謎多き幻の日本画家・不染鉄


謎多き幻の日本画家・不染鉄

画家の多くは数奇で波乱に満ちた人生を経験しています。しかし、その過程で多くの刺激と画風の糧を得ていることも事実です。そんな波乱に満ちた経歴を経ながらも、世の中にあまり知られていない天才画家がいます。ご紹介します「謎多き幻の日本画家・不染鉄」に関する情報です。

「不染鉄の生い立ち」

出典元:http://fujii-koubou.com/gaka/image/3fusen11.jpg

生年月日/出生地:1891年(明治24年)66日・東京生まれ。都内小石川の光円寺住職不染信翁の子として誕生。名は哲治、のち哲爾。別号は鉄二。浄土宗の学校で学んだ後、日本美術院研究生となります。日本画に本格的に興味を持ち、これを学んでいた最中、写生旅行先である伊豆大島・式根島で漁師暮らしに魅了され、漁師になることを志します。3年間におよぶ伊豆大島での漁師生活などを経て、突然、27歳で京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)に入学し本格的な修学活動に励み首席で卒業。在学中第一回帝展に《夏と秋》が初入選を果たすなど華々しい活躍で将来を嘱望されましたが、卒業後は奈良で図画教師として勤め、身の回りの事物や風景を愛情豊かに描き続けます。戦後も中央画壇を離れ、飄々と作画を続けました。こうしたユニークな経歴をもちながら、晩年の活動がほとんど知られていないことから、不染鉄に対する正確な評価や位置づけがなされてきませんでした。また、これまで美術館で開かれた回顧展は21年前の一回だけで、その画業の多くは謎に包まれてきました。1976年(昭和51年)228日死去・享年84歳。

 

「不染鉄の代表作品について」

出典元:http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080205/146395/pic.jpg

≪山海図絵(副題:伊豆の追憶)・1925年≫

不染鉄の代表作に雪を抱いた気高い富士山を描いた大作《山海図絵》(1925年第六回帝展、木下美術館蔵)があります。俯瞰と接近の相まった細密画独特の視点で描いた代表作で、水中に群れ遊ぶ魚や鮹のいる穏やかな伊豆の海岸から、凍えるように厳しい日本海岸の冬景色の村々までをも一望に描いた傑作です。後年、不染鉄自身がこの作品について「大正十二年十二月中旬大島へ参りました。暖かい島のことですから、海岸を散歩し乍ら、はるか水平線上の内地の山々を眺めていました。頂の白い富士山を見ているうちにいろいろな連想が連想を生んで果てしもないので、フトこれを画面に刻みつけたいと思ったのが制作の動機です。やって見ると色々な困難がありましたが、所謂画を作るのを目的としませんのでその心に浮んだありのままを表現することに力をつくしました。」と作品の作意を語っています。不染の「芸術はすべて心である。芸術修行とは心をみがく事である」と言う、ひたすら己の求める絵に向きあう姿勢が実感できる作品です。同作品が京都国立近代美術館新館開館記念展(1986年)で公開されたとき、その発想の見事さ、雄大さ、緻密さに心打たれた美術愛好家たちから、この未知の画家に対する詮索の質問が相次いだと言われています。

 

出典元:http://search.artmuseums.go.jp/jpeg/momak/J00494.jpg

≪南海之図・(副題:想い出の伊豆大島岡田村)1955年≫

「東京に住むところのなくなった私は病ひ上りの家内と二人東京を小さな汽船に乗って話に聞く伊豆の大島へまいりました。・・・岡田村と言ふ淋しい村につきました。」「・・伊豆大島(岡田村)へ渡り猟師を半分して三年暮らす。ほとんど村の人になる。山は椿とさつま芋。家々はランプでいろり。草屋根、釣に網に花札に思い出は書ききれない。離島故人情は忘れがたい。今は大方の忘れがたい人々は此世にない。もうこんな家はない。牛やにわとりが多い。猫も多い。」と後年、画家不染鉄は記しています。大正3年から3年間岡田村で暮した画家不染鉄は大正7年から京都の美術学校で絵を勉強し、大正12年から強く印象に残った大島や南海の風景を描きはじめ、展覧会への出品を続け、毎年入選するようになりました。不染鉄は日本画家だが「鉛筆であろうとボールペンであろうと日本人がそれで絵を描けば日本画だ」と言い、多くの作品が漁船から見た岡田村の家並みや式根島などを題材としています。岡田の沖合から見た村の風景画から大正時代の村の様子がよくわかります。左手前の岩場(勝崎)の右に砂浜が広がり、浜から山に向かって家が並んでいます。中央に描かれている鳥居は為朝由来の「八幡神社」、浜の右端には「龍王神社」の参道が描かれています。不染鉄が住んだ「ネギどんの家」は岩場の奥にある大きな家と思われます。同じ構図のどの絵にもこの家には人の気配が描かれています。

出典元:http://www.pref.nara.jp/secure/68242/sansyoku.jpg

≪秋色山村・昭和初期≫

山海図絵と同様の構図で、俯瞰と細密を同居させた曼荼羅風の独特の画風を感じさせます。山間にひっそりと佇む小さな村を主題とした本作では、宗教絵画を思わせる空間に民家を配し紅葉に彩られた山村を金色に輝く浄土のように描き出している。思い出の一場面のように立ち現れる懐かしくも穏やかな情景には、身近な自然や日々の営みを慈しむ作者の理想郷的世界が投影されているのかも知れません。

「不染鉄の画業/年度別」

・海村 1923(大正12年)年 
大島 1923(大正12年)年
生い立ちの記 1923(大正12)年 
山海図絵 1925(大正14)年

・秋色山村(昭和初期)
想い出の伊豆大島 1955(昭和30)年
南嶌 1955(昭和30)年頃
海村 1968(昭和43)年
想い出の海村 1968(昭和43)年 
潮騒 1974(昭和49)年
伊豆大島岡田村(家と舟) 1971(昭和46)年
大島関係の絵葉書 1965(昭和40)年から1963(昭和48)年
伊豆の国波浮港(製作年不明)

*その他不染鉄の作品については以下のサイトより作品名・制作年度・所蔵先を確認できます。

確認サイト:http://hoshinogallery.com/zuroku/z_70/index.html

参考サイト:http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080205/146395/

参考サイト:http://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=150837&edaban=1

参考サイト:http://www.pref.nara.jp/24939.htm

参考サイト:http://fujii-koubou.com/gaka/tuneryuufusen.html

参考サイト:http://tabippo.net/izu-oshima-spot/

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