京都の菓匠20選・後編/2016年4月4日修正更新版


菓匠20選・後編

 

本家玉壽軒

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出典元:http://www.kyogashi.com/
創業:慶応元年(1865年)
歴史:慶応元年(1865年)、井筒屋嘉兵衛という屋号で西陣織の織屋を営むかたわら、菓子を商い始めたのが始り。明治に入ると、屋号を玉壽軒と改め、菓子づくりを専業としました。もとは千本今出川を上がったところで商っていましたが、大正五年に現在地に移転。建物自体は、明治初年ごろに建てられた風格ある町家で、マンションなどが増加した西陣界隈において、今も京都らしい風情を維持しています。代表銘菓は、紫野大徳寺の地名を取って名付けられた「紫野」で、大徳寺門前の一久がつくる大徳寺納豆を、和三盆の落雁の衣で包んだものです。落雁の上品な甘みと、大徳寺納豆の独特の渋みが見事に調和した名品で、茶菓子として永い間親しまれています。また、冬季のみ販売される酒饅頭の家博「高砂饅頭」も、発酵させた酒の麹を絞り、皮に仕込んで一晩寝かせるなど、たいへんな手間がかかった一品。蒸したての風味は格別で、予約が殺到することもある人気の商品です。
住所:京都市上京区今出川通大宮東入ル
電話:075-441-0319
営業時間:午前8時半~午後5時半
代表菓子:「紫野」30個入り1404円税込・送料別
お取り寄せ法:老舗モールセレクトショップから申込(以下URL参照)

URL:http://www.shinise.ne.jp/shopfood/item/8508/

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「紫野」出典元:http://www.kyogashi.com/


鶴屋吉信

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出典元:http://www.turuya.co.jp/
創業:享和三年(1803年)
歴史:鶴屋吉信は享和三年(1803年)、初代・鶴屋伊兵衛により、菓子司「鶴屋」を創業。以来同店は、京都所司代に認可された「上菓子屋仲間」に所属する菓子司として御所や宮家、茶道家元、社寺などに菓子を納めてきました。屋号を現在の「鶴屋吉信」と定めたのは、三代目・伊兵衛の時代。吉は「吉兆」、信は「信用」を意味しており、同店の菓子づくりにかける真心を表わしていると言います。鶴屋吉信の代表銘菓としては、明治初年に三代目が考案した「柚餅」があげられます。花が落ちたばかりの青い柚子の実をすりつぶし、求肥と混ぜ合わせ、これを指先でひねって粒状にしたあと、阿波和三盆をまぶしたもの。また、本店近くにある名水「観世井」にちなんだ「京観世」も、同店を代表する銘菓です。
住所:京都市上京区今出川通堀川西入ル
電話:075-441-0105
営業時間:午前9時~午後6時(日曜・祝日は午後5時まで)
代表菓子:「柚餅」・「京観世」
お取り寄せ法:鶴屋吉信オンラインショップURLから申込(以下URL参照)
http://www.tsuruyayoshinobu.jp/shop/

URL:http://www.turuya.co.jp/

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「柚餅と京観世」出典元:http://www.turuya.co.jp/


総本家駿河屋

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創業:寛正二年(1461年)
歴史:寛正二(1461年)年、初代・岡本善右衛門は、伏見の地に「鶴屋」の屋号で饅頭処を開きました。代々の当主は、菓子の味や品質の改良に努めたが、中でも天正一七(1589年)年に発売した蒸羊羹の「伏見羊羹」は、良質の澱粉や砂糖を使い、紅を混ぜた風雅な名品でした。豊臣秀吉からも絶賛され、聚楽第において諸侯を招いて催された大茶会の引出物として供せられたことから、伏見羊羹は世に知られる存在となります。その後、秀吉が伏見城を築城したことにより、伏見は大いに発展し、茶道の興隆や南蛮文化の流入など、京の街では新しい文化も芽吹きます。そうした状況下、千利休の助言や新しい材料の導入により、伏見羊羹にさらなる改良が加えられ、今日に伝わる「煉羊羹」が完成。慶長四(一五九九)年の発売以後、煉羊羹は鶴屋を代表する銘菓として評判が高まり、その後の和菓子界に大きな影響を与えてきました。
江戸時代に入り、鶴屋は、和歌山城主となった徳川頼宣候に召し抱えられるかたちで和歌山に移り、紀州家御用御菓子司として代を重ねる一方、創業の地である伏見には総本家を置き、お菓子の普及に務めました。また、元禄二(1689年)年、五代将軍綱吉の息女・鶴姫が紀州家へ輿入れの折に、同名をはばかって鶴屋の屋号を返上。代わりに徳川家ゆかりの地である駿河にあやかって「駿河屋」の名を授かりました。
住所:京都市伏見区京町3~190
電話:075-611-5141
営業時間:午前8時~午後6時30分
代表菓子:「煉羊羹」
お取り寄せ法:お店に直接、電話注文なさってください。
URL:不明

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「伏見羊羹」出典元:http://www.kyogashi.com/


未富

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出典元:http://www.kyoto-suetomi.com/
創業:明治26年(1893年)
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歴史:本来は亀屋末富というのが正しく、亀末で修業した初代が、明治二十六年(1893年)に独立。その当時は、蒸菓子や干菓子を茶人や寺社のためにつくっていました。そうしたなか、終戦直後に一般向けの日常の菓子として発案されたのが、末富の名物菓子ともなった「野菜せんべい」。日持ちのすることが評判となって、よく売れるようになります。それまでの玉子煎餅に巨椋池のレンコンや堀川ゴボウ、鞍馬の木の芽などを薄くして入れたものです。今でも時代の変化や困難にも対応しながら、伝統の質を守っていく姿勢を堅持しています。
住所:京都市下京区松原通室町東入ル
電話:075-351-0808
営業時間:午前9時~午後5時
代表菓子:「野菜せんべい」一包3枚入り・六包1080円税込
お取り寄せ法:取扱店一覧から申込(以下URL参照)
http://www.kyoto-suetomi.com/shop/

URL:http://www.kyoto-suetomi.com/

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「野菜せんべい」出典元:http://www.kyoto-suetomi.com/


塩芳軒

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出典元:https://scontent.xx.fbcdn.net/
創業:明治15年(1882年)
歴史:聚楽の名を冠した焼き菓子を代表銘菓とするのが、聚楽第の鉄門が面していたとされる黒門通沿いの塩芳軒です。同店は、明治一五年(1882年)、林浄因の流れを汲む塩路軒から別家するかたちで創業。林浄因とは、暦応四年(1341年)に中国から来日し、日本で初めて饅頭をつくったと伝えられる人物です。創業以来、暖簾分けを表す伝統の長暖簾を守りつつ、「暖簾以上の菓子をつくる」姿勢を大切にしてきたと言います。聚楽第が天正年間に築かれたことから、銘菓「聚楽」には「天正」の文字が押してあります。甘過ぎず上品な風味のこし餡は、聚楽専用に特別に配合されたもの。シンプルな焼饅頭でありながら、焼き方、固さ、餡の味付け、皮と餡とのバランスなど、あらゆる要素が計算し尽くされた、味わい深い逸品です。
住所:京都市上京区黒門通中立売上ル
電話:075-441-0803
営業時間:午前9時~午後6時
代表菓子:「聚楽」一個150円
お取り寄せ法:直接購入以外は以下URLから取扱店を確認してください。

URL:http://www.kyogashi.com/

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「聚楽」出典元:http://kyogashi.com/

 

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

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