巨大絵画の達人・遠藤彰子

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巨大絵画の達人・遠藤彰子

自然と人間の共生する空間を、現代社会が内蔵する独特の空気感で表現するのが遠藤彰子コスミックです。毎年500号を超える作品を描き続ける、けた外れの表現者の軌跡をご紹介します。

≪インデックス≫

1「出生と絵画との出会い」

2「創作活動の軌跡」

3「主な作品と所蔵先」

4「略歴」

5「現況」

6「関連著作物や商品」

参考サイト:http://akiko-endo.com/painter/

参考サイト:http://color-museum.jp/artist/312

参考サイト:http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/kankou/bunka/museum_art/1003843.html

参考サイト:http://www.gei-shin.co.jp/comunity/04/17-2.html

参考サイト:http://www.sokeinp.com/?p=12590


1「出生と絵画との出会い」

出典元:http://www.sokeinp.com/wp-content/uploads/2016/08/DSC6211-300×200.jpg

出典元:http://akiko-endo.com/painter/wp-content/uploads/2018/09/essay003-1-300×200.jpg

1947107日東京都中野区生まれ。

遠藤彰子は1947107日、東京都中野区で生まれます。父はサラリーマン、母は専業主婦、3つ上の兄が1人いるという家族構成です。赤ちゃんのから殴り描きのような線でウーウー言いながら嬉しそうに絵らしき模様を描いていたというエピソードが残っています。幼い子供の頃になっても絵を描くのが好きで、近所の道端に飽きることなく自己流の絵を描いていたという話もあります。また彰子は自身の体験の記憶として、4歳の頃のある日、妙な体験をしたと言います。窓の外を見ていると、外から自分を見ているもう一人の自分に気付いたと述懐します。現実と空想の二つの世界を行き来するような不思議な感性を持つ少女でした。このような生来の感性と描くことが好きな性分を活かすべく彰子は芸術の道に進むことを決心します画家への憧れを叶えるため、都立駒場高校芸術科、武蔵野美術短期大学へと進学し大学で油絵や彫刻、陶芸などを学び、本格的に洋画家への道へ進もうと決意を固めます。そして二十代のときに訪れたインドで貧富の格差に衝撃を受けて以来、彰子は「人間の存在」「今生きている実感」を作品テーマにします以来「約50年、毎日一時間以上は絵を描いている」という画家としての道を求道していきます


2「創作活動の軌跡」

「都会」出典元:http://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/003/843/endo_01.jpg

彰子は1969年に武蔵野美術短期大学を卒業しますが、短大のとき、中学校に教育実習で行くと中学生の反応が良かったことに自信を得て、絵画教室を始めることにします。教室の場所を貸してくれたのは埼玉県の赤羽幼稚園。徐々に評判は高まり、3年後には月200人ぐらいの絵画教室になります。21歳になると結婚し、これを機に、まだ多くの自然が残っていた神奈川県相模原に移住。アトリエ兼住居を現在の西大沼に構え、絵画教室で生計を立てながら本格的に創作活動を開始しました。

その頃はこの辺何もなくて、雑木林が遠くの方に見えて、あたり一面田んぼがあって、大きな豚がこどもたちを連れて歩いてたり、山鳩や野うさぎがいたりして、東京都心とはまるで違って人間と動物の楽園みたいだった」と述懐しています。こうした相模原の環境に身を置いたことが創作のとなり、彰子本格的な画家人生始まりす。野生動物も多く、まだまだ田舎だった当時の相模原の風景は彰子にとってインスピレーションを得るものが多く、初期の連作「楽園」シリーズを描くきっかけとなります。

「音楽」出典元:http://akiko-endo.com/painter/wp-content/uploads/2018/09/75onga1f-b-1.jpg

1970年代から80年代に入るとオイルショックやバブルなど、経済の浮き沈みに日本中が翻弄された時代が到来します。都市に暮らす人々が不安に陥り生きる喜びを忘れたかのように彰子は感じ、当時の心境を以下のように語っています。「この時代は西新宿に代表されるようなビル群が次々と建設され、人と人との関わりが薄くなっていた時期でもありました。物質的に豊かになる代わりに人間の心が失われて不安の中で安定を求めるような歪な構造として私の目には映りました」そんな時、彰子身の回りにもある出来事が起きま。幼い息子が病気で死の危険にさらされたのです。

「遠い日」出典元:http://akiko-endo.com/painter/wp-content/uploads/2018/09/85toih2f-b-1.jpg

生後8ヶ月の長男が腸重積という病気にかかり、「死」という絶対的な存在を重く実感するようになります彰子は述懐しています「本当に生死感みたいなものがグサッと自分の中に、もしかしたら亡くなってしまうのじゃないか。そんな経験は今までになかったので、それはいま考えただけでも涙が出てくるような恐ろしい記憶です。楽園を描いた当時は、絵を書く事自体が楽しくて筆を持ち絵の具を操っていました。でもそれでは意味がないんじゃないかと。やっぱり社会と自分とが結びつく中で考えざるを得ない。絵かきとは、絵を書くこととは何なのかとか、絵とはどういうことを表現したら人にも判るのかおもしろいのか、ということ凄く考えるようになりました」。実子の病に遭遇し、彰子は現実と向き合い始めます。そして現代の社会の姿を映し出したいと思うようになりこの頃生まれたのが街シリーズです

19761988年に描いた代表作「街」シリーズは石畳、煙突、電車、重層する建物など、心象風景としての街を造形化した連作作品で、オランダの版画家エッシャーのだまし絵のようでもあり、街の景色の中には、一歩踏み外せば地に落ちる「危うさ」を感じさせます。街に住む人間が不安におののきながらも、希望に向かって生きていく姿を描くようになり、「街」という大きなテーマが芽生えていきました。中央には火吹く煙突。化学工場と中世を思わせる構造物とが融合した都市空間。走り回る子供達。頭を抱える女性。日常の背後に何か恐ろしいものが控えているという不安感。まさに現代の社会を描きたいという彰子の思いが込められた代表作シリーズとなりました。そして1986年「遠い日」という作品で新人画家の登竜門と言われる安井賞を受賞します。東京に超高層ビルが建ち、繁栄とともに空が無くなっていくような状況と作品の奇妙な閉塞感が重なり、時代と上手くフィットしたという評価を得ました。

出典元:http://akiko-endo.com/painter/wp-content/uploads/2018/09/top002-c-1.jpg

しかし、それ以後、彰子は自分の作品に行き詰まりを感じるようになります。絵が似たようなものになっているのではないか。過剰なまでに自分の内面と、自己を取り巻く都市空間のはざまで彰子は焦燥感に苛まれます。そしてある一つの答えを見出します。その答えが画家の技量が試される巨大絵画への挑戦でした。彰子は「人間も自然の一部である」という巨視的な視野をもち、そのことを実証する表現手段として、より奥行きと広がりを増した1000号、1500号という巨大な作品群の制作へと邁進するのでした・・・・・。


3「主な作品と所蔵先」

参考サイト:http://akiko-endo.com/painter/

*主な作品画像は上記遠藤彰子HPから直接ご確認ください

*遠藤彰子氏の作品は同じタイトルが重複して存在しています。

*所蔵先は確認ができておりませんので一部の作品しか記載しておりません。

1967年制作「楽園」

1973年制作「音楽」

1974年制作「楽園の住人たち」

1974年制作「楽園」

1975年制作「楽園」

1975年制作「楽園」

1975年制作「部屋」

1978年制作「広場」*林武賞受賞

1979年制作「街」

1979年制作「朝の訪れ」

1980年制作「駅」*女流画家協会賞受賞

1981年制作「都会」相模原市所蔵

どこか異国の街のように見えて、実際には存在しない不思議な街。作者の「街」シリーズは、様々な方向から見つめた視線が一つの作品に収められる多視覚的な構図で成り立っています。それはまるで、複数の人々がそれぞれの位置から見た光景が、重なり合って一つの光景をつくり出しているような奇妙な感覚にとらわれます。

1982年制作「私の街」

1982年制作「街」

1983年制作「迷宮の街」相模原市所蔵

見下ろした先には、ビルの狭間に空いた空間が、まるで落とし穴のように口を開けています。人々はその縁を行き交い、不安を隠した日常をおくっています。ここにある街は存在しない街です。しかし、私たちが住む現実の街も、それほど変わりないのではないでしょうか。

1983年制作「街(STREET)」

1984年制作「都会」

1984年制作「制作風景」

1984年制作「海景」

1984年制作「岐路」

1985年制作「遠い日」*安井賞受賞

1986年制作「光景」*二紀会展優賞受賞

1986年制作「とばり」

1987年制作「遠い日」東京国立近代美術館所蔵

1988年制作「ひとり午後にささやく」

1989年制作「見つめる空」相模原市所蔵

遠くの空に向かい、らせん状につづく階段。そこに座り込み、空を見上げる人々。階段の先には何があるのでしょうか。不安と希望を胸に、人々はさらなる高みをめざして歩を進めます。

1990制作「私は来ている此処へ、何度も」*二紀会展文部大臣賞受賞

1991年制作「入り江の笛」

1991年制作「黄昏の笛は鳴る」

1992年制作「午睡」

1992年制作「棲みつきし夢」

1992年制作「ゆふぐれの果実」東京国立近代美術館所蔵

1992年制作「庭園に陽射しおり」

1993年制作「ストリート」横浜市美術館所蔵

1993年制作「鏡を過ぎる広場」

1993年制作「空ぞ忘れぬ」

1993年制作「薔薇窓に影ほのめく」

1994年制作「呼び聲はときを揺らす」

1995年制作「HORIZON」個人所蔵

1995年制作「死なしむな夢」

1996年制作「河に溶ける赤い蛇」

1996年制作「星」箱根彫刻の森美術館所蔵

1997年制作「翳をくぐる鳥」

1997年制作「イノセント」

1997年制作「地図にはあらぬ」

1998年制作「揺れる風」

2000年制作「路」北海道立旭川美術館

2006年制作「午睡~」茨城県立近代美術館所蔵

2006年制作「見しこと」

2007年制作「鐘」

2008年制作「白馬の峡谷・冬」

2009年制作「いくとせの春・春」

2010年制作「在り過ぐす・秋」

2011年制作「織られし白き糸・夏」

2014年制作「燃ゆる火中花触れあふ」

2015年制作「その時ゆくりなき雲」

2016年制作「眸ひらく明日」

2016年制作「彼方から」

2017年制作「炎樹」


4「略歴」以下参照

略 歴

1947

東京(中野区)にて生まれる

1969

武蔵野美術短期大学卒業

1977

〔個展〕遠藤彰子展(紀伊國屋画廊・東京)

1978

昭和会展・林武賞受賞 <広場>

1979

安井賞展出品 (以後86年まで出品)

1985

〔個展〕予感に満ちた-心象の街 遠藤彰子展(西武アート・フォーラム・東京)

1986

安井賞展・安井賞受賞 <遠い日
文化庁芸術家在外派遣研修・インド(~’87年)

1992

〔個展〕遠藤彰子展-群れて…棲息する街-(西武アート・フォーラム・東京)
朝日新聞連載 河合隼雄「おはなし おはなし」挿画担当(~’93

1995

〔個展〕遠藤彰子「アトリエの住人たち展」(日本橋三越本店・東京)

1996

〔個展〕遠藤彰子展 無限の世界・リアルな眼差し(神奈川県民ホールギャラリー)

1997

日本経済新聞夕刊連載小説 久間十義「刑事たちの夏」挿画担当(~’98

2004

〔個展〕遠藤彰子展-力強き生命の詩(府中市美術館・東京)
朝日新聞連載小説 篠田節子「讃歌」挿画担当(~’05年)

2005

〔グループ展〕わたしの美術館展 横浜美術館 <「街(Steet)」200F>

2006

〔個展〕遠藤彰子展 Akism-生命を謳う (茨城県つくば美術館)

2007

平成十八年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞(美術部門)
〔個展〕遠藤彰子展 私は来ている 此処に、何度も(網走市立美術館・北海道)

2008

〔個展〕-満ちゆく生命-遠藤彰子の世界展 (池田20世紀美術館・静岡)(~’09年)
〔個展〕遠藤彰子展-絵からとびだした名脇役たち-(色彩美術館・東京)

2010

毎日新聞夕刊連載 黒井千次「古い土地/新しい場所」挿画担当(~’13年)

2014

〔個展〕魂の深淵をひらく-遠藤彰子展(上野の森美術館・東京)
紫綬褒章受章

2015

〔個展〕「Ouvrir la profondeur de l’âme」(パリ国立高等美術学校 / フランス)

2016

遠藤彰子の世界展 ~COSMOS~ (相模原市民ギャラリー・神奈川)

2017

遠藤彰子展 “Cosmic Soul” (武蔵野美術大学)

現 在

武蔵野美術大学油絵学科名誉教授、二紀会委員、女流画家協会委員

収蔵先

東京国立近代美術館、横浜美術館、茨城県近代美術館、富山県美術館、府中市美術館、他多数

5「現況」

アトリエ:252-0332 神奈川県相模原市南区西大沼2丁目137

インフォメーション:20183月末をもって定年を迎えられ、武蔵野美術大学教授の職を辞されています(名誉教授職に就任)。


6「関連著作物や商品」

「遠藤彰子 Cosmic Soul

出典元:http://www.musabi.co.jp/books/463066/images/1.jpg

内容:武蔵野美術大学12号館地下展示室で開催の「遠藤彰子展 “Cosmic Soul”」(20171127日~1222日)公式図録。「人間の存在」や「今、生きている実感」をテーマに、500 号以上の大作に挑みつづける遠藤彰子。初期の「楽園シリーズ」から飛躍のきっかけとなった「街シリーズ」をはじめ、展覧会出品作品のみならず、約100 の絵画・彫刻等で構成。高階秀爾による解題とともに、50 年以上にわたる画業をまとめたThe Akiko Endo 決定版!

出版年・出版元:201711月刊行/武蔵野美術大学美術館・図書館

著者:遠藤彰子著/武蔵野美術大学美術館・図書館編

書価:3780

体裁:B4判変型・4色刷・152

オンラインショピング:http://www.musabi.co.jp/books/463066/index.html

「ビニール傘・くろ猫・遠藤彰子」

出典元:http://www.musabi.co.jp/goods/999119/images/1.jpg

アイテム案内:油絵学科・遠藤彰子先生がビニール傘のために可愛い親子猫を描きおろしてくれました。「くろねこ」は透明の傘にシルクプリント。親骨は65センチあり、大きな荷物のある美大生におすすめです。普段使い、贈答品にもぜひどうぞ。

販売元:武蔵野美術大学出版局

参考価格:1080

販売箇所:通販商品

オンラインショピング:http://www.musabi.co.jp/goods/999119/

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