2019現代人気女流俳人

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2019現代人気女流俳人

17音の世界に言葉を研ぎ澄ますプロフェッショナルが集います。ご紹介します「2019現代人気女流俳人」情報です。

≪ノミネートリスト≫

1《夏井いつき」

2「池田澄子」

3「井上弘美」

4「宇多喜代子」

5「遠藤由樹子」

6「小津夜景」

7「櫂未知子」

8「神野沙希」

9「柿本多映」

10「藤井あかり」

*アイキャッチ画像参考サイト:https://www.vill.kitayama.wakayama.jp/kanko/about/nature.html

1「夏井いつき」

参考サイト:http://music-book.jp/music/news/news/176722/img-1

出典元:http://newsimg.music-book.jp/news_images/images/1315961/large.jpg?1519180543

個人プロフィール:1957513日愛媛県生まれ。愛媛県立宇和島東高等学校普通科を経て、京都女子大学文学部国文科を卒業後の1980に、国語科教諭として松山市立余土中学校へ赴任。1982愛南町立御荘中学校へ転任しました。教師時代から、仕事と家庭を両立させながら、唯一の趣味として独学で俳句を嗜んでいました。1988に教職を辞したうえで、 俳人に転身。黒田杏子に師事しながら、自宅のある松山を拠点に、俳句を本格的に手掛け始めました。1997には、俳句集団「いつき組」を結成するとともに、「組長」へ就任。全国の小中学高校生を対象としたカリキュラムの一環として、「句会ライブ」という俳句教室を開催しています。 2013(平成25年)からは、『プレバト!!』(毎日放送制作・TBS系列全国ネットのバラエティ番組)内の企画「才能査定ランキング」で、俳句部門の査定を担当します。事前に提示した1枚の写真を基に、著名人のゲストが作成した俳句を、容赦のない毒舌で評価・添削する姿が人気を博しています 2014には俳人としての活動の窓口として「株式会社夏井&カンパニー」を設立し、取締役に就任(代表取締役は夫の加根光夫)。2015には、「俳都松山宣言」を全国に発信する俳都松山大使に就任。正岡子規100年の俳句の現在から、さらに俳句の未来に向かった活動を展開すべく、「100年俳句計画」を提唱しています松山市在住。

受賞歴:以下参照

1994(平成6年)第8俳壇賞受賞

2000(平成12年)第5中新田俳句大賞受賞

2005(平成17年)NHK四国ふれあい文化賞受賞

2018(平成30年)第44放送文化基金賞(個人)

所属:「株式会社夏井&カンパニー」

作品:以下参照

「惜春のサンドバッグにあずける背」

季語は「惜春(春惜しむ)」。「暮の春」「行く春」と大差はないが、詠嘆的な心がことば自体に強くこもっている。一種物淋しい悼むような情を含む、と手元の歳時記の解説にある。そういえば、木下恵介に『惜春鳥』という男同士の物淋しくも切ない友情を描いた作品があった。おそらくは、夕暮れに近い日差しが窓から差し込んでいるボクシング・ジムである。トレーニングに励んでいた若者が、束の間の休息をとるために、今まで叩きつづけていたサンドバッグにみずからの背をそっとあずけた。よりかかるのではなく、あくまでも「そっと」あずけたのだ。その様子には、さながら相棒のようにサンドバックをいとおしむ気持ちがこもっており、心地よい疲労を覚えている若い肉体には、充実感がみなぎっている。そんな光景を目撃したか、あるいは思い描いた作者は、その若者の心身のいわば高まりのなかに、しかし早くも僅かに兆しはじめている衰亡の影を見て取ったということだろう。そのことが行く春への思いを、もっと物淋しい「惜春」の情にまで引き上げたと言える。この「惜春」と「サンドバッグ」の取り合わせは、なかなかに秀抜な絵になっていて、私はすぐに、ちばてつやの描いた名作『あしたのジョー』の一場面を思い出したのだった。『伊月集「梟」』(2006)所収。

新大久保の大根キムチ色の空

最初はおっかなびっくりでなんとなく敬遠していた異国料理の店もそのうちみんな抵抗なく通うようになります。新大久保もそうだ。風俗系の店が多い印象だったが、今や人気のある韓国料理の店に行列が出来ている。大根キムチの色の空はやるせない夕方の空模様。白い雲に夕焼けが薄く滲んでいる。この大根が季語かどうかなどという論議は無用。そもそも日本的なるものが無国籍のはちゃめちゃな面白い情緒に姿を変える。そこでも俳句はちゃんと生きていける。そういう主張とエネルギーに満ちた句だ。俳句マガジン「いつき組」(201112月号)所載。

著作物:多数ありますのでお役立ちしそうな一冊を以下にご紹介します。

2018年夏井いつきの365日季語手帳」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81lfLBNTWGL.jpg

夏井いつき著/2017年日販アイ・ピー・エス刊行・1785円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/2018%E5%B9%B4%E7%89%88-%E5%A4%8F%E4%BA%95%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%8D%E3%81%AE365%E6%97%A5%E5%AD%A3%E8%AA%9E%E6%89%8B%E5%B8%96-%E5%A4%8F%E4%BA%95%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%8D/dp/4990992806/ref=asap_bc?ie=UTF8

2「池田澄子」

参考サイト:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO07388390X10C16A9BE0P00/

出典元:https://www.nikkei.com/content/pic/20160920/96959999889DE2E5E1EAEAE1EBE2E3E5E2EBE0E2E3E49097E282E2E2-DSKKZO0738840017092016BE0P00-PB1-1.jpg

個人プロフィール:1936325日鎌倉市生まれ。父の出征のため父の郷里である新潟県村上市に疎開し、1947年より結婚まで新潟市に育つ。新潟県立新潟中央高等学校卒業。俳句をはじめた時期は遅く、たまたま目にした阿部完市の俳句に驚いて興味を持ち、1975年に堀井鶏主宰の「群島」に入会(のち同人。1987年廃刊)。1983年より三橋敏雄に私淑、のち師事し、三橋指導の「檣の会」に入会(2001年解散)。1988年「未定」参加(1994年退会)。「船団の会」参加。同年8月、第一句集『空の庭』刊行、翌1989年、第36現代俳句協会賞受賞。1995年「豈」参加。2006年、句集『たましいの話』で第7宗左近俳句大賞受賞。その他の句集に『いつしか人に生まれて』『ゆく舟』『拝復』など、他にエッセイ集『あさがや草紙』、評論集『休むに似たり』などがある。

受賞歴:上記参照

所属:「豈」「船団」「面」

作品:以下参照

雪積む家々人が居るとは限らない

背景には、三好達治二十七歳のときの二行詩「雪」がある。「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」という有名な詩だ。中村稔によれば「一語の無駄もないこの詩が語りかける世界は深沈たる抒情のひろがりをもっている」ということであり、ほとんどの日本人はそのように理解している。そんななかで「でもね……」と言ってみせたところが、この句の面白さだ。言われてみると「そりゃそうだ」ということになり、「深沈たる抒情」もカタナシである。といって、決して作者が意地悪を言っているとは受け取れない。そこが池田澄子の作品に共通する魅力である。俳句と詩。こうなると、どちらが古風なのか、わからなくなってきてしまう。『いつしか人に生まれて』所収。

新宿のノエルのたたみいわしかな

ノエル(Noёl)は、フランス語でクリスマス。その昔、我が青春の学校であった新宿の酒場街は、クリスマスだのイブだのには微動だにしなかった。空騒ぎをしていたのは安キャバ・チェーンくらいのもので、静かなものだった。そりゃ、そうだ。夜ごと飲み屋に集う面々には、敬虔なクリスチャンなどいるはずもなかったのだから……。物の本や映画で、七面鳥がご馳走くらいのことは知っていたけれど、食べてみたいという気も起きなかった。それでもタタミイワシをぽりぽりやりながら「今日はイブだな」と思い出す奴もいたりして、でも、会話はそれっきり。この時季に盛り上がる話題といえば、もうこれは競馬の「有馬記念」と決まっていた。「有馬記念」に七面鳥や、ましてケーキなんぞは似合わない。ところで正直に言って、この句が何を言おうとしているのかは、よくわからない。勝手に私が昔の新宿に結びつけているだけで、このときなぜ「ノエル」と洒落たのかとなると、ますますわからなくなる。が、あの頃の新宿には、たしかにタタミイワシがよく似合っていた。銀座でも渋谷でもなく、どうしても新宿という雰囲気だった。第一に、新宿の街それ自体が、タタミイワシみたいに錯綜していた。でも、いつしか、イブにタタミイワシを口にすることもなくなってしまった。今年の人気馬「スペシャルウィーク」がどんな走りをするのかも、もとより知らない。往時茫々である。メリー・クリスマス。『空の庭』(1988)所収。

著作物:代表的句集ををいかに記載しました。

空の庭(人間の科学社、1988年)

・エスいつしか人に生まれて(みくに書房、1993年)

ゆく舟(ふらんす堂、2000年)

たましいの話(角川書店〈角川俳句叢書〉、2005年)

拝復(ふらんす堂、2011年)

「池田澄子句集(現代俳句文庫)」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41mMyZqMJ3L._SX340_BO1,204,203,200_.jpg

1995年ふらんす堂刊行・1296円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E6%BE%84%E5%AD%90%E5%8F%A5%E9%9B%86-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B1%A0%E7%94%B0-%E6%BE%84%E5%AD%90/dp/4894021153

3「井上弘美」

参考サイト:https://mainichigahakken.net/hobby/article/post-33.php

出典元:https://mainichigahakken.net/hobby/img/11111.jpg

個人プロフィール:昭和 28 年京都府生まれ。昭和 59 年、関戸靖子に師事。昭 和 63 年「泉」入会、綾部仁喜に師事。平成 3 年「泉」新人 賞、平成 6 年「泉」賞受賞。平成 16 年より早稲田大学大学 院修士課程において近世俳文学を研究。平成 24 年「汀」創 刊主宰。句集『風の事典』(平成 4 )。現在、「汀」主宰。 「泉」同人。俳人協会幹事。日本文藝家協会会員。俳文学会 会員。朝日新聞京都俳壇選者。

受賞歴:上記参照

所属:「汀俳句会」主宰

作品:以下参照

ふらここに坐れば木々の集まれり

最寄駅を出るとすぐ、通勤電車の車窓にこんもりと木々が見え、ああ、また丘がふくらんできたなあ、と実感している。この丘は公園になっていて、不必要な整備が好きな私の住む区にしては、木も地面もまあそのままの貴重な場所だ。その広い公園の端に、すべり台やぶらんこなど遊具が置かれている一画がある。人がいないのを見計らって、逆上がりをしてみたりぶらんこを思いきり漕いだりするのだが、ちょうど今頃がぶらんこには心地よいかも、とこの句を読んで思う。萌え始めた木々に囲まれたぶらんこを遠くから見ている作者。ゆっくりと近づいてぶらんこの前に立つ。体の向きを変え、鎖をつかみながら、その不確かな四角に腰を乗せ、空を仰いだ途端、ぶらんこを囲んでいる木々に包みこまれたような気持ちになったのだろう。そして風をまといつつ、しばらく揺られていたに違いない。〈うらがへりうらがへりゆく春の川〉〈野遊びの終りは貝をひらひけり〉など春の句で終わる句集の最後の一句は〈大いなる夜桜に抱かれにゆく〉。『汀』(2008)所収。

翼あるものみな飛べり夏の夕

鳥類は空中を飛ぶために前足を発達させ翼を得たと言われる。翼あるものみな飛ぶ、飛行機だって両翼を持っている。ギリシャ神話のイカロスは鳥の羽を集めて、大きな翼を造った。高く、高く飛んでしまったため太陽に近づくと、羽をとめた蝋(ろう)が溶けてしまったそうだ。とある夏の夕暮れにねぐらへ帰る鴉を飽きることなく見送って妄想を燻らせる。わが人体を如何に浮遊させんか、、、さてそれからの吾が夢は一体どこへ羽ばたくのやら、夜が短い。他に<母の死のととのつてゆく夜の雪><月の夜は母来て唄へででれこでん><花食つて鳥は頭を濡らしけり>などあり。『井上弘美句集』(2012)所収。

著作物:「井上弘美句集(現代俳句文庫)」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/31DI688T-bL._SX298_BO1,204,203,200_.jpg

2012年ふらんす堂刊行・9800円~(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E5%BC%98%E7%BE%8E%E5%8F%A5%E9%9B%86-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E5%BC%98%E7%BE%8E/dp/4781404235

4「宇多喜代子」

参考サイト:https://www.gendaihaiku.gr.jp/prize/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BF%B3%E5%8F%A5%E5%A4%A7%E8%B3%9E/%E5%B9%B3%E6%88%9026%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E7%AC%AC14%E5%9B%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85/%E5%AE%87%E5%A4%9A%E5%96%9C%E4%BB%A3%E5%AD%90

出典元:https://www.gendaihaiku.gr.jp/prize/profile/photo/2942b10ad7c9949659bd296f6c943d16.jpg

個人プロフィール:昭和十年山口県徳山市生まれ。武庫川学院大学家政学科卒。「草苑」創刊に参加し、昭和四六年同人、のち編集長。現代俳句協会会長。新興俳句の研究や評論活動も行う。句集に「りらの木」「夏の日」「半島」「象」、著書に「ひとたばの手紙から」ほか。

受賞歴:昭和57年(1982年)第29回現代俳句協会賞受賞/平成13年(2001年)第35回蛇笏賞受賞/ 平成24年(2012年)第27回詩歌文学館賞受賞/平成14年紫綬褒章受章、平成20年旭日小綬章受章

所属:文藝家協会会員、現代俳句協会特別顧問、「草樹」会員代表。

作品:以下参照

集つて散つて集まる蕨狩

ラジオ体操のような句の作りです。前半の動作が後半でくり返されるところが似ています。このように感じるのは、日本的な集団主義のおかしさがみてとれるからでしょう。仲間同士か町内会の行事か、参加者を募って車を手配し、蕨山まで団体行動をとる。ここまでの手配と段取りは、律儀な幹事が取りまとめ、参加者はそれに従います。しかし、「散つて蕨狩」をする段になると、狩猟採集本能がよみがえってきて、我先に蕨を獲得しようと躍起になる者もあらわれます。日本人は、このように自然と向き合うときに、集団から解放された自身にたちかえられるのかもしれません。しかし、集合の時間になると、皆整然と集まり、一緒に来た路を帰ります。この行動様式は、小学校の遠足にも似ているし、大人のツアー旅行にも似ています。句会も吟行も同様です。掲句がもつ、集合と拡散と集合の運動に、読む者をほぐすおかしみがあるのでしょう。『記憶』(2011)所収。

八月の赤子はいまも宙を蹴る

1945年の89日午前112分、長崎市に原爆が投下された。その瞬間赤子は永遠に赤子のまま、時間は凍りついた。掲句の赤子が象徴しているものは、日常が寸断された世界である。笑おうとした顔、なにげなく見あげた時計、蝉の背に慎重にかざす捕虫網。普段通りの仕草の途中で、唐突に命がなくなってしまったとき、その先に続くはずだった動作は一体どこへ行ってしまうのだろう。彼らは、永遠に笑い、時計を見やり、蝉を捕り続けているのではないのか。その途方に暮れた魂を思うとき、わたしたちは今も頭を垂れ、醜い過ちを思い、静かに祈るしかないのだろう。『記憶』(2011)所収。

著作物:句集に『りらの木』『夏の日』『半島』『夏月集』『象』『記憶』など。

「名句十二か月」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/61bKaEycG3L.jpg

2009年角川学芸出版刊行・6661円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E5%90%8D%E5%8F%A5%E5%8D%81%E4%BA%8C%E3%81%8B%E6%9C%88-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%AE%87%E5%A4%9A-%E5%96%9C%E4%BB%A3%E5%AD%90/dp/4047034509/ref=asap_bc?ie=UTF8

5「遠藤由樹子」

参考サイト:https://www.haikushou25.com/%E9%81%B8%E8%80%85%E7%B4%B9%E4%BB%8B/

出典元:https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/dimension=170×10000:format=jpg/path/s405481e9cf0c9ef4/image/i16ea505abdcb0d46/version/1537457024/image.jpg

個人プロフィール:昭和32年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学科卒業。俳誌「未来図」に入会、鍵和田秞子に師事。第61回角川俳句賞受賞句集に『濾過』・平成31年度より「未来図」編集長。俳人協会幹事。

受賞歴:第61回角川俳句賞受賞

所属:俳人協会所属

作品:以下参照

梟やわが内股のあたたかし

ヨーロッパでは森の賢者と呼ばれ、日本では死の象徴とされてきた梟は、動物園やペットとして飼われているものでさえ、どこか胸騒ぎを覚えさせる鳥である。集中前半に収められた〈梟よ梟よと呼び寝入りけり〉の不穏な眠りを象徴した梟が印象深かったこともあり、後半に置かれた掲句にも丸まって太ももの間に手をはさんで横になる姿勢を重ねた。左右の脚の間にできるわずかな空間のやわらかなぬくもりが、安らかな心地を引き寄せる。それは自分で自分を抱きしめているような慈しみに満ち、そして少しさみしげでもある。おそらく胎児の頃から親しんできたこのかたちに、ひとりであることが強調されるような様子を見て取るからだろう。寒さに耐えかねてというより、さみしくてさみしくてどうしようもないときに、人は自らをあたためるようなこの姿勢を取ってしまうのだと思う。血の通うわが身のあたたかさに安堵と落ち着きを取り戻したのちは、元気に起き上がる朝が待っている。『濾過』(2010)所収。

十薬のつぼみのやうな昔あり

裏庭にどんどん増えるドクダミと刈っても刈っても増え続けるヤブカラシは、子供の頃我が家の庭の二大嫌われものだった。ほんとに臭いね、などと言いながらよく見ることもなかったドクダミを、しげしげと見たのはやはり俳句を始めてから。近づくと、あんなに嫌だった独特の匂いは郷愁を誘い、葉はハートの形で花は真っ白な十字形、蕾はしずくのような姿で眠っている。ほんとうの花は真ん中の黄色い部分で、白いのは萼だというが花言葉は、白い追憶、とロマンティックだ。そんな十薬の群生する蕾を見つめながら、作者もふと郷愁をおぼえたのだろうか。あのしずくの形が、光に見えたか涙に見えたか、作者の胸に去来したものはわからないけれど、つぼみのやうな昔か、昔っていい言葉だな、とあらためて思った。『濾過』(2011)所収。

≪次ページパート2≫もご覧ください