写実の巨匠・野田弘志

Pocket

写実の巨匠・野田弘志

写実絵画がなんとなく注目を集める昨今でしたが、退位を控えた天皇皇后両陛下の初の肖像画を野田弘志画伯が描き、話題になっています。そこでご紹介します「写実の巨匠・野田弘志」です。

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%BC%98%E5%BF%97
参考サイト:https://eiga.com/movie/80389/gallery/2/
参考サイト:https://www.hoki-museum.jp/collection/noda.html
参考サイト:https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/attachment/55306.pdf
参考サイト:http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/site/fukuyama-museum/56926.html
参考サイト:http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=921
参考サイト:http://www.u-canshop.jp/seijiro/
参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%80%A5%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC
参考サイト:http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/koisogallery/tenrankai/schedule_03.html

≪インデックス≫

1「出生・就学情報」

2「絵画との出会い」

3「生涯の創作活動」

4「主な制作作品」

5「略歴」

6「関連著作」


1「出生・就学情報」

出典元:https://eiga.k-img.com/images/movie/80389/gallery/sub1_large.jpg?1401443470

1936611日韓国全羅南道生まれ

インフォメーション:昭和11年 韓国・全羅南道光山郡に生まれ(本籍地は広島県沼隈郡柳津村)、 同年のうちに家族とともに帰国。1940年、中国上海に 転居。幼年は中国で過ごし、終戦前の19453月、再び家族と共に日本に引き揚げ、9歳から 15歳までの少年時代を福山市で送る。昭和26年静岡県浜名郡に転居。 昭和30年愛知県立時習館高等学校を卒業。翌年上京して阿佐ヶ谷美術学園洋画研究所に通森清治郎にデッサン、油彩画を学びます


2「絵画との出会い/画家活動の始まり」

「森清治郎」出典元:http://www.u-canshop.jp/seijiro/img/reki_pict.jpg

「東急エージェンシー」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a7/Tokyu-Agency-Head-Office.jpg/180px-Tokyu-Agency-Head-Office.jpg

インフォメーション:1951年、静岡県浜名市に転居、翌年愛知県豊橋市の愛知県立時習館高校に入学し、ここで美術教師・冨安昌也にデッサンと油彩画を学びます。《裸婦習作》(1955 年頃、no.1)は、おそらくこの頃、野田の最も早い時期に制作された作品と考えられます。後に追求することとなる厳格な写実描写はまだ見られませんが、絵具を塗り込めた重厚な画面からは、人体 の量感を捉え、表現しようとする気概が感じられます。高校卒業後、20歳で上京。東京藝術大学油 画科を目指し、受験のための美術研究所に通うかたわら、冨安の紹介で豊橋出身の画家・森清治郎に出会い、より本格的にデッサン、油彩画を学ぶようになります。森は野田の高校の先輩にあたり、 東京美術学校(現・東京藝術大学)師範科を出たのち、当時気鋭の風景画家として活躍していました。 森に師事した野田は1957年、念願かなって東京藝術大学油画科に入学、小磯良平教室に籍を置き学びます。在学中の1960年、写実系美術の公募展・第36回白日会展に初入選かつ白日賞を受賞、翌年には白日会準会員(1962年より会員)となり、以降も同展に出品を重ねていきます。 大学を卒業すると広告代理店・東急エージェンシーにイラストレーターとして入社し、ここでイラストやデザインの仕事を手掛けていきます

イラストレーターとなった野田は、自動車メーカーや百貨店など様々な企業の広告にイラスト を描き、その後、自らの事務所を立ち上げて、引き続き広告関連の仕事を夢中でこなしていきます。  しかし、次第にクライアントの注文通りの絵ばかりを描いていることにむなしさを覚え、自分の得心のいく作品制作≪それはイラストの世界ではなく、写実による正統な絵画世界≫との思いが募るようになっていきます。そんな折、仕事づけによる心身の疲労が極度に 達し胃がんを発症、33歳にして胃を切除する手術を受けることになります。この体験によって野田はイラストの仕事をやめ、画家一本に専念しようとの決意を固めます。1970年、画家としての新たな一歩を踏み出した野田は、銀座・三越で最初の個展を開催。出品作がほぼ完売するという幸先の良いスタートを切ることになります


3「生涯の創作活動」

1970年代/黒の絵画≫

「マンゴー」出典元:http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/image/23858.jpg

「やませみ」出典元:http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/02/noda_pic04.jpg

1970から絵画制作に専念し先ず制作された絵画は、黒い背景によって特徴づけられる絵画です。批評等で頻繁に取り上げられる『やませみ』(1971年) や麦を描いた『黒い風景 其の参』(1973年) はこの時代の作品です。黒い背景といっても一様に同じ色ではなく、肌理の目立ったもの、雲を描いたもの、素材に変化を持たせて光沢を大胆に変化させ対比させたものなどがあり、多様性に富んでいます


1980年代/金の絵画≫

「湿原/娘の和香子(挿画・1983年)」出典元:http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/uploaded/image/23854.jpg

1980年代に特徴的なのは、黄金色の表現です。その萌芽は70年代の作品にも見出せるものの、金箔による黄金背景や、黄赤系統の絵具による一面を覆う黄金色の物体の表現は、この時期の特徴といえます。代表的な作品として『湿原』、『ヴィーナスの笑くぼ』、『松風の家』が挙げられます1983から加賀乙彦作『湿原』の新聞連載の挿絵の原画を鉛筆を用いて制作。その入念で細密な完成度の高い鉛筆画は、高く評価されました。この時期の徹底的に鉛筆に打ち込んだことが、この後の画家の油彩画を更なる高みに押し上げたとも言われています。その後の『ヴィーナスの笑くぼ』、『松風の家』では、茶道具や人間など、『湿原』とは趣の異なる対象を描いています


1990年代/白の絵画≫

「掌を組む・1998年」出典元:https://www.hoki-museum.jp/collection/img/img_noda_04.jpg

1990年代以降の代表的な作品群は、白やグレーを基調色とする壮大な連作です。概ね、21世紀に入ってからは明るいグレーの作品が多くなっており同時期の、小品では暗いグレーも多用されています。また一方で、絢爛な色彩の薔薇の作品も多数描かれています。(以下、代表的な連作シリーズを紹介します)

≪非時≫

1993年TOKIJIKU(非時)Ⅶ Wing」出典元:http://www.toyohashi-bihaku.jp/wp-content/uploads/2014/02/noda_pic03.jpg

1991に駝鳥の卵、骨、磁器、ガラス器を組み合わせ描いた『TOKIJIKU(非時)I Egg』を始めとして、画家に時間の集積と生命の形相を意識させる骨を中心とし、広い空間を扱った大画面が特徴的な、一段と意識の高い作品群です。大半の絵画の基調色はグレーですが、『TOKIJIKU(非時)II Fossil』、『TOKIJIKU(非時)III Macaca Fuscata』、『TOKIJIKU(非時)IV Sea Lion』、『TOKIJIKU(非時)XI Sphere』は、褐色系統を基調色としており、他の非時とは趣を異にしています。現在、『TOKIJIKU(非時)XXIV』まで確認されています。第1回巨匠展に出品された『TOKIJIKU(非時)XXIV』は、画集には未だ採録されていません。

THE

THE-31998年」出典元:http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/koisogallery/tenrankai/img/imaget2015100005.jpg

1997白を基調色として胎児のような姿勢の裸の女性を描いた『THE-1』、黒を基調色として下方を見つめる裸の女性の座像を描いた『THE-2』、そして1998、暗色を基調とし着衣の女性を描いた『THE-3』の正方形の3作によって始まったシリーズです。非時とは打って変わって動物の骨は影を潜め、生きた人間が描かれています。当初は人間を描くシリーズとして姿を現しましたが『THE-6』、『THE-7』、『THE-9』では、一転して人間を描かず、ロープや金具、幾何学形体が描かれています。確固たる地位を築いた画家のこの挑戦的な態度に美術評論家米倉守は賛辞を呈しています。両者の中間に当たる作品としては人間を描き、鳩を描き加えた『THE-4』があります。 なお『THE-5』、『THE-8』、『THE-10』では外国の女性を描いており画家の油彩画に対する新たな解釈が伺われます。

≪聖なるもの≫

2013年聖なるものTHE-ⅠV」出典元:https://www.hoki-museum.jp/past/20141121/img201411/noda09.jpg

2009、ダークグレーを基調色として外国の女性の着衣立像を描いた『聖なるもの THE-I』によって始まったシリーズです。野田は胎児、子供、老人、死体といった人間ばかりを描くとしていましたが『聖なるもの THE-IV』では2メートル角の支持体に拡大した鳥の巣を描いています。

≪崇高なるもの≫

2012年崇高なるものOP-2(保木将夫)」出典元:https://www.hoki-museum.jp/past/20141121/img201411/noda10.jpg

『聖なるもの THE-I』同様のダークグレーを基調色として、詩人の谷川俊太郎ホキ美術館創設者の保木将夫を描いています。


4「主な制作作品」

「アナスタシア・2008年」出典元:https://www.hoki-museum.jp/collection/img/img_noda_03.jpg

「蒼天・2008年」出典元:https://www.hoki-museum.jp/collection/img/img_noda_05.jpg

「聖なるものTHE-Ⅱ 2011年」出典元:https://www.hoki-museum.jp/past/20141121/img201411/noda08.jpg

         1955年「裸婦習作」

         1962年「白い風景」

         1970年「マンゴー」

         1971年「やませみ」

         1971年「パネル」

         1973年「黒い風景其の参」

         1981年「石」

         19831985年「湿原」

   1983年「鳥の巣」

   1983年「涙」

   1983年「潦」

          1985年「氷の落ちた風蓮川」

          1988年「牡丹」

          1988年「化石のある静物」

          1989年「姫林檎」

          1990年「バラ」

          1990年「ガラスと骨2

         1990年「ワイン」

         19912005年「TOKIJIKU(非時)」

     1991年「TOKIJIKU(非時)Ⅰ Egg

          1993年「TOKIJIKU(非時)Ⅶ Wing           

          1994年「TOKIJIKU(非時)XV Elephant         

          1996年-2005年「TOKIJIKU(非時)XX Monmouth

          19972007THE           

         19972000年「THE-1            

          1998年「THE-3           

          20032004年「THE-9

2007年「THE-10
1998年「摩周湖・夏天」
1998年「掌を組む」
1998年「THE-3」(蘭島閣美術館蔵)
2003年「緑壺に牡丹」
2004年「皿と果物Ⅰ」
2005年「朝の美ケ原」(松本美術館蔵)
2006年「手吹き花瓶にバラ」

          20082010年「蒼天」

          2008「アナスタシア」

          2009年~「聖なるもの」

    2009年「聖なるものTHE-1

           2013年「聖なるものTHE-ⅠV 

     2012年~「崇高なるもの」         

           2014年「崇高なるものOP.1-1                          

           2012「崇高なるものOP-2         

           2012年「崇高なるものOP.3


5「略歴」以下参照

        1936年、611日韓国全裸南道に生まれる(本籍地は広島県沼隈郡柳津村)。その後、福山中国上海と転居。

  • 1945年、日本に帰国し福山市で過ごす。
  • 1951年、静岡県浜名郡に転居。
  • 1952年、愛知県立豊橋時習館高等学校に入学。
  • 1956年、上京し阿佐ヶ谷美術学園洋画研究所に通う傍ら、森清治郎に絵画を学ぶ。
  • 1957年、東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻に入学。
  • 1960年、白日会36回展に初入選し、白日賞受賞。
  • 1961年、第37会展においてプルーヴー賞受賞、白日会準会員となる。東京芸術大学美術学部絵画科油画 専攻(小磯良平教室)を卒業、東急エージェンシー企画調査部制作課にイラストレーターとして入社する。
  • 1962年、白日会会員となる。東急エージェンシーを退社。以後、デザイン会社を設立し、イラストレーターとして活躍。
  • 1966年、『現代日本文学館三島由紀夫』(文藝春秋)の挿画を製作。
  • 1970年、画業に専念するためにイラストレーターを辞する。安井賞展、国際形象展、新鋭選抜展、明日への具象展、日本秀作美術展などに出品するほか、初の個展(銀座三越)等、個展を中心に作品を発表。
  • 1974東京造形大学非常勤講師とな、る(勤務は2年間)。
  • 1982年、白日会第58回展で内閣総理大臣賞を受賞。
  • 1983年、朝日新聞の朝刊に連載された加賀乙彦小説『湿原』の挿画を担当( – 1985年)。
  • 1987年、加賀乙彦「ヴィーナスの笑くぼ」(『婦人公論』連載)および宮尾登美子「松風の家」(『文藝春秋』連載)の挿画を担当。
  • 1988年、野田弘志展〈明晰なる神秘〉(有楽町アートフォーラム、豊橋市美術博物館他)を開催。
  • 1990年、ベルギーで個展(ヘント・ヴェラヌマン美術館)開催。日本経済新聞に「写実のこころ10選」を連載。
  • 1992年、「現代の視覚」展 (東京・有楽町アートフォーラム)に出品。第14安田火災東郷青児美術館大賞を受賞。第5回 安田火災東郷青児美術館大賞作家展〈第14回受賞者野田弘志〉 新宿安田火災東郷青児美術館)および「安田火災東郷青児美術館大賞受賞記念野田弘志展」(ふくやま美術館)を開催。
  • 1992年、「両洋の眼・現代の絵画」、安田火災東郷青児美術館大賞15周年歴代作家展(新宿・安田火災東郷青児美術館)、「美しすぎる嘘〈現代リアリズム絵画展 PART1 スペイン―日本〉」(日本橋・三越)、「大和思考」〈思いがフォルムになる時〉(大阪・近鉄アート館)に出品。
  • 1993年、「豊橋市美術博物館所蔵 野田弘志展」(札幌・三越)を開催。日本ポルトガル友好450周年記念・新妻實・野田弘志展〈隠されている美神 石と骨〉(リスボンGALERIA VALENTIM OE CA RVALHO他)に出品。
  • 1994年 ベルギーで野田弘志展〈油彩水彩〉(ヘント・ヴェラヌマン美術館)を開催。 第12回宮本三郎記念賞を受賞。「第12回宮本三郎記念賞 野田弘志展」(日本橋・三越本店)を開催。「輝くメチエ 〜油彩画の写実・細密表現」(奈良県立美術館)に出品。
  • 1995年、「洋画の展望 具象絵画を中心に」(福井県立美術館)に出品。
  • 2007年、大規模な回顧展を開催。
  • 2018年、今上天皇並びに皇后の肖像画を制作し、宮内庁に奉納。

6「関連著作」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51qLdi%2Bkp-L.jpg

作品名:「リアリズム絵画入門」

著作:野田弘志著

内容:リアリズム絵画、つまり目の前の空間を画面に写し取り、あたかも現実空間がその中にも存在するかのように創り出される絵画は、ラスコーの洞窟壁画にも繋がる絵画史の原点にして、レオナルド・ダ・ヴィンチやフェルメールの作品にも繋がる究極の手法です。この本は《リアルズム絵画》という制作方法と“生き方”を選んだ画家が、その実践と哲学を綴ったこれまでにない本格的指南書です。デジタル技術が高度に開発された現代、手で絵を描くことに一体どんな意味があるのか?リアリズム絵画は写真とどう違うのか? ダ・ヴィンチやフェルメールの本当の凄さとはいったい何なのか? さらにはリアリズム絵画が根づかない日本の美術業界の特殊事情にまで踏み入ります。日本洋画界の精神的支柱でもある著者が、リアリズム絵画にまつわる素朴な疑問に正面から向き合う本書は、本格的にリアリズム絵画を学ぼうとしている人ばかりか、現代においてなお絵を描いていきたいという人にもぜひ読んでいただきたい本質的な内容を孕んでいます。

出版社:芸術新聞社刊

出版年:2010226

書価:2700円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E7%B5%B5%E7%94%BB%E5%85%A5%E9%96%80-%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%BC%98%E5%BF%97/dp/4875861907/ref=la_B001I7T3KC_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1527155843&sr=1-1

作品名:「聖なるもの」野田弘志画集

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/91hTsFhSVdL.jpg

著作:野田弘志著

内容:ずっしりと魂に響く、これぞ写実の最高峰。レオナルド・ダ・ヴィンチから綿々と続くリアリズムの王道。

出版社:求龍堂刊

出版年:201441

書価:10368円~(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E8%81%96%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE%E2%80%95%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%BC%98%E5%BF%97%E7%94%BB%E9%9B%86-%E9%87%8E%E7%94%B0-%E5%BC%98%E5%BF%97/dp/4763014099/ref=pd_sbs_14_1?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=WHEFV4G9VW276Q1EWJFT

作品名:「画集野田弘志19711988

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41F5EdiFMzL.jpg

著作:野田弘志著

内容:美の冒険者、野田弘志の油彩画のすべて。対象に迫る鋭い観察、繊細・堅固・静謐な画面にみなぎる緊張感、色彩の輝きと陰翳、品格をたたえた端正な表現は観るものに深い感動を与える。

出版社:朝日新聞社刊

出版年:198810

書価:3097円~(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E7%94%BB%E9%9B%86-%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%BC%98%E5%BF%971971%E2%80%901988-%E9%87%8E%E7%94%B0-%E5%BC%98%E5%BF%97/dp/4022559179/ref=la_B001I7T3KC_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1527155843&sr=1-2

ads by google

あなたへおすすめの記事
⇒ 東京六本木の洋菓子店【LOUANGE TOKYO】 ⇒ 山梨紀行・お洒落なホテル&旅館
⇒ 軽井沢リゾートの極致
⇒  野菜を楽しむ健康サイト6選
⇒ Yahoo!ショッピングランキング常連【LOUANGE TOKYO】
ads by google


スポンサードリンク

ads by A8