ことばの力・日本現代詩人伝

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ことばの力・日本現代詩人伝/2018年12月更新

ことばの持つ深淵な力を探り続ける人たちがいます。ご紹介します「ことばの力・日本現代詩人伝」です。できる限り代表作の一端を掲示しています。ご一読ください。

アイキャッチ画像出典元:http://www.earth-garden.jp/culture/57875/

≪ノミネートリスト≫

1「石垣りん」

2「金子みすゞ」

3「伊藤比呂美」

4「北園克衛」

5「後藤大祐」

6「最果タヒ」

7「高橋睦郎」

8「谷郁雄」

9「田村隆一」

10「谷川俊太郎」


1「石垣りん」

参考サイト:http://poetrykanto.com/issues/2006-issue/ishigaki-rin-2

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%9E%A3%E3%82%8A%E3%82%93

出典元:http://poetrykanto.com/wp-content/uploads/2013/01/0605ishigaki_rin.jpeg

プロフィール:1920221日東京都生まれ。20041226日没・享年84歳。

東京・赤坂の薪炭商の家に第一子として生まれました。4歳の時に生母と死別し、以後18歳までに3人の義母を持つことになります。また3人の妹、2人の弟を持ちますが、死別や離別を経験。小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職します。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えました。そのかたわら詩を次々と発表。職場の機関誌にも作品を発表したため、銀行員詩人と呼ばれました。『断層』『歴程』同人。19H氏賞、第12田村俊子賞、第4地球賞の各賞を受賞。教科書に多数の作品が収録されているほか、合唱曲の作詞でも知られます2004心不全のため東京都杉並区浴風会病院で死去。戒名は文誉詩章鱗光大姉。2009静岡県南伊豆町の町立図書館内に「石垣りん文学記念室開設されましたが開設にあたっては、全国から1400万円余の募金が寄せられまし

代表作/その一部紹介:以下参照

「旅情」*≪表札など≫より

ふと覚めた枕もとに

秋がきていた。

遠くから来た、という

去年からか、ときく

もっと前だ、と答える。

おととしか、ときく。

いやもっと遠い、という。

では去年私のところにきた秋は何なのか

ときく。

あの秋は別の秋だ。

去年の秋はもうずっと先の方へ行っている

という。

先の方というと未来か、ときく。

いや違う、

未来とはこれからくるものを指すのだろう?

ときかれる。

返事にこまる。

では過去の方へ行ったのか、ときく。

過去へは戻れない、

そのことはお前と同じだ、という。

がきていた。

遠くから来た、という。

遠くへ行こう、という。

主な代表作:「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「表札など」「略歴」「やさしい言葉」

関連出版書籍:以下参照

①「石垣りん詩集」

出典元:https://www.iwanami.co.jp//images/book/249036.jpg

著者:伊藤比呂美

概容:14歳で銀行に事務見習として就職し,定年まで家族の生活を一人で支えつづけた詩人,石垣りん.家と職場,生活と仕事の描写のうちに根源的な雄々しい力を潜ませた詩を書きつづけ,戦後の女性詩をリードした詩人のすべての詩業から,手書き原稿としてのみ遺された未発表詩や単行詩集未収録作品を含む,120篇を精選.

出版年・出版社:2015年岩波書店刊行

書価:税別700

オンラインショッピング:https://www.iwanami.co.jp/book/b249036.html

②「表札など-石垣りん詩集」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41YV0KDH3JL.jpg

著者:石垣りん

概容:「表礼など」は1968年思潮社刊著者は48歳でした。本書は装丁を更えて復刊されるものです。出版年・出版社:2000年童話屋刊行

書価:2160円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E8%A1%A8%E6%9C%AD%E3%81%AA%E3%81%A9%E2%80%95%E7%9F%B3%E5%9E%A3%E3%82%8A%E3%82%93%E8%A9%A9%E9%9B%86-%E7%9F%B3%E5%9E%A3-%E3%82%8A%E3%82%93/dp/4887470096


2「金子みすゞ(金子テル)」

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%82%9E

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9f/Kaneko_Misuzu.jpg/180px-Kaneko_Misuzu.jpg

プロフィール:1903411日山口県長門市生まれ。1930310日長門市にて没享年26歳。

大正末期から昭和初期にかけて、26歳で死去するまでに500余編もの詩を綴ったとされます。みすゞが注目されたのは1923大正12年)9月に『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』の4誌に一斉に詩が掲載され、西條八十から「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されたことが詩人人生の起点となりました。

山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)に生まれ、郡立大津高等女学校(現・山口県立大津緑洋高等学校)を卒業。父は、妻の妹の嫁ぎ先である下関書店・上山文英堂の清国営口支店長でしたが、1906(明治39年)210日、みすゞが3歳のときに清国で不慮の死(病死)をとげます。これと関連してみすゞの実弟の、劇団若草の創始者である上山雅輔(正祐)は、幼くして母の妹(みすゞにとっては叔母)の嫁ぎ先である上山家に養子に出されます。その後、叔母が亡くなったため、正祐の養父とみすゞの母が再婚し、みすゞも下関に移り住むことになります。結果的に、みすゞと雅輔は実の姉弟でありつつ、義理の姉弟の関係という複雑な親族関係となります。

1926(大正15年)、叔父(義父)の経営する上山文英堂の番頭格の男性と結婚し、娘を1人もうけますが、夫は雅輔(正祐)との不仲から、次第に叔父に冷遇されるようになり、女性問題を原因に上山文英堂を追われることとなります。みすゞは夫に従ったものの、自暴自棄になった夫の放蕩は収まらず、後ろめたさからかみすゞに詩の投稿、詩人仲間との文通を禁じます。さらにみすゞに淋病を感染させるなどした事から1930(昭和5年)2月に正式に離婚します(実は法的には未成立の離婚)。みすゞは、せめて娘を手元で育てたいと要求し、夫も一度は受け入れますが、すぐに考えを翻し、娘の親権を強硬に要求します。夫への抵抗心から同年310日、みすゞは、娘を自分の母に託すことを懇願する遺書を遺し服毒自殺。享年26年の短い生涯を閉じました。

*≪金子みすゞ作品の著作権について≫

みすゞの数奇な人生は後に映画・テレビドラマ・舞台などで演じられており、劇中で詩作が紹介されることも少なくありませんが金子みすゞの作品そのものの著作権は作者であるみすゞの死後50年を過ぎており消滅していますが、作品集を出版しているJULA出版局を窓口とする「金子みすゞ著作保存会」は、みすゞ作品を利用する際には同会の許可を得るよう求めています。その理由としてJULA出版局は、著作の大半が生前未発表であったこと、ならびに未発表作品を一般に広めるきっかけとなった『金子みすゞ全集』(JULA出版局)による二次的著作権の存続を挙げています。このこともあり、みすゞ作品は青空文庫にも収録されていません。このような「金子みすゞ著作保存会」の姿勢に対して疑念を持つ者も存在しています

代表作/その一部紹介:以下参照

≪草の名≫

人の知ってるいる草の名は、

わたしはちっとも知らないの。

人の知らない草の名を、

わたしはいくつも知ってるの。

それはわたしがつけたのよ、

すてきな草にはすてきな名を。

人の知ってる草の名も、

どうせだれかがつけたのよ。

ほんとの名まえを知ってるのは、

空のお日さまばかりなの。

だからわたしはよんでるの、

わたしばかりでよんでるの。

≪土≫

こッつん こッつん

ぶたれる土は

よい畑になって

よい麦生むよ。

朝から晩まで

ふまれる土は

よい道になって

車を通すよ。

ぶたれぬ土は

ふまれぬ土は

いらない土か。

いえいえそれは

名のない草の

お宿をするよ。

≪もくせい≫

もくせいのにいが

庭いっぱい。

おもての風が、

ご門のとこで、

はいろか、やめよか、

そうだんしていた。

≪足ぶみ≫

わらびみたよな雲がでて、

そらには春がきましたよ。

ひとりで青空みていたら、

ひとりで足ぶみしましたよ。

ひとりで足ぶみしていたら、

ひとりでわらえてきましたよ。

ひとりでわらってしていたら、

だれかがわらってきましたよ。

からたちかきねが芽をふいて、

小みちにも春がきましたよ。

主な代表作:こだまでしょうか/さびしいとき//早春/私と小鳥と鈴と/こころ/白い帽子/失くなったもの/学校/あの子/夕顔/お魚/月日貝/雛まつり/雀のかあさん/小さなうたがい/にわとり/さかむけ/噴水の亀/海のこども 他多数。

関連出版書籍:以下参照

①「金子みすゞ名詩集/文庫本」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41%2BwQppiiAL.jpg

著者:金子みすゞ

概容:明治36年、山口県に生まれた童謡詩人金子みすゞ 彼女の残した作品には小さな動植物に対する深い愛情や悲しみ、そして子供の持つ独特の感性などが、みずみずしい言葉で綴られています。本書では金子みすゞの名詩を93編収録。文庫版で「こだまでしょうか」を掲載しているのは本書のみとなります。こころに響く金子みすゞの詩を味わってください。

出版年・出版社:2011年彩図社刊行

書価:617円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/dp/4883928020?_encoding=UTF8&isInIframe=0&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#product-description_feature_div

②「こだまでしょうか、いいえ、誰でも」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51hHkUaOQWL.jpg

著者:金子みすゞ

概容:西條八十に「若き童謡詩人の巨星」と賞賛されながら26歳の若さでこの世を去った金子みすゞ。彼女の死後、その作品は一度は散逸するものの、近年になって再発見されました。そして今、彼女の詩は多くの人に感動を与え、静かに人々の心に広がりつつあります。森羅万象をいつくしみに満ちたまなざしで見つめ、見過ごされがちなその本質を見事に表現した多くの作品。金子みすゞが遺した512 編の作品の中から、ACジャパンのC M放送で流された「こだまでしょうか」をはじめ、とりわけ彼女らしさにあふれた百篇を精選。「幻の童謡詩人」の精華を集めた一冊です。

出版年・出版社:2011年宮帯出版社刊行

書価:1026円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E3%81%93%E3%81%A0%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%8B%E3%80%81%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%88%E3%80%81%E8%AA%B0%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%82%E2%80%95%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%83%BE%E8%A9%A9%E9%9B%86%E9%81%B8-%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%83%BE/dp/4863660995/ref=pd_sim_14_3?_encoding=UTF8&pd_rd_i=4863660995&pd_rd_r=ac6d7cf3-a66e-11e8-8c17-d926f8f0be1c&pd_rd_w=gXjeo&pd_rd_wg=GNzjX&pf_rd_i=desktop-dp-sims&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_p=053a78c4-e34f-47d4-9426-4d23f47a211d&pf_rd_r=816S20DFMV46FHPJ357F&pf_rd_s=desktop-dp-sims&pf_rd_t=40701&psc=1&refRID=816S20DFMV46FHPJ357F


3「伊藤比呂美」

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%AF%94%E5%91%82%E7%BE%8E

参考サイト:http://www.kkt.jp/matome/kumamoto/013666.html

出典元:http://www.kkt.jp/matome/kumamoto/assets_c/2017/06/%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%86%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF-thumb-300xauto-19798.jpg

プロフィール:1955年9月13日東京都板橋区生まれ。

1975、青山学院大学在学中より新日本文学会の文学学校にて阿部岩夫に学びます。同年、詩人の岩崎迪子らと詩誌『らんだむ』を創刊。1976から『現代詩手帖』に投稿をはじめます。1978、第一詩集『草木の空』でデビュー。同年に第16現代詩手帖賞を早くも受賞します。性と生殖、そして死に関する言葉を多用し、『姫』『青梅』『テリトリー論Ⅱ/Ⅰ』などで80年代にかけての女性詩ブームを井坂洋子とともにリードし、女性による詩のイメージを革新しました。1985『良いおっぱい悪いおっぱい』で、「子育てエッセイ」という分野を開拓したことでも知られています。のちに詩をやめて小説に移行し、1999『ラニーニャ』などで一定の評価を得ますが、2005『河原荒草』で、再びの世界に復帰し、2007『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で、説経節と現代詩を融合した独自の語りものの世界を確立し、彼女独特の音韻に敏感な表現スタイルもオリジナルなものとして評価を得ます1984より熊本市在住、1997からはカリフォルニア州に在住しつつ、熊本とカリフォルニア間を往復する生活を続けます2008、熊本文学隊を旗揚げ。2011101日より熊本学園大学招聘教授。201841日より早稲田大学文学学術院(文化構想学部)教授。

代表作/その一部紹介:「2014年産経ニュースより抜粋」=*伊藤女史の人生においてご家族、特に父親の存在との距離感がとても大きなウエイトを占めている印象があります。そのことに触れた一説がございますので記載いたします。伊藤比呂美の作品のルーティンを彷彿とさせられます。

≪以下参照≫

「胎児はウンコ」と書き、育児エッセーのジャンルを切り開いた詩人、伊藤比呂美。英国人の夫や子供と米国で暮らし、父の一彦さんのいた熊本と行き来して、遠距離介護を続けた。その記録『父の生きる』(光文社)では、無聊をかこつ一彦さんの不安や孤独、退屈と向き合った葛藤をつづっている。「娘はかわいい。やりたいようにやらせたい。でも俺は退屈で寂しい。ポロッと出た父の一言がグサーッとくるんです」東京都出身前夫が熊本大学に職を得たため、昭和59年に熊本に移住した。年取った父母も近くに越してきたが、自身は離婚を経て、渡米。8年前に母が病院で寝たきりとなり、82歳で独居となった一彦さんのため、ヘルパーや送迎付きの犬の美容室などを手配した。一彦さんの好きな時代劇やプロ野球中継の衛星放送チャンネルも契約した。母の死後、米国へ誘っても一彦さんは熊本を離れず、自身は日本にいる間も講演などの仕事で飛び回った。「日本語の詩人は日本語の環境にいないとだめだと感じて、魚が陸に上がったみたいな窮屈感があった。それを解消する一つの方法が日本に頻繁に帰ること。父たちを口実に」一彦さんは戦時中、陸軍少尉として飛行学校の教官を務め、教え子は特攻で死んだ。戦後の公職追放で教員や警官の職に就けず、ヤクザになったが続かなかった。印刷会社に勤めた後、精密機械の零細工場を営んでいた。子供の頃、特攻隊の飛行機が撃ち落とされるニュース映像に涙する一彦さんを見て、驚いたのを覚えている。大人になって気づいた。「この人は人生を生きていない。私は仕事に邁進し、人とかかわって生きていく。父はそうではない。戦争で死んで、私1人を育てるために生きていたんじゃないか」と。詩人になったのは、文学青年で「裏町の小インテリ」だった一彦さんの影響だ。本棚にあった文豪の全集を読みあさった。高校時代は悩みが多く、話を聞いてほしくて工場へ入った。「『お父さん』と言うと機械を止め、こっちを向いてたばこに火をつける。何があっても受け止める姿勢を見せてくれた。それは父の教え」と話し、今は娘と向き合う。お父さん子の一人娘だったが、やがて一彦さんから逃げ出す。昭和53年に詩集を出版して以来、現代詩を牽引。後を追うように一彦さんも現代詩の雑誌に投稿し、何度も入選した。それが嫌で「現代詩ではない」と残酷に批判した。渡米したのは「父母のつくった家庭に戻ることに、ぞっとした」からだ。生家は東京の裏町で生活にきゅうきゅうとするブルーカラー。出自を否定し続けるうち、また裏町の文化に戻った。「生まれは東京の裏町の路地裏の、ブルーカラーの家といえるんです、堂々と。父を肯定する気持ちとともに。自分がそこから出てきたのだから」父に教わったのは「人と意見が対立しても、大抵は譲ってもいいことだから頑張るな」。老いた父と2人きりで向き合い、互いに譲ってうまくいっていると感じた。

主な代表作:以下参照

「伊藤比呂美詩集」19809月思潮社

「伊藤比呂美詩集」198811月思潮社・現代詩文庫

「わたしはあんじゅひめの子である 伊藤比呂美詩集」19938月思潮社

「続・伊藤比呂美詩集」20117月思潮社

関連出版書籍:以下参照

①「とげ抜き新巣鴨地蔵縁起」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/815xH9OEdGL.jpg

著者:伊藤比呂美

概容:故郷をおん出て何十年、他国に流離で十何年、親も夫も子も危機で、死と老いと病とが降りかかる。それでも生き抜く伊藤しろみ。この苦が、あの苦が、すべて抜けていきますように。本書は詩であり、語り物であり、また、すべての苦労する女たちへの道しるべである。紫式部文学賞、萩原朔太郎賞をダブル受賞。

出版年・出版社:2011年講談社刊行

書価:文庫版713円/単行本1836円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/dp/4062769239?_encoding=UTF8&isInIframe=0&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#product-description_feature_div

②「良いおっぱい悪いおっぱい」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41kyLfffCzL.jpg

著者:伊藤比呂美

概容:一世を風靡した名エッセイ『良いおっぱい悪いおっぱい』に、三人の子を産み育て、二十五年の人生経験を積んでパワーアップした伊藤比呂美が大幅加筆。若さあふれる文章はほぼそのままに、各編ごとのコラムで未来からの補完を試みます。

出版年・出版社:2010年中央公論新社刊行

書価:文庫本823円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E8%89%AF%E3%81%84%E3%81%8A%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84%E6%82%AA%E3%81%84%E3%81%8A%E3%81%A3%E3%81%B1%E3%81%84-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BC%8A%E8%97%A4-%E6%AF%94%E5%91%82%E7%BE%8E/dp/4122053552

③「父の生きる」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71BWC3Nj%2BmL.jpg

著者:伊藤比呂美

概容:詩人・伊藤比呂美が日本とアメリカを往復する遠距離介護を通して、「私が頼りにもしてきた」父の最期に寄り添い切った三年半の記録。

出版年・出版社:2016年光文社刊行

書価:文庫本605円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E7%88%B6%E3%81%AE%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BC%8A%E8%97%A4-%E6%AF%94%E5%91%82%E7%BE%8E/dp/4334773060/ref=sr_1_22?s=books&ie=UTF8&qid=1534992560&sr=1-22&refinements=p_27%3A%E4%BC%8A%E8%97%A4%E6%AF%94%E5%91%82%E7%BE%8E


4「北園克衛」

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%9C%92%E5%85%8B%E8%A1%9B

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e8/Kitazono_Katsue.jpg

プロフィール:19021029日三重県伊勢市生まれ。197866日東京にて没、享年75歳。

三重県出身の詩人写真家、デザイナーで中央大学経済学部卒、本名は橋本健吉。実兄は彫刻家の橋本平八です。代表的な詩集に『白のアルバム』『黒い火』などがあり「Kitasono」と署名していたことから、<きたその>と表記されることが多いが<ぞの>が正しく(ローマ字ではなくフランス語の署名)周辺からは「ゾノさん」と呼ばれていました。詩人としては関東大震災のあと、大正末期から昭和初期にかけて華ひらいた前衛詩誌文化の中心で活躍したいわゆるモダニズム詩人のひとりです。日本で初めてのシュルレアリスム宣言(上田敏雄上田保 (英文学者)と連名)を配布したことからシュルレアリスムの詩人と評されますが、シュルレアリスムからは短期間で離脱し該当する作品も少量にすぎず、むしろバウハウスの造型理念を視覚的に享受した影響が大きいと言えます。代表作「単調な空間」(1959)は詩人北園の美意識が結晶したもので、当時世界を席巻していたコンクリート・ポエトリーと関連づけることができる日本では数すくない言語詩で。また処女詩集『白のアルバム』(1929)に収録されている「図形説」は活字だけを用いて描かれた絵画的な作品群です。1950年代から写真作品を発表し、1960年代以降は室内で静物を造型的にセッティングして撮影する作風に変化しながら、やがて写真を<詩そのもの>と定義する「プラスティック・ポエム」にたどり着きます。詩作の一方で北園克衛はグラフィックデザイナーであり、イラストレーターでもあり、編集者でもありました。当初は油彩を描き二科展に入選を果たすなど画才にめぐまれ、昭和期を通じておびただしい文芸誌書に装幀家・挿画家として関与しています(ハヤカワ・ミステリ文庫のエラリイ・クイーンのシリーズ装幀など広く親しまれています)。しかしそんな多彩な活動を繰り広げる一方で、つねに「詩人」という肩書きで通し続けました。日本の戦後詩は戦前のモダニズムを超克することから開始されたため、1950年代以降は批評の前面に北園克衛の名前があらわれる機会はまれです。とくに生活や社会をテーマにすることをきらうこの詩人北園の詩が戦後のリアリズム的思潮に重なるはずもなく、没するまで公平な評価の機会は訪れませんでした。その一方、戦後はデザインの仕事にもめぐまれ、建築家やデザイナーに信奉者を多く生み、また詩作についても北園なりの充実した作品をつくり続け、概して多方面にわたりにぎやかな活躍を続けました。197866日、肺癌のため死去。 没したのち、1980年代以降にはアートや写真など、詩と無関係な方面から新しい世代が「発見」していくかたちで評価されはじめ、その動きは2002年の北園克衛生誕百年イベントを経て現在も継続し、静かなる北園ファンを生み続けてますなお多摩美術大学図書館内に、遺品を中心とした北園克衛文庫が設置されています

代表作/その一部紹介:以下参照

*北園詩作は事情により掲載はできませんが、1935年から北園克衛こと・橋本健吉が40年以上勤務した日本歯科大学の図書館勤務に関する興味深い記述があります。タイトルは「図書館長の橋本健吉は詩人北園克衛だった」というものです。アバンギャルドな詩作活動の向こう側に存在する橋本健吉の人となりを知る面白いものです。ご一読ください。参考サイト:http://koyu-ndu.gr.jp/images/ichimai/023.pdf

主な代表作:以下参照

「白のアルバム」・「単調な空間」思潮社・「北園克衛詩集・現代詩文庫」思潮社・「記号説」思潮社

関連出版書籍:以下参照

①「北園克衛詩集・現代詩文庫」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51z2gRbE%2BtL.jpg

著者:北園克衛

出版年・出版社:1981年思潮社刊行

書価:単行本3033円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E5%8C%97%E5%9C%92%E5%85%8B%E8%A1%9B%E8%A9%A9%E9%9B%86-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%A9%A9%E6%96%87%E5%BA%AB-2%E6%9C%9F23-%E5%8C%97%E5%9C%92-%E5%85%8B%E8%A1%9B/dp/4783708088

②「北園克衛全写真集」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/917BKUPPyIL.jpg

著者:北園克衛

出版年・出版社:2014年沖積社刊行

書価:単行本7560円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E5%8C%97%E5%9C%92%E5%85%8B%E8%A1%9B%E5%85%A8%E5%86%99%E7%9C%9F%E9%9B%86-%E5%8C%97%E5%9C%92-%E5%85%8B%E8%A1%9B/dp/480603522X?SubscriptionId=1CJAHAB69MAK1H6DZ482&tag=aucfanaucview_rc-22&linkCode=xm2&camp=2025&creative=165953&creativeASIN=480603522X


5「後藤大祐(ゴトウダイスケ)」

参考サイト:http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20160422/1461333243?_ga=2.95839964.196046738.1535007311-1758470096.1524270697

参考サイト:https://nostos.jp/archives/102294

出典元:https://nostos.jp/wp-content/uploads/2016/02/prof_goto.jpg

プロフィール:1979年生まれ。2004年東京大学文学部英米文学科卒。「詩と思想」会員。2016年日本現代詩人会入会。現在西宮在住、サラリーマン生活者でもあります。

代表作/その一部紹介:以下参照

「死体をタクシーに乗せて、」より冒頭部抜粋

死体をタクシーに乗せて

祭りのようにすすむ

はずむ街を

ネオン輝くセダンが通る

キミがいい気分だから

ボクもまじ最高

肩に手をまわせば、ほら

口蓋骨から、ピューと笛がこぼれる

街に、地面から、昼にしみ込んだ熱が立ちのぼる

地下道の入り口や出口、ビルディングの谷間や

ナイトクラブの階段から

ある夜には、戦争に酔った青い若者たちが

交差点を占拠し、ニュースの見出しに切りとられた

ある夜には、ペットショップの前に立ち止まった

女装趣味者ウォルトに首相の甥が声をかけた

いつも通り、混雑する高架下のロード

タクシーが急ブレーキを踏んだ

車線変更で割り込んだハイヤーがクラクション

はじけるシャンパン、道路に落ちたコルクをひろうのは赤い鼻のボーイ

ほら、キミがほほえむ

死ぬほど楽しい、キミもそう?

何があっても、ふたりなら平気

キミのむきだしの鎖骨をつつく、木製バットの感触

キミはほんとうに、かわいい、ほんとだよ

ほんとだって 笑

(以下割愛)

主な代表作:以下参照

「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」土曜美術社出版販売

「死体をタクシーに乗せて、」

「オレ、正義のレスラー、エル・テキエーロ」第10回文芸思潮現代詩賞・優秀賞

関連出版書籍:以下参照

①「詩集 誰もいない闘技場にベルが鳴る」

出典元:https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/91LiiBrn9BL.jpg

著者:後藤大祐

出版年・出版社:2015年土曜美術社出版販売刊行

書価:単行本1728円(アマゾン価格)

オンラインショッピング:https://www.amazon.co.jp/%E8%AA%B0%E3%82%82%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%84%E9%97%98%E6%8A%80%E5%A0%B4%E3%81%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%8C%E9%B3%B4%E3%82%8B-%E5%BE%8C%E8%97%A4%E5%A4%A7%E7%A5%90/dp/4812022487

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