一つ一つ撮影しました。見開きに、写真一点と撮影時に交わされたホンマと岡尾の会話を収録しています。また、巻末には小説家・堀江敏幸のエッセイを収録し、デザインと編集はアートディレクター・菊地敦己が担当しました。本書「物物」は、それぞれの視点によって瑞々しい魅力を発見された「もの」たちを、じっくりと味わえる一冊となっています。

書価:3024

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E7%89%A9%E7%89%A9-%E7%8C%AA%E7%86%8A-%E5%BC%A6%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4902519062/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1500859774&sr=1-2

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51vaeTudzcL.jpg

「ねこたち」猪熊弦一郎著・2015年リトル モア刊

猫は猪熊弦一郎が好んで描いたモチーフのひとつです。夫婦ともに猫好きだった猪熊家では、一度に1ダースの猫を飼っていたこともありました。本書のために、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の収蔵作品が「猫」をキーワードに洗い直された結果、なんと700点以上の猫絵が見出されました。「愛しているところに美がある」と言う猪熊の猫愛溢れる猫絵の数々、そして、猫について書いた原稿も収録した猫満載の一冊です。

書価:1944

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参考サイト:http://www.mimoca.org/ja/
参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%AA%E7%86%8A%E5%BC%A6%E4%B8%80%E9%83%8E
参考サイト:https://www.city.koganei.lg.jp/kankobunka/453/hakenomori/kakoten/inokuma.html
参考サイト:http://www.mimoca.org/ja/shop/item/597/
参考サイト:http://www.city.marugame.lg.jp/info/about/citizen/
参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%B3%B6%E6%AD%A6%E4%BA%8C
参考サイト:http://www.mimoca.org/ja/timeline/2017/
参考サイト:http://www.henri-matisse.net/photographs.html
参考サイト:http://www.jb-honshi.co.jp/kanko/seto_mare/art/vol2.html
参考サイト:http://kofu-kai.jp/history/short
参考サイト:http://www2.og-bunka.or.jp/event/data_380.html
参考サイト:https://www.keio-up.co.jp/mita/r-shiseki/s1412_1.html
参考サイト:http://www.hgm.pw/2014/11/
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