日本遺産Japan Heritage/最新2018年認定13選・2018年9月更新

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8「静岡県・神奈川県/旅人たちの足跡残る悠久の石畳通り―箱根八里で辿る遥かな江戸の旅」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story062/index.html

参考サイト:https://mainichi.jp/articles/20180525/ddl/k14/040/040000c

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/062-8278947027445993.jpg

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/062-0886293901469904.jpg

インフォメーション:(デジタル毎日より)

今回認定されたタイトルは「旅人たちの足跡残る悠久の石畳道-箱根八里で辿(たど)る遥(はる)かな江戸の旅路」。構成文化財は、小田原市が▽小田原城跡▽かまぼこ通り▽ういろう。箱根町が▽箱根旧街道(石畳、一里塚、杉並木)▽畑宿の集落▽寄せ木細工▽甘酒茶屋▽芦ノ湖と箱根神社▽箱根関所跡。江戸時代の大幹線だった箱根八里は当時、国内随一の壮大な石畳が敷かれた。西国大名やオランダ商館長、朝鮮通信使など、歴史に名を残す旅人たちの足跡が残る街道をたどれば、宿場町や関所、杉並木の往時のままの情景とともに、はるかな時代を超え、訪れる人々を江戸の旅に誘うというのがストーリーだ。認定された4市町は169月に「箱根八里街道観光推進協議会」を設立。今年1月、文化庁に申請していた。認定について小田原市の加藤憲一市長は「城下町や宿場町としての多様な歴史・文化、魅力を改めて発信する契機だ」とコメント。箱根町の山口昇士町長は「今年は箱根宿が開かれて400年の節目。歴史・文化遺産の魅力を積極的に発信していきたい」としている。小田原市は独自に「日本最大級の宿場町の伝統物産~小田原提灯(ちょうちん)ぶらさげて、小田原を味わいつくす~」というタイトルで申請していたが認定されなかった。

ストーリー本文資料PDFhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/062-8907916011527012.pdf

問合せ:0559832672(三島市教育委員会教育推進部)


9「和歌山県/百世の安堵~津波と復興の記憶が生きる広川の防災遺産」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story063/index.html

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/063-9746757530086704.jpg

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/063-3139003982305992.jpg

インフォメーション:(日本遺産ポータルサイトより)

広川町の海岸は、松が屏風のように立ち並び、見上げる程の土盛りの堤防が海との緩衝地を形づくり、沖の突堤、海沿いの石堤と多重防御システムを構築しています。堤防に添う町並みは、豪壮な木造三階建の楼閣がそびえ、重厚な瓦屋根、漆喰や船板の外壁が印象的な町家が、高台に延びる通りや小路に面して軒を連ね、避難を意識した町が築かれています。江戸時代、津波に襲われた人々は、復興を果たし、この町に日本の防災文化の縮図を浮び上らせました。防災遺産は、世代から世代へと災害の記憶を伝え、今も暮らしの中に息づいています。

ストーリー本文資料PDF:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

問合せ:0737237795(広川町教育委員会)


10「岡山県/桃太郎伝説の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story064/

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/064-2036315923144235.jpg

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/064-4126762968479919.jpg

インフォメーション:(日本遺産ポータルサイトより)

いにしえに吉備と呼ばれた岡山。この地には鬼ノ城と呼ばれる古代山城や巨大墓に立ち並ぶ巨石などの遺跡が現存する。これら遺跡の特徴から吉備津彦命が温羅と呼ばれた鬼を退治する伝説の舞台となった。絶壁にそびえる古代山城は、その名の通り温羅の居城とされ、巨石は命の楯となった。勝利した命は巨大神殿に祀られ、敗れた温羅の首はその側に埋められた。鬼退治伝説は、古代吉備の繁栄と屈服の歴史を背景とし、桃太郎伝説の原型になったとされ、吉備の多様な遺産は今も訪れる人々を神秘的な物語へと誘ってくれる。

ストーリー本文資料PDFhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/064-0969897532354049.pdf

問合せ:0868031333(岡山市産業観光局観光コンベンション推進課)


11「広島県/瀬戸の夕凪が包む国内随一の近世港町~セピア色の港町に日常が溶け込む鞆の浦」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story065/

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インフォメーション:(日本遺産ポータルサイトより)

夕暮れ時になると灯りのともる石造りの「常夜燈」は、港をめざす船と港の人々を 160 年間見守ってきた鞆の浦のシンボル。「雁木」と呼ばれる瀬戸内海の干満に合わせて見え隠れする石段が、常夜燈の袂から円形劇場のように港を包み、その先端には大波を阻む石積みの防波堤「波止」が横たわる。瀬戸内の多島美に囲まれた鞆の浦は、これら江戸期の港湾施設がまとまって現存する国内唯一の港町。潮待ちの港として繁栄を極めた頃の豪商の屋敷や小さな町家がひしめく町並みと人々の暮らしの中に、近世港町の伝統文化が息づいている。

ストーリー本文資料PDFhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/065-6962472560806503.pdf

問合せ:0849281278(福山市教育委員会管理部文化財課)


12「大分県/鬼が仏になった里 くにさき」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story066/index.html

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/066-1402502363957421.jpg

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/066-1337670643959802.jpg

インフォメーション:(日本遺産ポータルサイトより)

「くにさき」の寺には鬼がいる。一般に恐ろしいものの象徴である鬼だが、「くにさき」の鬼は人々に幸せを届けてくれる。おどろおどろしい岩峰の洞穴に棲む「鬼」は不思議な法力を持つとされ、鬼に憧れる僧侶達によ って「仏(不動明王)」と重ねられていった。「くにさき」の岩峰につくられた寺院や岩屋を巡れば、様々な表情の鬼面や優しい不動明王と出会え、「くにさき」の鬼に祈る文化を体感できる。修正鬼会の晩、共に笑い、踊り、酒を酌み交わす――。「くにさき」では、人と鬼とが長年の友のように繋がれる。

ストーリー本文資料PDFhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/066-3704401515908750.pdf

問合せ:0978535112(豊後高田市教育委員会文化財室)


13「宮崎県/古代人のモニュメント―台地に絵を描く南国宮崎の古墳景観」

公式サイト:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story067/index.html

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/067-2354994208758135.jpg

出典元:https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/imager/original/heritage_data_file/067-2751612389490337.jpg

インフォメーション:(日本遺産ポータルサイトより)

日本独自の形である前方後円墳という古墳が造られた時代。宮崎平野でも西都原古墳群を始め多くの古墳が造られました。列島各地であまた造られた古墳のある景観(風景)は、時の移ろいの中で様変わりしますが、宮崎平野には繁栄した当時に近い景観が今も保たれています。台地に広がる古墳の姿形が損なわれることなく、古墳の周りには建築物がほとんどない景観は全国で唯一です。古墳を横から、上から斜めから。いろんな形と古墳のある景観を楽しんでみませんか?

ストーリー本文資料PDFhttps://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/app/upload/heritage_data_file/067-7541951999085245.pdf

問合せ:0983430846(西都市教育委員会社会教育課)

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