日本の女流画家たち・続編/2018年5月更新

Pocket

日本の女流画家たち・続編

すでに「日本の女流画家」をご案内しておりますが、追加ご案内したい作家がリストアップできましたのでご紹介します「日本の女流画家・続編」です。遠藤彰子・福田美蘭・江見絹子・田中敦子・篠田桃江・吉田千鶴子・川﨑麻児・常盤とよ子・辰野登恵子・内田あぐり・熊井恭子・小西真奈。

遠藤彰子

profile_03[1]

出典元:http://www.akiko-endo.com/profile/img/profile_03.jpg

81wata2f-0[1]

「私の街」出典元:http://www.akiko-endo.com/oil-painting/street/81wata2f-0.jpg

生年月日:1947年生まれ

出身地:東京都・中野区

プロフィール:遠藤彰子は日本の洋画家。暗緑色を基調とした背景に、複数の視点からなる建物、踊り場、広場などがあり、そこに多数の人物や動物が描かれ、全体として神秘的な印象を受けるような作品が特徴とされる。 東京都中野区出身。武蔵野美術短期大学油絵学科卒。武蔵野美術大学油絵学科教授。

公式サイト:http://www.akiko-endo.com/news/

関連サイト:http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/bunka/museum_art/030675.html

90wata5f-0[1]

「私は来ている何処に、何度も」出典元:http://www.akiko-endo.com/oil-painting/f500-horizontal/90wata5f-0.jpg

06mishi10f-0[1]

「見しこと」出典元:http://www.akiko-endo.com/oil-painting/f1000-f1500/06mishi10f-0.jpg

福田美蘭

出典元:http://www.art-it.asia/p/sfztpm/6O7XBmoL3QluGCKtsNU2/9.jpg

生年月日:1963年生まれ

出身地:東京都

プロフィール:東京生まれの福田美蘭は、東京藝術大学に学び、卒業制作展、修了制作展を経て、現代日本美術展での受賞及び日本国際美術展への出品などキャリアを積んできた新進作家です。天井の高い吹き抜けの空間を活かした作品や、建築家前川國男への敬意をこめた作品など、建築と一体化した空間構成でまさに“美蘭ワールド”を楽しませてくれる稀有な作風のクリエーターです。

参考サイト:http://www.art-it.asia/u/sfztpm/6O7XBmoL3QluGCKtsNU2/

参考サイト:http://openers.jp/article/18771

FACEBOOKhttps://www.facebook.com/FukudaMiran/photos?ref=page_internal

関連サイト:https://www.amazon.co.jp/%E3%83%94%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%AF%E2%80%95Miran-Fukuda-1992~1998-Asahi-Collection/dp/4022586524/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1467701904&sr=8-1&keywords=%E7%A6%8F%E7%94%B0%E7%BE%8E%E8%98%AD

出典元:http://openers.jp/wp-content/uploads/2013/07/18671/fukuda_miran_top.jpg

江見絹子

dda2a695-ec52-48a5-9e7b-83489bba8223[1]

出典元:http://webun.jp/images/item/7185000/7185244/dda2a695-ec52-48a5-9e7b-83489bba8223.jpg

p_1_1[1]

出典元:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2004/emi040331/img/p_1_1.jpg

生年月日:大正1267日生まれ19232015年)

出身地:兵庫県明石市

プロフィール:昭和後期平成時代の洋画家。フランス文学者・作家の荻野アンナの母。神戸市立洋画研究所にまなぶ。昭和24年より行動美術協会展に出品。奨励賞,行動美術賞を受賞,28年会員となる。同年女流画家協会会員。31,33シェル美術賞を受賞し,このころより抽象画に転ずる。平成9神奈川県文化賞。平成27113日死去。91歳。兵庫県出身。加古川高女卒。本名は荻野絹子。作品に「むれ」「生誕」など

公式サイト:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

関連サイト:http://webun.jp/item/7185244

関連サイト:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2004/emi040331/event01.html#s1

p_0[1]

出典元:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2004/emi040331/img/p_0.jpg

p_4_1[1]

出典元:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2004/emi040331/img/p_4_1.jpg

田中敦子

Tanakaneto_portrait[1]

出典元:https://www.kanazawa21.jp/pre/14img/Tanakaneto_portrait.jpg

0807-Â–؉æ˜L—l-DMÅI-A4

出典元:http://www.aokigaro.jp/images/info/2014_08_23.jpg

生年月日:1932210生まれ/2005123日奈良県明日香村にて没

出身地:大阪府大阪市

プロフィール:大阪府出身。1951、京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)中退の後、大阪市立美術館付設美術研究所に学ぶ。同研究所に通っていた金山明の助言により抽象画に興味を持つようになる。1952、金山明、白髪一雄村上三郎らと「0会」結成。1953から1955頃は、布に数字を書き、一旦裁断し再びつないだ作品を作る。1955吉原治良が主導する具体美術協会に金山、白髪、村上らと共に入会。同協会の主要メンバーになる。同年、壁際の床に2メートル間隔で置かれた20個のベルが順に鳴り響く作品「ベル」を発表。1956電球と管球を組み合わせ明滅する光の服に見立てた「電気服」(高松市美術館が再制作品を所蔵)を発表。翌年の1957大阪市の産経会館で開催された「舞台を使用する具体美術」展で、田中は実際に舞台で着用しパフォーマンスをし、話題を集めた。絵画作品は「電気服」などのオブジェと同様、色彩豊かな円と曲線が絡み合う前衛的作風で知られ、国際的にも高い評価を得ていた。1965具体美術協会を退会。1998、ドキュメンタリー映画『田中敦子 もうひとつの具体』(監督岡部あおみ)が作られる。2001芦屋市立美術博物館静岡県立美術館でそれぞれ大規模な個展を開き、絵画とオブジェで独特の精神世界を表現した。この巡回展では国際的な再評価の声も高く、草間弥生オノヨーコに並ぶ偉才と評された。奈良県明日香村のアトリエで絵画の制作を続けてギャラリー HAM等で発表をしていたが、2005123肺炎のため奈良市の病院で死去した。享年73歳。

公式サイト:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

関連サイト:https://www.kanazawa21.jp/pre/14_artist_tanaka.htm

関連サイト:http://www.aokigaro.jp/ptinfo2014.html

tanaka_work[1]

≪作品≫1968出典元:https://www.kanazawa21.jp/pre/14img/tanaka_work.jpg

篠田桃紅

85c86b252b55b883870a98fe152f8fc9-500x365[1]

出典元:http://www.sakuranoki.co.jp/media/85c86b252b55b883870a98fe152f8fc9-500×365.jpg

生年月日:1913328

出生地:中華人民共和国・大連市

プロフィール:日本の租借地だった関東州大連に生まれる。5歳頃から父にの手ほどきを受ける。その後、女学校時代以外はほとんど独学で書を学ぶ。1950から数年、書道芸術院に所属して前衛書の作家たちと交流を持つが、1956に渡米。抽象表現主義絵画が全盛期のニューヨークで、作品を制作する。文字の決まり事を離れた新しいの造形を試み、その作品は水墨抽象画墨象と呼ばれる。アメリカ滞在中、数回の個展を開き高い評価を得るが、乾いた気候が水墨に向かないと悟り、帰国。以後は日本で制作し各国で作品を発表している。和紙に、金箔銀箔金泥・銀泥朱泥といった日本画の画材を用い、限られた色彩で多様な表情を生み出す。万葉集などを記した文字による制作も続けるが、墨象との線引きは難しい。近年はリトグラフも手掛けている。20145月、沼津市役所特別応接室1966年に納入した壁画「泉」が、30年以上存在が忘れられた状態から再発見されたことが報じられた。2015、『一〇三歳になってわかったこと』が45万部を超えるベストセラーになる

公式サイト:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

関連サイト:http://www.city.seki.lg.jp/0000008095.html

関連サイト:http://www.sakuranoki.co.jp/interviews/%E7%AF%A0%E7%94%B0-%E6%A1%83%E7%B4%85

4e3c1993e6b665d0ae2d20ef731c117a-500x141[1]

出典元:http://www.sakuranoki.co.jp/media/4e3c1993e6b665d0ae2d20ef731c117a-500×141.jpg

b0c8b5e582cdc6ad1a58905191d624bd-500x126[1]

出典元:http://www.sakuranoki.co.jp/media/b0c8b5e582cdc6ad1a58905191d624bd-500×126.jpg

川﨑麻児

生年月日:1959年生

出身地:東京都

プロフィール:東京に生まれる曽祖父・川崎千虎祖父・小虎父・春彦伯父・鈴彦又伯父は東山魁夷とまさに芸術家一家に生まれ武蔵野美術大学卒業日展評議員・会員山種美術館賞展優秀賞ミニチュア展大賞など受賞する。寡作で数年毎の個展で発表する作品は人気が高い

関連サイト:http://www.yayoigallery.com/past-exhibit/detail/10-kawasaki/

関連サイト:http://www.nikkei.co.jp/topic6/nihonga/4.html

参考サイト:https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/b233505609

4[1]

「時のみぞ告ぐ」出典元:http://www.nikkei.co.jp/topic6/nihonga/img/4.jpg

tukinomegumi[1]

「月の恵み」出典元:http://www.yayoigallery.com/past-exhibit/detail/10-kawasaki/tukinomegumi.jpg

 

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

ads by google

あなたへおすすめの記事
⇒ 東京六本木の洋菓子店【LOUANGE TOKYO】 ⇒ 山梨紀行・お洒落なホテル&旅館
⇒ 軽井沢リゾートの極致
⇒  野菜を楽しむ健康サイト6選
⇒ Yahoo!ショッピングランキング常連【LOUANGE TOKYO】
ads by google


スポンサードリンク

ads by A8