大人の川越紀行


大人の川越紀行

川越は首都圏近郊の人気観光地で、歩きながら巡る楽しさが人気の街です。そこでご紹介します「大人の川越紀行」情報です。「川越の歴史メモ」「蔵巡り」「菓子屋横丁巡り」「大正浪漫夢通りを歩く」「川越城観光」「川越市立美術館を訪れる」「喜多院界隈」「川越名物グルメ」。

「川越の歴史メモ」

「市内の遺跡発掘調査」出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/history/history01.images/Scan10008.jpg

「銅鍾・養寿院蔵」出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/history/history02.images/photo01.jpg

「川越城図・川越市立中央図書館蔵」出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/history/history03.images/photo04.jpg

「明治の家並」出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/history/history04.images/photo01.jpg

参考サイト:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/index.html

インフォメーション:「武蔵野」と呼ばれる川越一帯は、四季折々の自然に恵まれた地域です。そこには豊かな環境とそこに暮らす人々によって積み重ねられた「時」があります。

「古代の川越」

川越市内には旧石器時代をはじめ、縄文・弥生時代の遺跡が武蔵野台地上を中心に分布しています。古墳時代になると、三変稲荷神社古墳や愛宕神社古墳、どうまん塚古墳、牛塚古墳、山王塚古墳など大型の古墳がつくられ、それぞれ数基から数十基で構成される古墳群として知られています。また、当時の川越地方を治める役所である評家(ひょうけ)の成立も古墳時代後期と考えられ、のちに律令制が敷かれると「入間郡衙」として発展しました。奈良時代になると、国内に官道(各国府と都を結ぶ道)が整備され、現在の市域の西側を南北に縦断する「東山道武蔵路」が建設されました。平安時代には、仙波に無量寿寺(のちの喜多院・中院など)が創建され、次第に中心的な都市としての原形がつくられていきました。

「中世の川越」

平安時代末から鎌倉時代にかけて、各地に荘園が発達し、武士がその実権を掌握するようになりました。桓武平氏・秩父氏の流れをくむ河越氏は上戸に居館を構え、この地に地盤を固めました。河越氏は鎌倉幕府の御家人として重用され、河越重頼の息女が源義経の正室として迎えられ、重頼の三男重員が武蔵国留守所総検校職に任じられるなど、河越一族は武蔵国の有力武士として繁栄しました。長禄元年(1457)、扇谷(おおぎがやつ)上杉持朝の家臣である太田道真・道灌父子が現在の初雁公園周辺に川越城を築くと、川越の中心はここに移りました。上杉氏の時代を経て、小田原北条氏の支配の確立にともなう家臣団の城下への集住が進み、初期の川越城下町が形成されました。また、この時代には平安時代の開創と伝えられる星野山無量寿寺の仏地院(現在の中院)が関東天台の本山として勢力を誇り、同寺には仏蔵院(現在の喜多院)、南院(廃寺)ほか多くの子院・塔頭が属していました。

「近世の川越」

城と城下町は、寛永15(1638)の大火後に藩主となった松平信綱によって本格的な整備が行われました。西側に曲輪を拡張し、富士見櫓等3つの櫓や13の門を備え、本丸、二ノ丸、三ノ丸、八幡曲輪に田曲輪、西曲輪等を加え、約326,000平方メートル余となる近世城郭にふさわしい姿となりました。城下町は、「町割」と呼ばれる都市計画によって整備されました。それは、武家地、町人地、寺社地と、身分によって居住する区域を定めるものでした。武家地は城の南北と、川越街道沿いを中心に配置されました。町人地は、「札の辻」を中心とするメインストリートを中心に展開し、商人地の上五ヶ町と職人地の下五ヶ町の十ヶ町、及び四つの門前町から構成されました。寺社地の多くは、城下の西側に配置されました。こうした城と城下町は承応年間(165255)頃までには完成し、幕末まで踏襲されました。

「近現代の川越」

現在の川越市域は、明治4年(1871)川越藩から川越県、その後入間県、同6年に熊谷県を経て、同9年には埼玉県に編入されました。同22年(1889)に成立した川越町は、同26317日に発生した大火により、中心街のほとんどが焼失しました。その後、火事に強い建築として、現存するような蔵造りの商家が建てられました。


「蔵巡り」

出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/kurazukuri.images/130920113940_0.jpg

「蔵造り資料館」出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/siryoukan.images/41b8eb47006.gif

「大沢家住宅」出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/01/img/oosawa/oosawa01b.jpg

参考サイト:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/index.html

参考サイト:http://www.kawagoe.com/kzs/

参考サイト:http://www.koedokko.net/meisyo/01/oosawa/oosawa.html

インフォメーション:川越には「蔵造りの町並み」が今も残っています。蔵造りは類焼を防ぐための巧妙な耐火建築で、江戸の町家形式として発達したものです。今の東京では見ることのできない江戸の面影をとどめています。平成1112月には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、平成191月には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されました。

「蔵造り資料館」:

蔵造り資料館は、明治26年(1893)の川越大火直後、類焼を免れた数軒の蔵造り建物や東京の日本橋界隈の商家を参考に、当時煙草卸商を営んでいた小山文造(屋号「万文」)が建てたものです。当館では、川越の蔵造り家屋の意匠や構造、敷地内の様子を実見でき、今もなお息づく明治のたたずまいを体感することができます。

蔵造り資料館所在地:350-0063 埼玉県川越市幸町7番地9

問合せ:049-222-5399(川越市立博物館へつながります)

「大沢家住宅」:

寛政4年(1792)に建てられ、呉服太物を商っていた店蔵です。川越町(当時)の3分の1を焼失した、明治26年(1893)の川越大火の際も焼け残り、川越商人に蔵造りを建てさせるきっかけとなった建物の一つです。規模は間口6間(10.92m)、奥行4間半(8.19m)、切妻造り平入り、桟瓦葺き。屋号は小松屋で1階では、川越の民芸品を販売しています。2階では、佐藤章画伯が描いた、川越の蔵造りと日本各地の民家を常設展示しています。

大沢家所在地:350-0062 埼玉県川越市元町1丁目152

問合せ:049-222-7640


「菓子屋横丁巡り」

出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/kashiya.images/100526085309_0.jpg

出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/kashiya.images/41b8ec07004.gif

出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/kashiya.images/41b8ec07003.gif

参考サイト:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/kurazukurizone/kashiya.html

インフォメーション:「菓子屋横丁」では、明治の初めから菓子を製造していました。それが、関東大震災で被害を受けた東京に代わって駄菓子を製造供給するようになり、昭和初期には70軒ほどの業者が軒を連ねていたといわれています。現在は20数軒の店舗が連なり、横丁気分が満喫できます。横丁が醸しだす雰囲気とあめやせんべいなどの下町風の駄菓子は、ノスタルジーを求めるファンを増やし、多くの人が訪れています。平成13年度には、横丁が醸し出す雰囲気と下町風の菓子の懐かしいかおりが漂うということで、環境省の実施した「かおり風景100選」に選ばれました。ちなみに人気のお菓子は以下をご参照下さい。

1位「麩菓子の大黒棒」長さ1mはあろうかという巨大な麩菓子。抱えて持つには少々邪魔になり、食べるのも大変ですが大人気です。

2位「組み飴」何本もの飴を組み上げて1本にまとめ、切った断面がさくらや葵の紋などの絵(模様)になります(金太郎飴みたいな)。細かい模様を見ると、職人技がいかにすごいか分かります。

3位「たいやき(いもあん)」別に懐かしいわけではありませんが、その場で食べれて川越名物の芋を賞味できるので人気です。

4位「おせんべい」手焼きせんべいのいい香りに誘われてついつい食べたくなります。食べやすいようにこわれせん(割ってある)になっているので、食べ歩きにはもってこい。

5位 「焼きだんご」 おだんごの種類はいろいろありますが、川越といったら焼きだんごでしょう。粉から作らず餅米を潰して作っているので、つぶつぶ感があり、昔ながらのおだんごといった感じがします。濃い口醤油の香りがアクセントとなって、おいしい~。

所在地:350-0062 埼玉県川越市元町2丁目

問合せ:049-227-8233 公益社団法人 小江戸川越観光協会


「大正浪漫夢通りを歩く」

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/04/img/taisyouromanyume/syoutengai01b.jpg

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/04/img/taisyouromanyume/syoutengai02b.jpg

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/04/img/taisyouromanyume/syoutengai03b.jpg

公式サイト:http://www.koedo.com/index.html

参考サイト:http://www.koedokko.net/meisyo/04/syoutengai/syoutengai.html

インフォメーション:川越駅東口からクレアモール商店街を抜けると大正時代を感じさせる大正浪漫夢通り商店街に入ります。長さ約200m程あり、街頭、石畳、お店に至るまで、正に大正浪漫を感じるレトロな雰囲気満載の通りです。通りの終点は川越商工会議所で、洋風建築の神殿を思わせるような見応えのある建物になっています。 昔はアーケードのある商店街として親しまれてきた川越銀座通り商店街ですが、平成7年商店街をあげての大正浪漫の街づくりが本格的にスタートし、アーケードが撤去され町屋造りや洋風看板建築が軒を連ねるレトロな町並み、御影石の石畳、電線を地中化したことによる広い空、土蔵造りや洋風建築が軒を連ね、川越名産のお土産などを販売する個性豊かなお店が軒を並べ現在の大正浪漫夢通りに生まれ変わりました。 県内で随一と言われるほどの商店街で、歴史のある商店街です。中には、江戸時代より続く店舗や、3代を越える店舗が、数多く存在します。道幅も広く歩きやすいのですが、車も通るので注意が必要です。私は昭和二桁ですが、昭和とは違う何か懐かしいような不思議な感覚を思い出させてくれる通りです。

所在地:350-0066 埼玉県川越市 連雀町159

問合せ:049-222-1198大正浪漫夢通り商店街振興組合


「川越城本丸御殿観光」

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/02/img/honmaru/honmaru01b.jpg

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/02/img/honmaru/honmaru02b.jpg

出典元:http://www.koedokko.net/meisyo/02/img/honmaru/honmaru05b.jpg

公式サイト:http://museum.city.kawagoe.saitama.jp/hommaru/

参考サイト:http://www.koedokko.net/meisyo/02/kawagoejo/kawagoejo.html

インフォメーション:川越城本丸御殿は、嘉永元年(1848)に時の藩主松平斉典(なりつね)が造営したもので、16棟、1025坪の規模をもっていましたが、明治維新後次第に解体されていきました。現存しているのは玄関部分と、移築復元された家老詰所のみですが、埼玉県指定文化財になっています。中はほんのりと薄暗く、カップルにも人気のスポットです。建造物はもちろん素晴らしいのですが、当時の調度品やかご、本丸御殿模型も展示されています。実際入ってみると、どの部屋も質素で装飾などは最低限に止められているようですが落ち着きと風格を感じます。各部屋の引き戸に描かれた杉戸絵が見事です。

所在地:(川越市立博物館埼玉県川越市郭町2-13-1 

問合せ:049-222-5399

関連料金:入館料一般 100大学生・高校生 50


「川越市立美術館を訪れる」

出典元:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/hommarugotenzone/hakubutsukan/index.images/gaikan.jpg

「渓山雲霧・橋本雅邦」出典元:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/artmuseum/collection/co-list/hasimoto1.images/hasimoto1.jpg

「豊穣・小茂田青樹」出典元:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/artmuseum/collection/co-list/omoda.images/omoda.jpg

「川越の春・小泉智英」出典元:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/artmuseum/collection/co-list/koizumi1.images/koizumi1.jpg

公式サイト:https://www.city.kawagoe.saitama.jp/artmuseum/

参考サイト:http://www.city.kawagoe.saitama.jp/welcome/kankospot/hommarugotenzone/hakubutsukan/index.html

インフォメーション:蔵造りをイメージした切り妻の瓦屋根に漆喰風の白壁姿の博物館は、旧川越城の二の丸跡に建っています。川越が繁栄した江戸時代から明治時代を中心に、原始時代から近・現代までの長い川越の歴史が総合的に理解できるような展示となっています。特に、城下町全体が見られるジオラマ模型や細部まで復元した蔵造りの町並み模型、また蔵造りの建築工程を再現した実物大模型は迫力満点です。見学した後に、市内を巡れば川越散策がさらに楽しめます。

HPより・コレクションについて)

川越市立美術館では「郷土出身作家並びに郷土にゆかりのある作家及びその関連作家の美術品」を中心に作品を収集して参りました。2012年(平成243月現在のコレクション総数は1998点にのぼります(資料含む)。日本画は、一時期川越藩士であった橋本 雅邦1835-1908)およびその門下の作品、または川越に生まれた小茂田 青樹1891-1933)および共に研鑽を積んだ仲間の画家の作品が、系統的なコレクションを目指して収集されています。そのほか、川越藩士の子息である森脇 雲溪1858-1946)、川越生まれの小村 雪岱1887-1940)、旧制川越中学の教諭を務めた久保 提多1885-1956)などを挙げることができます。さらに近隣地域にゆかりの作家として、新座市在住の池田 幹雄1928- )、一時川越に住んだのち長らく越生町に暮らした関口 正男1912-2005)の作品なども所蔵しています。洋画では、終生川越を拠点に活躍し名誉市民となった相原 求一朗1918-99)と、彼の所属した新制作協会の画家である猪熊 弦一郎脇田 和大國 章夫らの諸作品が、最も系統立てれらたコレクションと言えるでしょう。川越に生まれ波瀾の人生を遂げた岩崎勝平1905-64)の作品および資料については、長年に渡る市による検証作業の成果として量的な充実度を誇っています。また、現加須市出身の斎藤 与里1885-1959)、現さいたま市にアトリエを構えていた寺内 萬治郎1890-1964)といった近隣の作家作品も充実しつつあります。版画は、川越とゆかりの深い井上 安治1864-89)や周辺の浮世絵師の作品が厚みを持ちつつあります。近年ご遺族から一括でご寄贈いただいた旧制川越中学校出身の内田 静馬1906-2000)の作品群は、初期から晩年までの諸作品がほぼ一望できる内容となっています。川越に生まれた橋本 次郎1919-97)の石膏原型の数々も、資料価値的に重要です。日々躍進する川越ゆかりの現代作家としては、日本画家の小泉 智英1944- )、洋画家の齋藤 研1939- )、長沢 秀之1947- )、中村 一美1956- )、彫刻家の長澤 英俊1940- )や金沢 健一1956- )、ジャンルの枠を超えて活躍する関根 伸夫1942- )などを挙げることができます。

所在地:350-0053 埼玉県川越市郭町2301

問合せ:049-222-5399

開館時間:9001630

休館日:月曜日

関連料金:一般200円大学生・高校生100

 

≪次ページパート2.≫もご覧ください

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