ヒーリングジャパン・徳島祖谷(IYA)地区へ往く

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ヒーリングジャパン・徳島祖谷(IYA)地区へ往く

四国徳島の里山に世界中から観光客がやって来る人気スポットがあります。ご案内します「ヒーリングジャパン・徳島祖谷地区へ往く」です。

参考サイト:http://www.miyoshinavi.jp/

参考サイト:https://www.iyaonsen.co.jp/sightseeing/

参考サイト:https://www.awanavi.jp/

≪インデックス≫

1「祖谷地区とは」

2「落合集落」

3「大歩危小歩危」

4「吾橋雲海展望台」

5「かずら橋」

6「かかしの里」

7「アレックス・カー氏」

8「祖谷の重要文化財群」

9「祖谷の天然記念物群」


1「祖谷地区(祖谷山)とは」

出典元:https://www.iyaonsen.co.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/img_spot02.jpg

出典元:https://www.iyaonsen.co.jp/wp/wp-content/uploads/2017/08/img_experience02.jpg

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%96%E8%B0%B7%E5%B1%B1

インフォメーション:(Wikipediaより以下参照)

祖谷山(いややま)とは、徳島県西部の祖谷川松尾川流域の山間部地域のことです。かつての美馬郡(後に三好郡東祖谷山村西祖谷山村の地域に相当し、現在の三好市の一部にあたります。 祖谷渓と呼ばれる深い峡谷に遮られ、標高1000メートル以上の峠を経由する山道を越えない限り外部との往来が困難であったため、独自の生活習慣・習俗・口承文芸などが残された地域で屋島の戦いで落ち延びた「平家の落人」が住み着いたという伝説があり、また鎌倉時代木地師が住み着いた土地とも伝えられています。中世を通じて小規模な土豪が他の住民を隷属させて支配するという構図が続いていましたが、蜂須賀氏阿波国を支配して祖谷山を幕藩体制化に組み入れようとすると激しい抵抗(祖谷山一揆)が起きました。最終的には徳島藩(蜂須賀氏)は直接支配を断念し、蜂須賀氏に帰属して生き残った土豪の喜多氏を祖谷山の「政所」に任命して統治を行わせ、政所は有力8家を「御屋敷」、36名の集落の長を「土居」に任命し、その下に名子(百姓)・下人(家内奴隷)を隷属させるという独自の支配体制を採らせました。その支配形態は明治維新によって終焉を迎えますが、その後も地域に大きな影響を残しました。この地域を大きく変えるきっかけになったのは、19201902から18年の歳月をかけて建設された祖谷街道(旧道)が完成したことによります明治の頃から林業の近代化が進みつつありましたが、街道の完成による交通状況の改善がそれに拍車をかけました。また祖谷渓の水流を利用した水力発電所も多数建設されました。一方、林業や狩猟焼畑農業楮紙の製造くらいしか産業がなかった祖谷山から出稼ぎに出る者、中にはそのまま他の地方に移り住む者も多数現れました。特に焼畑農業が衰退した昭和30年代以後にその傾向に拍車がかかり、過疎化が進行しました。その一方で観光地となっていた大歩危と祖谷山を直接結ぶ祖谷渓道路1974に完成したことによって「平家の落人」伝説ゆかりの観光地としても注目されるようになりました。最近では里山の景観や、古民家再生を標榜したプロジェクトがSNSでも話題になり、諸外国から観光客が来訪する話題のスポットになっています。


2「落合集落」

出典元:http://miyoshicity-kankokyokai.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/10/ochiai1.jpg

出典元:http://miyoshicity-kankokyokai.or.jp/wp/wp-content/uploads/2011/10/ochiai2.jpg

参考サイト:http://miyoshicity-kankokyokai.or.jp/nature/ochiaishuraku

インフォメーション:落合集落は東祖谷のほぼ中央、祖谷川と落合川の合流点より山の斜面にそって広がる集落で。集落の起源は明らかになっていませんが、平家の落人伝説や開拓伝承などが祖谷地方には残っています。集落内の高低差は約390mにも及び急傾斜地に集落を形成しています。江戸中期から昭和初期に建てられた民家や、一つひとつ積み上げた石垣と畑などの光景は、なつかしい山村の原風景を醸し出してい平成17年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

所在地:778-0202 徳島県三好市東祖谷落合

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)

アクセス情報:以下参照

マイカー:井川・池田ICから国道32号(高知方面)→県道45号→県道32号→国道439号(剣山方面)総行程1時間45

公共交通機関:JR大歩危駅から四国交通久保行き→落合バス停下車


3「大歩危小歩危」

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_object/image/l/SS000023-1.jpg

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_photo/admin/m/02c176ce38bcb7b70afeb48987acea5b.jpg

参考サイト:http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&area=2&uid=SS000023

インフォメーション:「大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)」は2億年の時を経て四国山地を横切る吉野川の激流によって創られた約8にわたる溪谷で、大理石の彫刻がそそりたっているかのような美しい景観を誇ります。その変わった名称の由来は断崖を意味する古語「ほき(ほけ)」から付けられたという説と「大股で歩くと危ないから大歩危」「小股で歩いても危ないから小歩危」という説があります。また大歩危峡はその間近に見える美しい岩石やV字谷の様子から日本列島の成り立ちがわかる全国的にも貴重な場所として有名で、結晶片岩が水蝕されてできた溪谷は、大理石の彫刻がそそりたっているかのようで、春は桜・秋は一面の紅葉が清流に色をそえ、スリル満点の舟下りが楽しめます。大歩危の下流約3kmが小歩危。大歩危より構えは小さ、奇岩怪石の妙と小歩危砂岩片岩と称される岩肌の美しさは、大歩危片岩に劣らない魅力をもっていますなお大歩危は平成26318日に国指定天然記念物に指定され、平成27107日には国指定の名勝にも指定されました。

所在地:徳島県三好市山城町重実~上名

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)

アクセス情報:以下参照

井川池田IC→国道32号(高知方面)→(全行程:車で約35分)

JR大歩危駅下車→徒歩30分~1時間 または車で520


4「吾橋雲海展望台」

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_object/image/l/SS000084-1.jpg

出典元:http://miyoshicity-kankokyokai.or.jp/wp/wp-content/uploads/2016/11/IMG_4401-640×480.jpg

インフォメーション:展望台は20153月末に完成。それまで視界を遮っていた樹木を伐採し、その杉を利用して横6m、縦4mの展望ウッドデッキも完成しました。展望台からは大歩危・吉野川や高知方面も眺望でき雲海の鑑賞や撮影が楽しめます。また100mほど手前には木製手すりが整備されており大歩危や西祖谷方面を見渡せます。

雲海の観賞できる時間帯:日の出から朝7時半頃まで
雲海の発生頻度の高い時期:3月~4月、10月~12

所在地:徳島県三好市西祖谷山村上吾橋

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)

アクセス情報:以下参照

マイカー:井川・池田ICから国道32号(高知方面)→県道45号線→祖谷のトンネル入り口手前で左折(国見山入り口)→三叉路を右折→約2.5Km(右手側)総行程約60

公共交通機関:JR阿波池田駅から四国交通バス(大歩危経由かずら橋行)バス停「JR阿波池田駅前」乗車→バス停「尾井の内下」下車。徒歩約1時間。或いはJR大歩危駅で上記バスに乗車


5「かずら橋」

「祖谷のかずら橋(国指定重要有形民俗文化財)」

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_photo/admin/m/6777de4c49eccc4331b1841e18fb42ee.jpg

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_photo/admin/m/50b391c5cb01338949e681de42fe8c06.jpg

出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_photo/admin/m/9a3af69f850d242331f9afcfe1dcf626.jpg

参考サイト:http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&area=2&uid=SS000048

インフォメーション:平家一族の哀話を秘める秘境“祖谷”にあるのが「かずら橋」です。シラクチカズラ(重さ約5トン)で作られたもので長さ45m・幅2m・水面上14mで、昔は深山渓谷地帯の唯一の交通施設でした。3年毎に架替えが行われます(国指定重要有形民俗文化財)。かずら橋ライトアップは毎晩19:0021:30の間行われ闇夜の中に照らされた「かずら橋」が幻想的です。

営業時間:日の出~日没(年中無休)

関連料金:大人550円・小人350

駐車場:あり(普通車293台/一台510円)

所在地:三好市西祖谷山村善徳162-2

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)


②「奥祖谷二重かずら橋/野猿」

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参考サイト:http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&area=1&uid=SS000041

インフォメーション:この橋は800年前平家一族が剣山、平家の馬場での訓練に通うため架設したと言われおり、現在は奥祖谷かずら橋キャンプ場への通路となっています。かずら橋が2本並んで架かっているため通称「男橋女橋(おばしめばし)」とも「夫婦橋」などとも呼ばれていますまた女橋の横にはロープをたぐり寄せて川を渡る人力ロープウェイ・野猿(やえん)があります

所在地:三好市東祖谷菅生620

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)

営業時間:日の出~日没

休業日:冬期休業121日~翌年331

関連料金:大人550円・小人350

駐車場:30

アクセス情報:以下参照

井川池田IC→国道32号(高知方面)→県道45号→県道32号→国道439号(剣山方面)→(全行程:車で約2時間30分)

JR大歩危駅より四国交通バス久保行き(久保バス停乗換)→市営バス剣山行き→二重かずら橋バス停下車すぐ 

二重かずら橋行き市営バス運行日4月~11月の土日祝祭日、但し春休み(4/17)・ゴールデンウイーク(4/265/11)・夏休み(7/228/31)紅葉期間(10/611/7)は毎日運行


6「かかしの里」

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参考サイト:http://www.miyoshinavi.jp/02miru/detail.php?genr=101&area=1&uid=SS000085

インフォメーション:かかしの里がある場所は徳島県三好市の山里である標高800メートルの名頃集落空に近いので別名「天空の里」とも言われます。四国のほぼ中央の中山間地帯で徳島市内から車で片道約3時間、平家の落人が隠れ住んだ集落よりもさらに奥の集落です。広島に留学中のドイツ人学生が2014年春に訪れ、動画投稿したところ、世界から50万回以上も再生され評判になりました。人形を作成したのは大阪から故郷に戻った綾野月見(あやの・つきみ)さん。人形作りのきっかけは「故郷に戻ってから畑に種をまいたけれど、何も生えてこなかった。それで、かかしを作ってみようと思った」と語られます。畑に野生の動物を寄せ付けないことが目標でしたが、10年以上になる人形作りの結果は、実に350体に上ります実は面白いのは「かかし基本台帳」があることです。綾野さんの実家近くにある休憩場所にその台帳が置いてあり、訪れる人ならそれを自由に閲覧できます。その掲示板には「わしらは普通のかかしさんとはちーっと違うんでよ。みんなに名前があって、性格もあり、人生の物語をもっとって、それが全部台帳にのっとんのよ」と記されています

所在地:三好市東祖谷菅生

問合せ:0120404344(三好市観光案内所)

アクセス情報:以下参照

マイカー:井川・池田ICから国道32(高知方面)→県道45号→県道32号→国道439号(剣山方面) 総行程約2時間

公共交通機関:JR阿波池田駅から四国交通バスで、阿波池田BTよりバス停「久保」下車。市営バスに乗換しバス停「名頃」下車総行程約2時間20


7「アレックス・カー氏」

「篪庵」出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_object/image/l/SS000070-1.jpg

「アレックス・カー氏」出典元:http://www.miyoshinavi.jp/_object/image/m/SS000070-4.jpg

篪庵公式サイト:http://chiiori.org/

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC

インフォメーション:プロフィール以下参照

Alex Arther Kerr 1952616日アメリカ・メリーランド州ベセスダ生まれ。幼少期にはアメリカ海軍所属の弁護士だった父親に付き添いナポリホノルルワシントンD.C.に滞在。1964に来日し横浜の米軍海軍基地に滞在します。大学はイェール大学日本学専攻卒業後、国際ロータリー奨学生として慶應義塾大学国際センターへ留学(19721973年)。留学中にヒッチハイクで日本中を旅し、旅の途中で訪れた徳島県祖谷に感銘を受け約300年前の藁葺き屋根の古民家篪庵を購入修復しここに居住します1989年より篪庵での生活や、歌舞伎、美術コレクションなどに関する自身の経験に沿って、変わりゆく日本の様子を執筆し「新潮45」にて連載を開始します。1993年にそれらを1冊にまとめた「美しき日本の残像」を出版し、96年には英訳版「LOST JAPAN」を出版しました。同著書が日本での執筆家活動のはじまりとなり、以降数々の著書を出版しています。2001年には日本の景観、自然環境、公共事業のダメージに伴う観光の低迷など、日本が抱える諸問題について研究したものを「犬と鬼(DOGS & DEMONS)」にまとめ出版。米国系不動産開発会社トラメル・クロー東京代表(1986年~1993年)、国際日本文化研究センター客員助教授19968199612月、指導教授は山折哲雄)を経て、1997年からタイに第二の活動拠点を設けて、タイを中心にミャンマー、インドネシア、ラオスなど東南アジアの文化研究を進めています。現在は、日本とタイを行き来しながら文化活動の幅を広めており、その模様は2007に放送された『情熱大陸』で紹介されました。日本では京都の町屋再生事業、コンサルティング事業を手がける株式会社庵(いおり)を2003年に創業し講演、執筆、コンサルティング事業も手がけています。外国人観光客の誘致や各地域での古民家再生、コンサルティング活動等がきっかけとなり、2008年には国土交通省から「Yokoso! Japan大使(現VISIT JAPAN大使)」に任命されています。20115月からは居住する京都府亀岡市の「亀岡観光大使」にも任命され、各地でインバウンド観光の促進活動を行っています。原点でもある篪庵を拠点として、2005年に特定非営利活動法人篪庵トラストを設立。篪庵での宿泊・見学を通じて国内外から多くのゲストを受入れ祖谷の生活体験を提供していますまた2009年からは地元の三好市と共に落合集落でプロジェクトを始め現在は件の茅葺き民家を改修して古民家ステイとして運営しています

営業見学時間:12001500(要予約)

予約申し込みフォーム:http://www.chiiori.org/day_visit/day_visit.html

所在地:三好市東祖谷釣井209

問合せ:0883885290(篪庵トラスト)

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