「江戸のクールテクニック」/2018年10月更新

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「江戸のクールテクニック」

先端の工業技術から江戸の技まで東京には生活に蜜着した「お役立ちグッズ」が沢山有ります。あらためて見直すと結構、楽しいものです。

 

食品サンプル

海外では、メニューは文字と写真で構成されているのが普通で、食品サンプルは一般的ではありません。日本を訪れた外国人観光客は、食品サンプルを初めてみて驚くようで、店頭の食品サンプルの撮影をしている旅行者を見かけることもあります。歴史的には大正時代に考案されましたが、お土産に買って帰る外国人観光旅行客が急増しています。そこで都内の有名食品サンプル店をご紹介してみます。

 

「元祖食品サンプル屋」

創業80年の老舗が日本発祥の「食品サンプル」の新しい魅力を日本中へ,そして世界へ展開されています。限定商品や、芸術性の高いプレミアム商品、おみやげ品としても喜ばれる小物類、ものづくりの楽しさを体験できる本格的な食品サンプルキット「さんぷるん」など、食品サンプルメーカーならではのユニークで楽しいオリジナル商品が満載です。また伝統的な食品サンプルづくりの実演「食品サンプルづくりライブ」も実施されており、楽しめます。

(合羽橋ショールーム)

住所:東京都台東区西浅草3-7-6

電話番号:0120-17-1839

営業時間10:00~21:00

URL:http://www.ganso-sample.com/

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出典元:http://www.ganso-sample.com/

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 和紙

紙作りが日本に伝わったのは今からおよそ1400年前の推古18年(西暦610年)のことです。高句麗の僧・曇徴が、墨とともに製紙法を日本に伝えた、と『日本書紀』に記されています。(紙作り自体はそれ以前から行われていたという説が一般的です。)当初の紙の使用目的は主に写経や戸籍作成などの公文書でした。しかし平安時代に入ると和歌や漢詩、書など、貴族の間で用いられるようになり、料紙として薄葉の「雁皮(がんぴ)」が使われるようになりました。時代とともに紙の用途は広がり、江戸時代になると雁皮の代わりに比較的栽培しやすい「三椏(みつまた)」を原料にした紙も普及するようになり、浮世絵や草子本から、障子やふすま、番傘など、あらゆる庶民の生活に必要なものが紙で作られるようになりました。こうして、紙作りの技術は日本全国に広がり、各地域それぞれに適した特性、さまざまな製法により紙がつくられていきます。そして、自然な強さと美しさを兼ね備えた日本独自の紙、”和紙”として発展を遂げることになったのです。

「小津和紙店」

和紙の歴史の流れをくむ日本橋・小津和紙は和紙の有名な老舗で、その歴史は、小津清左衛門長弘から始まっています。承応二年(1653年)8月9日、長弘29歳のとき、江戸大伝馬町一丁目に店を構えました。屋号を小津屋とし、家印は『△に久』(うろこきゅう)としました。小津屋と名乗ったのは、同じ伊勢松坂の出身で平素から親しくしていた小津三重郎の「小津屋というのは店が繁盛する、めでたい名だ。」という熱心なすすめによるものです。

住所〒103-0023 東京都中央区日本橋本町3-6-2
TEL:03-3662-1184 FAX:03-3663-9460
営業時間:10:00 – 18:00  定休日:日曜日

URL:http://www.ozuwashi.net/

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出典元:http://ozuwashi.net/

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出典元:http://www.ozuwashi.co.jp/


 風呂敷

江戸期になると風呂屋に行く習慣として、手拭・浴衣・湯褌・湯巻・垢すり(呉絽の小布)・軽石・糠袋・洗い子などを風呂敷に包み銭湯へ通うようになりました。そして風呂敷はやがて銭湯などで他人のものと区別しやすいように家紋や屋号を染めるようになっていきました。こうして、湯道具を”風呂に敷く布”のようなもので包むようになり、その四角い包み布を”風呂敷包み”と呼ぶようになったそうです。江戸風俗絵図その他を見ると、いたる処で風呂敷を使用した人力運搬が見られます。かもじ売り・小間物売り・針売り・お六櫛売り・呉服屋・端裂売り・古着屋・庖丁売り・古本屋・絵草紙屋・貸本屋・猿廻し・角兵獅子・宝船売り・万歳(大黒舞)・七夕短冊売りなど実に多くの行商人に風呂敷が利用されていたようです。

「やまとなでしこ」(神楽坂)

東京や京都には風呂敷老舗店が数多くありますがここでは敢えてコンテンポラリーな表現にチャレンジいている今時の風呂敷店をご紹介します。「やまとなでしこ」です。

ホームページのメッセージの一行を紹介します・・・。

『ふろしきが、最も使われていたのは昭和40年~50年頃で、日本人の生活にはなくてはならないくらしの布でした。その後、デパートの紙袋やレジ袋が多く使われ、宅急便の登場で、人々が大きな荷物を運ぶということもなくなり、次第に使われなくなってしまいましたが、数年前より地球温暖化問題、ロハスに注目が集まり、再び見直されております。「やまとなでしこ」では、変幻自在の「ふろしき」を現代のくらしに取り入れて、日本の文化、文様、色彩を楽しんでいただけますようご提案いたします。』

住所:〒162-0825 東京都新宿区神楽坂6-15 折井ビル

TEL:03-3266-1641 FAX.03-3266-1640

営業時間:11時~19時

アクセス:東京メトロ(東西線)神楽坂駅下車 徒歩2分

URL:http://www.yamatonadeshiko-tokyo.com/

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出典元:http://www.yamatonadeshiko-tokyo.com/

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出典元:http://www1.enekoshop.jp/

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出典元:http://www1.enekoshop.jp/shop/yamatonadeshiko-tokyo/


 江戸提灯

定かではありませんが、江戸時代の半ば頃には既に数多くの職人がいたとされています。当時、人口100万人を突破し、北京やロンドン、パリなど指折りのメガシティを抑えて、世界最大の都市だった江戸では、当然ですが、提灯の需要が大変多かったそうです。そのため、江戸では文字の書き入れを主として行い、和紙の張り作業など提灯自体の制作は地方に任せ、分業を図っていたそうです。現在もなお江戸提灯の製作に関わっている老舗は、創業150年、160年といった歴史があります。ですので、少なくとも江戸時代の末期にはこうした江戸提灯の礎が東京で築かれていたとものと思われます。2007年には「江戸手描き提灯」として東京都指定の伝統工芸品として認定されました。印刷やプリントに頼らない職人の技は、今も浅草などの下町で見る事ができます。

「大嶋屋恩田」

安政元年(1854年)から続く浅草の老舗。お祭りや神社に飾る提灯、料理屋の店先につるす赤提灯や家紋入り提灯にとどまりません。大人気の似顔絵入り提灯は金婚式祝いや結婚式で大活躍。電池でLED点燈する「ちょうちん安光(あんこう)」もインテリアに彩りを添えると好評です。

住所: 〒111-0043 東京都台東区駒形2丁目6−6

電話:03-3841-2691

アクセス:都営浅草線 浅草駅 A2出口 徒歩2分

営業時間:9時~18時

URL:http://www.chochin-ya.com

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江戸切子

そもそも江戸切子は職人の手で脈々と伝えられたもので、明治維新の政治的改革にも影響を受けなかったばかりか、明治初期に政府が欧米の技術導入に積極的な方策をたて、ヨーロッパの技法が導入された際も、切子については明治15年(1882)に、英人技師エマヌエル・ホープトマンによって新たな技法が伝習生に教えられたので、江戸時代の切子の伝統は絶えることがなく、近代工業の要素を取り入れたことで、今日まで長く存続する基礎を作りました。

 

「廣田硝子」

新潟県・燕出身の廣田金太が明治32年(1899年)に創業した廣田硝子株式會社。古くは薬瓶、菓子瓶、ランプシェードなどを製造。その後タンブラー、酒器などを製造してきました。量産品とは一線を画したガラス製品は手にした時に作り手のぬくもりが感じられ、伝統の技術やデザインが懐かしさを醸し出しています。ガラスは丁寧に扱わないと壊れやすい材料。耐久性に優れた樹脂の素材とは違い、格段に透明で、清潔感があり、注がれたものの温度を適度に感じさせてくれます。廣田硝子は、そんな材料の特性を生かしながら懐かしくも新しい製品を作り続けています。

住所:〒130-0012東京都墨田区太平2-10-9

TEL:03-3623-4148

営業時間:10:00am ~ 18:00pm

公式サイト:http://hirotaglass.shop-pro.jp/

出典元:https://img17.shop-pro.jp/PA01167/146/etc/640px2.jpg?cmsp_timestamp=2140

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爪楊枝(黒文字)

楊枝は、奈良時代に仏教とともに伝来したとされています。爪楊枝は、爪の先の代わりとして使う楊枝を意味しています。もともと楊枝は、木片の先端を毛筆の毛先のように加工した歯木として、歯の掃除をするためのもので、材料としては柳や桃、あるいは竹などが使われていたようです。現代の歯ブラシの原型と言えます。 また、優良な材料としてクロモジの枝・樹皮や葉からクロモジ油を採取して香料にし、石鹸などの香り付けなどにも使用されました。 また、このクロモジの材は、軽くて灰白色で緻密なので、洋傘の柄などに利用されたようです。 江戸時代の「花壇地錦抄」に楊枝として使われるクロモジの名称が現れていますから、歴史あるクロモジの存在がうかがわれます。

 

「日本橋・さるや」

東京・日本橋に店を構える楊枝専門店「日本橋さるや」は、宝永年間に創業し300年続く江戸時代からの老舗です。「さるや」の楊枝は、古来より上等とされる黒文字という樹を使用しています。1本ずつ手作業での楊枝は熟練の職人で1日400本程度しか作成できません。この貴重な楊枝は「粋」で繊細にして、今もなお江戸名物の一つとされています。

住所:東京都中央区日本橋室町1-12-5

TEL:03-5542-1905

アクセス:東京メトロ 銀座線・半蔵門線 三越前駅 徒歩5分

URL:http://www.nihonbashi-saruya.co.jp/

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出典元:http://www.nihonbashi-saruya.co.jp/

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千社札

江戸時代中期から千社札の納札をともなう千社詣が江戸を中心に流行しました。千社詣でとは有各な神杜仏閣を巡拝して、その数が1000に達することを期する習俗のことで、通常参拝の証として自己の住所、職業、氏名などを書いた紙札を参拝した神殿や仏堂の柱や梁(はり)に貼り付けました。これをを千社札と称しました。千社札には江戸文字が用いられ、デザイン的にもそれぞれ趣向が凝らされていました。やがて、千社札の交換会が開かれるようになって、参加者たちはますますその見栄えを競ったそうです。

 

「UNOS 橘右之吉」

千社札は江戸の通人や職人衆、芸者衆など粋筋が、それぞれ意匠を凝らして多色摺りに誂え、贔屓筋に渡したり、交換したりして使った現代の名刺のようなものです。納札交換会は、寛政年間(1800年頃)に始まり、以降、通人たちの間で盛んに行われました。各個人がそれぞれ工夫した千社札を持ち寄り、交換し合う集まりです。現在も納札会は「東都納札睦」や「納札壱丁會」、「千社睦」などの会が、それぞれ年に数度交換会を開催し、好事家を集めています。千社札を貼るにもマナーがありますのでくれぐれもご用心下さい。

住所:東京都文京区湯島2-33-9 誠美ビル1F

電話:03-6240-1711

営業時間:9時30分~17時30分

アクセス:東京メトロ千代田線 湯島駅下車、徒歩 分

URL:http://www.unos.co.jp/

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出典元:http://www.unos.co.jp/

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出典元:http://www.unos.co.jp/

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