昭和初期の歴史的建造物・東京首都圏編vol.1


「千代田区・ぼたん」

出典元:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/files/42b.jpg

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/27099/320x320_rect_27099305.jpg

正式名称:ぼたん

インフォメーション:「鳥のすきやき」という玄関の格式の高い式台が通りすがりに見えます。入母屋造りで、一部改修されています建設当時の界隈の雰囲気をよく伝えています1897明治30年)頃、現在地に鳥すきの専門店として創業。1929昭和4年)、現在の木造の建物を建造。その後、年代は不詳ですが木造の建物の改修工事と、一部を鉄筋コンクリート造に建替えられています2001平成13年)には、東京都の歴史的建造物に選定され、今日に至っています

参考サイト:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/re_list14.htm

参考サイト:https://tabelog.com/tokyo/A1310/A131002/13000336/

所在地:101-0041 東京都千代田区神田須田町1丁目15

問合せ:03-3251-0577

建築年:1929

構造:木造・一部RC 三階建て

設計者:不詳


「台東区・上田邸(旧忍旅館)」

出典元:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/files/19b.jpg

出典元:http://www.taito-culture.jp/city/landscape/archi_p/a_ueda/a001.jpg

正式名称:上田邸(旧忍旅館)

インフォメーション:水月ホテル鴎外荘の並びにある、昭和4(1929)に建てられたユニークな木造モルタル洋館建築です。その独特の姿から「花園町の白鷺城」の異名をとり、当時の大衆文化を物語る建物として有名ですが、現在は民家(上田邸)ですいま見ても「おしゃれ」な雰囲気の建物で、建った当時は相当にモダンで注目されたと思われます。

参考サイト:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/re_list07.htm

参考サイト:http://www.taito-culture.jp/city/landscape/archi_p/ki003.html

所在地:東京都台東区池之端3丁目319

建築年:1929

構造:木造三階建て

設計者:不詳


「千代田区・日比谷公会堂」

出典元:http://www.kanko-chiyoda.jp/Portals/0/image/sightseeing/02/detail/3%20hibiyakouenn.jpg

出典元:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/files/15b.jpg

正式名称:市政会館日比谷公会堂

インフォメーション:わが国最初の公会堂建築日比谷公園のシンボル的存在です。昭和4(1929)、関東大震災復興のシンボルともなった日比谷公会堂が竣工しました。安田善次郎が東京市長だった後藤新平に共鳴し、当時としては巨額の350万円の寄附し、これをもとに「市政調査会(市政会館)」およびそれに併設する公会堂として建設されました。建物は指名設計競技で一等となった工学博士佐藤功一氏の設計によるものです。佐藤博士は母校の早稲田大学大隈講堂の設計者としてもしられています。ちなみに開場式で、新聞を破いた音が参加者全員に聞こえたといわれています。東京都選定歴史的建造物に選定されています。

参考サイト:http://www.kanko-chiyoda.jp/tabid/309/Default.aspx

参考サイト:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/re_list05.htm

所在地:100-0012 東京都千代田区日比谷公園13

問合せ:03-3591-6388

建築年:1929

構造:SRC造り六階建て/塔屋四階

設計者:佐藤功一


「中央区・中央区立泰明小学校」

出典元:http://www.chuo-tky.ed.jp/~taimei-es/images/content/1637/20110307-101433.png

出典元:http://www.chuo-tky.ed.jp/~taimei-es/images/content/82/kousya432.jpg

正式名称: 中央区立泰明小学校

インフォメーション:震災復興事業の一つとして建てられた小学校で、カーブを描く壁面やアーチ窓等、全体的に表現派風の意匠をもつ建物です外観はツタの絡まる校舎の外壁や、連なる3階の半円形の窓、円形に張り出した講堂、緑を伴うアーチ型の開口を有する塀、“フランス門”と呼ばれる瀟洒なデザインの門扉などの特徴を有し、銀座の街並みに相応しい趣のある建物として愛されています。また講堂と雨天体操場が上下二層構造となっている点も特徴のひとつで、隣接する数寄屋橋公園等も一体で計画している点、工夫の凝らされた配置計画などと相まって、都心の狭小敷地にありながら、良好な日照条件と外遊びの空間を確保し、明るく快活な泰明小学校の校風形成の源泉ともなっています

公式サイト:http://www.chuo-tky.ed.jp/~taimei-es/

所在地:東京都中央区銀座5丁目113

問合せ:03-5388-3359 都市づくり政策部 緑地景観課 歴史的景観担当

建築年:1929

構造:RC造り三階建て

設計者:東京市・原田俊之助


「中央区・ヨネイビルディング」

出典元:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/files/16b.jpg

正式名称: ヨネイビルディング

インフォメーション:ヨネイビルディングは震災後、銀座に林立したオフィスビルの中で現存し、当時の趣を維持しているビルの一つであり、建てられた頃は銀座が大きく発展しモボ・モガが街を闊歩していました。建物一階の外壁は、建築当時の状態をよく残しており、中世ロマネスク風の意匠で、らせん模様の柱をとりつけた大小のアーチ窓が石張りの重厚な壁面に軽快な印象を与えています。全体に調和性を重視した意匠で、突出した一直線の帯状の装飾により輪郭をきっちりと枠どっています。

参考サイト:http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kenchiku/keikan/rekiken/re_list06.htm

所在地:東京都中央区銀座2丁目820

問合せ:03-5388-3359 都市づくり政策部 緑地景観課 歴史的景観担当

建築年:1930

構造:SRC六階建て

設計者:森山松之助


「墨田区・東京都慰霊堂」

出典元:http://tokyoireikyoukai.or.jp/wp/wp-content/uploads/2012/11/IMG_1474-300×224.jpg

出典元:http://tokyoireikyoukai.or.jp/wp/wp-content/uploads/2012/11/ed9b2bc0ccf67045c7dfb967dc93847c-225×300.jpg

正式名称: 東京都慰霊堂

インフォメーション:東京都慰霊堂は、大正12年(192391日に発生した、関東大震災による遭難者(約58000人)の御遺骨を納めるための霊堂として、東京市内で最も被害の大きかった被服廠跡(現在東京都横網町公園)に昭和5年に建てられました。慰霊堂の設計は、築地本願寺や湯島聖堂を手がけた伊東忠太氏によるものです。当初は「震災記念堂」と名付けられましたが、昭和20310日の東京大空襲などによる犠牲者(約105000人)の御遺骨も併せてこの霊堂に奉安し、昭和269月に名称を「東京都慰霊堂」と改め、現在約163000体の御遺骨が安置されています。

公式サイト:http://tokyoireikyoukai.or.jp/park/%E6%96%BD%E8%A8%AD%E6%A1%88%E5%86%85/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%85%B0%E9%9C%8A%E5%A0%82/

所在地:東京都墨田区横網2丁目325

問合せ:03-3623-1200

建築年:1930

構造:SRC三階建て

設計者:伊東忠太

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