DEAR INOUE Bros./イノウエブラザーズ2019

adds by google

ads by google
Pocket

DEAR INOUE Bros./イノウエブラザーズ2019

今、アパレルの世界で一寸話題になっているブランドがあります。その名を「イノウエブラザーズ」という先端的なコンセプトでマネージメントする小さな企業です。これから、どのような経緯をたどっていくのか楽しみですが、この会社が生まれた背景、必然を辿って見たいと思います。ご案内します「DEAR INOUE Bros./イノウエブラザーズ2019」です。

≪インデックス≫

1「イノウエブラザーズとは」

・その業態:

・彼等の存在コンセプト/モノづくりとリテイリング

・日本での展開状況

・イノウエブラザーズプロフィール

2「イノウエブラザーズを生み出した二人」

・イノウエサツキの話

・イノウエムツオの話

―参考サイト一覧―

公式サイト:https://theinouebrothers.net/jp
公式Facebookhttps://www.facebook.com/theinouebrothers
公式Twitterhttps://twitter.com/inouebrothers
参考サイト:https://www.dicexdice.com/goods/?brand_id=1138
参考サイト:https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83764-2
参考サイト:https://www.imn.jp/tag/The%20Inoue%20Brothers
参考サイト:https://gqjapan.jp/life/business/20180215/book-of-the-inoue-brothers
参考サイト:https://e-karin.com/archives/19315/
参考サイト:https://www.holmegaard.dk/om-holmegaard
参考サイト:https://www.jal.co.jp/inter/
参考サイト:https://matome.naver.jp/odai/2143165536259390601/2143625278278979303

1「イノウエブラザーズとは」

出典元:https://pbs.twimg.com/profile_images/1551889994/TIB_black_fist_drawn_LO_400x400.jpg

出典元:https://gqjapan.jp/uploads/media/2018/02/15/01.jpg

・その業態:THE INOUE BROTHERS(ザ・イノウエ・ブラザーズ)は・・・・・
デンマークで生まれ育った日系二世兄弟、井上聡(1978年生まれ)と清史(1980年生まれ)によるファッションブランドです2004年のブランド設立以来、生産の過程で地球環境に大きな負荷をかけないこと、生産者に不当な労働を強いない“エシカル(倫理的な)ファッション”であることを信条とし、春夏は東日本大震災で被災した縫製工場で生産するTシャツを、秋冬は南米アンデス地方の貧しい先住民たちと一緒につくったニットウェアを中心に展開しています彼等が考える様々なプロジェクトを通して、世の中に責任ある生産方法に対する関心を生み出すことをこのブランドの存在目標にしています。兄の聡はコペンハーゲンを拠点にグラフィックデザイナーとして、弟の清史はヘアデザイナーとしても活動。そこで得た収入のほとんどを、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の運営に費やしています

・彼等の存在コンセプト/モノづくりとリテイリング

出典元:https://www.imn.jp/api/image/max-width/810/images/upload/2017/11/c460527970abb514fb5d72b9bd3ad1e8.jpg

インフォメーション:The Inoue Brothersはデンマーク・コペンハーゲン生まれの日本人兄弟によって2004年に設立されました。2つの文化―日本の繊細さ北欧のシンプルさへの思い―を基本として生まれたデザイン/アートスタジオを Scandinasian”デザイン彼等は呼ます。The Inoue Brothersのブランドは、妥協することのない理想に沿いつつも徹底的にオープンな視点を忘れることなくここまで展開されてきました。その結果、さまざまな土着の遺産・文化、また手工業に長けたコミュニティーとの強い絆を築くことができたと言いますこの先の道はまだまだ長いと思われますが、自らが考えた数多くのプロジェクトを運営することでそこから生産された商品を通して、モノを創るということは相応の責任を負うことを社会に提言・喚起していくこと・・・・それが彼の最大の目標のようです。

多分、彼等の提供する商品だけを見ると、単に新しいアパレルブランドが登場したかのように写ります。しかしこのブランドが登場・存在している理由は、私たちが知りえない(知ろうとしない)水面下の世界を白日の下に晒していく、メッセージ性の高いブランドです。また、このようなコンセプチャルなブランドを取り扱うショップが数多く存在する今、時代は変革し始めているし、これこそがグローバルなことなのだと実感させられます。

・日本での展開状況

出典元:https://gqjapan.jp/uploads/media/2018/02/15/02.jpg

インフォメーション:日本における現在の本拠地は大阪オフィスです。また日本の流通販売拠点は限定的な展開で、東京では伊勢丹本店や有力セレクトショップに限られるうえ、並行して大手ネット通販企業数社と連携しています。理由は明白で、「ブランドコンセプトに共感する企業との連携」「そもそも生産量が限られる」などを配慮しており、生産者への正当な経済的フィードバックを目指す彼等のマネージメント面での苦労は、推測ですが非常に大きなものがあると思われます。

ファッションアパレル業界のブランドマーケティングは一攫千金とも言われ、Z社のM社長などはその羽振りの良さをメディア広報されているようですが、イノウエブラザーズの企業としての存在感の在り方は対極にある感がいたします。以下、イノウエブラザーズ商品販売にかかわる主なネットショップリストをご案内します。

DICE&DICEhttps://www.dicexdice.com/goods/?brand_id=1138

*伊勢丹メンズ館:https://www.imn.jp/tag/The%20Inoue%20Brothers

*ベイクルーズ:https://baycrews.jp/item/detail/wism/shirt/18050597008030?utm_campaign=wism&utm_source=googleshopping&utm_medium=cpc&utm_content=7225124612_302891440_61715893838_304324600744_aud-326739108138:pla-514635053274_&gclid=CjwKCAjwvuzkBRAhEiwA9E3FUqApUFlRseQDa8GQ-8pTnN2bHsACKyIqR5YJdWYnDbygbPEPzplpnxoCQQYQAvD_BwE

*スノーピーク:https://www.snowpeak.co.jp/news/p20181019-2/

BEAMShttps://www.beams.co.jp/blog/bna/32054/

*ザ・イノウエブラザーズ大阪オフィス所在地:大阪府大阪市東成区大今里南31218

3-12-18 Oimazatominami

Higashinari-ku, Osaka-shi

Osaka, 537-0013 Japan

*問合せ:+81 (0)6 4307 4775 0643074475

*ヨーロッパオフィス:以下参照

10 Joplin House

Roseberry Place
E83DD London 
UK

・イノウエブラザーズプロフィール

出典元:https://senken.co.jp/production/uploads/file_content/file/88771/large_ResourceView.jpg

インフォメーション:おおまかなプロフィールは前記の内容を参照ください。また彼等が運営する数々のプロジェクトはHPから直接ご確認ください。ここでは彼等がインタビューで答えた記述を一部転記してご紹介します。以下ご参照ください。

それぞれのプロジェクトを通して、責任ある生産方法に対する関心を世の中に生み出すことを目指してきた。この仕事を続ければ、ファッション業界を良い方向に変えられると信じている。今の若い子たちはよく分かっているから、誰かが苦しんでいることを知ったら引くと思う。エコは持続可能だと消費者が言い始めれば、大企業も大量生産はだめだ、嫌われるとなるはずです。戦って勝つのではなく、僕らの活動がインスピレーションになればいい。フェアトレード(公正取引)やオーガニックに興味を持ってもらえればいいのです。個人がメディアになって、できることは増えました。もちろん「テクノロジー・イズ・エブリシング」ではありません。人間の手で作られていることが一番大切です。でもそこで止まるとつぶれる。今の状況に溶け込んで、どこへ向かうかを考えてじわじわと広げることが重要です。僕らのプロジェクトは、15年前ではできなかったことです。インターネットがなければ僕らのことを誰も知ることはなかった。「グローバルに考えて、ローカルに行動する」。全てはバランス。そのバランスがよければ継続できると思います。

*またイノウエブラザーズによる著書、「僕たちはファッションの力で世界を変える/ザ・イノウエブラザーズという生き方」についてもご参照ください。以下参照。

出典元:https://gqjapan.jp/uploads/media/2018/02/15/g5.jpg

案内:https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83764-2


2「イノウエブラザーズを生み出した二人」

イノウエブラーズお二人の生き方・考え方を拝見させていただくと、ある人の存在感と重なります。それはお二人のご両親です。母親は「イノウエサツキ」、父親は「イノウエムツオ」と言い、ムツオ氏は既に亡くなっています。取材で知りえたご両親のプロフィールを知ると、イノウエブラザーズのお二人は、なるべくして、今の道を歩まれている気がしてきます。

・イノウエサツキの話

出典元:https://www.jal.co.jp/commonY15/img/ogp_logo_jal.png

インフォメーション:イノウエサツキは長崎市の出身です。父親は三菱重工長崎造船所の職工で船内の艤装作業の専門職に従事していました。サツキは4人兄弟の二女。地元の進学校・長崎西高に進学し、公立福岡女子大に入学します。在学中にデンマークの大学に留学し、卒業後、日本航空欧州総局に入社します。総局の地上職員としては優秀で、当時の昭和天皇がヨーロッパを訪問の際は、デンマークエリアの巡行には会社から担当者として派遣されていました。また、のちにヴァージン航空日本支社長となった中村晃氏(故人)は当時、日航欧州総局長でしたが、「イノウエサツキという社内の業務責任者は、僕の個人的な秘密を知ってるこわい存在なんだよ、ハハハ・・・」などと周囲に語られている談話もあり、サツキが社内でも辣腕を振るっていたことがうかがえます。また特筆すべきは、旧知のイノウエムツオとデンマークで結婚し、子供をもうけ、ハウスキーピングをしながら激務に携わっていたことです。現在、イノウエブラザーズを運営するのは二人の兄弟ですが、実はもう一人、男の子が誕生しています。幼少期に交通事故で亡くなっており、その死の責任を感じた夫婦は、この事故死が家族の在り方、人を育てることの責任など多くのことを心にとめるエポックとなったと思われます。諸々在り、彼女は、在欧の航空会社に移りますが、行く先々で自らの活躍の場をつくった国際感覚にあふれた女性です。現在もデンマークに在住され、息子たちの活躍を凝視されていると思われます。ボーダーレスな感覚で生きていく井上兄弟の存在感は、紛れもなくイノウエサツキの血を受け継いでいそうです。

・イノウエムツオの話

「昭和40年代関西の学園紛争」出典元:http://ironna.jp/file/4a23a54cdf9f672b2c8cdf9ed9badbf2.jpg

インフォメーション:イノウエムツオは大阪の出身です。知りえる範囲の情報では大阪大学在学中に、当時激しかった学生運動に身を置き、デモ参加の際に逮捕された経歴があります。そのため大学を除籍になり、九州産業大学に転学しています。当時、九州産業大学は工芸、グラフィックに関する専門学部を創設し、優秀な教授陣を集めていた背景があります。そこに興味があって九産大に転学したと思われます。そこでクラスメイトだった竹中浄氏(故人・電通勤務)によると、「ムツオは変わったヤツだったけど、没頭すると教室に居続けて作品作りを何日もやっていたアーチスト感覚の人間だった」「マージャンは天才的」「阪大からやってきた凄い奴と言うことで、年上だし、尊敬されてた」と評していました。九産大卒業後、ガラス工芸の本場であるヨーロッパへ渡り、信仰の関係で知り合ったヤマグチサツキと結婚します。

「ホルムガードの旧工房」出典元:https://www.holmegaard.dk/media/1099919/Tidslinje-billede-flere_468x1448.jpg

ムツオのデンマークでの工芸活動は王室の関連業務を行うフィン・リンガード氏に師事したことがベースとなります。長年、師事期間が続きますが先生たるフィン氏のリクエストもあり、その間、ノルウェー、スウェーデン、南アフリカ連邦といった地域へ派遣される生活が続きます。その後、生活のこともありムツオはホルムガード社の専属デザイナーとしての勤務生活を送ります。しかし、ムツオは激務の渦にさいなまれます。おそらくそこには「人種差別」という、欧州社会に潜在する不文律にストレスを感じさせられたことは間違いありません。勤務の傍ら自らの作品を制作していたムツオは勤務生活5年を経過した日、会社を辞めます。おそらく、家庭生活、子育て、制作活動といった人間らしい生活のサイクルがムツオには不可欠でした。気が付くとお酒の量がおびただしく増え、健康を害するような日常があったことに気が付いたと思われます。しかし、ムツオは突然、亡くなります。そしてムツオがいなくなったその日から、サツキと残された二人の子供たちの新しいストーリーが始まりました。

「町田のビオトープ」出典元:https://e-karin.com/wp-content/uploads/2018/06/DSCF23551.jpg

ムツオ家族はデンマーク生活の間も、時折、日本に帰国しています。東京にも親類がおり、町田市に立ち寄った際、ムツオは一人で近隣にあったビオトープを訪れ、日がな一日、そこで時間を過ごしたと言います。また持ち帰っていた作品を親類に進呈しますが、その作品をネッスル日本の方が目にする機会があり、企業メセナとしてサポート活動を検討したいという話も持ち上がったと言います(仲介した広告代理店からの取材談話です)。

このように、ムツオの人生は生活の地を様々に変える波乱万丈なものでありましたが、首尾一貫していたことがあります。それは「人間としてクリエイティブに、潔く生きる」という姿勢ではないでしょうか。イノウエブラザーズを知ると、イノウエムツオが生きているような気がします。