青と光の表現者・詳説フェルメール伝

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詳説フェルメール伝

世界中で人気を呼ぶフェルメールブルーの作家を、あなたはどれ程ご存知ですか?そこでご紹介します。フェルメールの生涯と作品のすべてを。「詳説フェルメール伝」情報です。

≪インデックス≫

1「フェルメールの出生と本格的絵画との出会い」

2「フェルメールの生涯の創作活動」

3「フェルメールの作品一覧と所蔵先一覧」

4「フェルメールの作画技法」

5「フェルメール作品を取り巻くエピソード」

6「フェルメール関連書籍」


1「フェルメールの出生と本格的絵画との出会い」

「フェルメールセンター内展示」出典元:https://www.vermeerdelft.nl/images/general/vermeer/Afbeelding%20068%20lage%20res.jpg

本名:Jan van der Meer van Delft「ヨハネス(ファン・デルフト)・フェルメール」

(*現在はしばしばヤン・フェルメールJan Vermeer表記されますが,画家の自筆にはこの標記は見られません

出生没年情報:16321031日オランダ・デルフト生まれ・16751216日没享年43

インフォメーション:1632オランダ・デルフトに姉フェールトライトに次ぎ、長男として誕生同年1031同地で洗礼を受けており、この日をフェルメールの誕生日とする記述が殆どです。本業の絹織物職人を勤める傍ら、パブと宿屋を営んでいた父レイニエル・ヤンスゾーン・フォスは(後に姓をフォスからファン・デル・メールに変更)、ヨハネス誕生の前年1631に画家中心のギルドである聖ルカ組合に画商として登録されており、このことがフェルメールが絵画の道に入る大きな要因になったと思われます。ヨハネスの本名のファン・デルフトは「デルフトの」という意味で、彼がアムステルダム在住の同姓同名の人物と間違えられないように付け加えたものと言われていますまた父親の姓フォス(Vos)は英語のFox)を意味するものですが、父がなぜファン・デル・メールに改姓したのか、またヨハネスがなぜそれを短縮して「フェルメール」としたのかは不明です。一家はフェルメール誕生の10年後の1641に現在フェルメールの家として知られるメーヘレンを購入し転居しています

「フェルメール遺品」出典元:https://www.vermeerdelft.nl/images/general/vermeer/IMG_20180312_132825webversie.jpg

1655年父の死後、フェルメールはその業を受け継ぎます。画家としてはカレル・ファブリティウスの影響を受けていますが、2人の間に師弟関係があったかどうかは不明です。フェルメール自身は1653年デルフトの画家組合に登録されており、自身最初の作品を1654年に発表しています。


2「フェルメールの生涯の創作活動」

インフォメーション:父レイニエル・ヤンスゾーン・フォスが亡くなった翌年の1653年、フェルメール(20歳)はカタリーナ・ボルネス(21歳)と結婚。妻の母親マーリア・ティンスは当初この結婚に反対しました。原因は妻の母親の家柄が市長を出すような名門家系で家柄の違いがあったためと思われます。またフェルメール家はプロテスタント、新婦の家はカトリックだったので、この結婚を機にフェルメールはカトリックに改宗したとの説があります。結婚と同年の1653年、フェルメールは聖ルカ組合に親方画家として加入し、自作に署名すること、デルフト市内で絵を自由に売買すること、弟子をとることの3つの権利を得、画家として独り立ちしています。また父親の遺産を継承し、裕福な家系の妻をめとった事で、フェルメールは当時の画家として誰もがなしえない大きなアドヴァンテージを手に入れることになります。当時、純金と同じほど高価だったラピスラズリを原料とするウルトラマリンを惜しげもなく絵に使用できたことでした。

「ラピスラズリ」出典元:https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/dimension=490×10000:format=jpg/path/s293d51de070d4703/image/i69d81a4d7dd93230/version/1379228219/image.jpg

さらに1657からは生涯最大のパトロンであり、デルフトの醸造業者で投資家でもあるピーテル・クラースゾーン・ファン・ライフェンとの出会いにも恵まれます。このパトロンはフェルメールを支え続け、結局フェルメール作品を20点所持することになります。このパトロンによる多大な援助があったからこそフェルメールは仕事をじっくり丁寧にこなすことができ年間23作という寡作でも問題なかったと考えられます。1662年になるとフェルメールは聖ルカ組合の理事に選出されており、そのことからも明らかなように、生前は画家として高い評価を得ており、彼の死後20年以上たった1696の競売でも彼の作品は高値が付けられていました。しかし18世紀に入った途端、フェルメールの名は急速に忘れられていきましたの理由あまりに寡作だったこと、それらがほとんどパトロンの個人コレクションだったため公開されていなかったこと、芸術アカデミーの影響でその画風や主だった主題が軽視されていたことが挙げられます

「第三次英蘭戦争・テセル島の海戦」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2f/BattleOfTexel.jpg/300px-BattleOfTexel.jpg

現実として1670年代になると画家兼美術商である彼にとって冬の時代が始まります。3次英蘭戦争が勃発したことでオランダの国土は荒れ、経済が低迷していったことや彼とは違った画風をとる若手画家の台頭によって彼自身の人気が低迷していったことが原因でした。追い打ちをかけるように最大のパトロンであったファン・ライフェンも亡くなります。さらに戦争によって義母はかつてほど裕福でなくなり、オランダの絵画市場も大打撃を受けて作品は1点も売れなくなり、市民社会の流行の移り変わりの激しさにも見舞われることになります。ほどなく創作活動も生活もままならなくなり、当時11人の子供のうち8人が未成年であったため、大量に抱えた負債をなんとかしようと必死で駆け回りますが、とうとう首が回らなくなり、失意のまま1675にデルフトで死去します。1215に埋葬されたとの記録がありますが、正確な死亡日は分かっていません。彼の死後、妻カタリーナには一家を背負う責任がのしかかりますが、結局破産し過酷な生活を送る羽目となり、義母マーリアはフェルメールの莫大な負債から孫を守ろうとして直接その遺産を手渡したため、娘カタリーナ家族の生活を改善してやることはできませんでした。1680にはマーリアも死去し、彼の死後12年経った168756歳でカタリーナも死去しました。


3「フェルメールの作品一覧と所蔵先一覧」

概要:2018年現在、真贋の係争中作品も含めフェルメール作品は37作品です。

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/af/Vermeer_-_Diana_en_haar_nimfen.jpg/250px-Vermeer_-_Diana_en_haar_nimfen.jpg

①作品名「ディアナとニンフたち」1654年制作・オランダ/マウリッツハイス美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/06/Vermeer_saint_praxedis.jpg/250px-Vermeer_saint_praxedis.jpg

②作品名「聖プラクセディス」1655年制作・・日本/国立西洋美術館寄託*係争中

*バーバラ・ピアセッカ・ジョンソン・コレクションの所蔵品としてモナコで展示されていましたが、2014年にクリスティーズで競売され、新たな所蔵者によって日本の国立西洋美術館に寄託された経緯がありますが、フェルメールの真作であるかどうかについては意見が分かれる作品です

出典元:http://reimeiki.net/vermeer/ve1.jpg

③作品名「マリアとマルタの家のキリスト」1656年制作・英国/スコットランド国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/84/Jan_Vermeer_van_Delft_002.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_002.jpg

④作品名「取り持ち女」1656年制作・ドイツ/ドルスデン国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2f/Vermeer_young_women_sleeping.jpg/250px-Vermeer_young_women_sleeping.jpg

⑤作品名「眠る女」1657年制作・アメリカ/メトロポリタン美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/03/Jan_Vermeer_van_Delft_023.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_023.jpg

⑥作品名「士官と笑う娘」1657年制作・アメリカ/フリックコレクション所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ea/Jan_Vermeer_van_Delft_003.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_003.jpg

⑦作品名「窓辺で手紙を読む女」1657年制作・ドイツ/ドルスデン国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/19/Jan_Vermeer_van_Delft_018.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_018.jpg

⑧作品名「紳士とワインを飲む女」1658年制作・ドイツ/ベルリン国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f9/Jan_Vermeer_van_Delft_025.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_025.jpg

⑨作品名「小路」1658年制作・オランダ/アムステルダム国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/14/Vermeer_Girl_Interrupted_at_Her_Music.jpg/250px-Vermeer_Girl_Interrupted_at_Her_Music.jpg

⑩作品名作品名「中断された音楽の稽古」1659年制作・アメリカ/フリックコレクション所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1f/Jan_Vermeer_van_Delft_006.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_006.jpg

⑪作品名「ワイングラスを持つ娘」1660年制作・ドイツ/ヘルツォーク・アントン・ウルリッヒ美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a8/Vermeer_-_The_Milkmaid.jpg/250px-Vermeer_-_The_Milkmaid.jpg

⑫作品名「牛乳を注ぐ女」1660年制作・オランダ/アムステルダム国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a2/Vermeer-view-of-delft.jpg/250px-Vermeer-view-of-delft.jpg

⑬作品名「デルフトの眺望」1661年制作・オランダ/マウリッツハイス美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/55/Jan_Vermeer_van_Delft_019.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_019.jpg

⑭作品名「水差しを持つ女」1662年制作・アメリカ/メトロポリタン美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fe/Vermeer_-_Woman_with_a_Lute_near_a_window.jpg/250px-Vermeer_-_Woman_with_a_Lute_near_a_window.jpg

⑮作品名「リュートを調弦する女」1663年制作・アメリカ/メトロポリタン美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/db/Vermeer%2C_Johannes_-_Woman_reading_a_letter_-_ca._1662-1663.jpg/250px-Vermeer%2C_Johannes_-_Woman_reading_a_letter_-_ca._1662-1663.jpg

⑯作品名「青衣の女」1663年制作・オランダ/アムステルダム国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/72/Woman-with-a-balance-by-Vermeer.jpg/250px-Woman-with-a-balance-by-Vermeer.jpg

⑰作品名「天秤を持つ女」1664年制作・アメリカ/ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/66/Johannes_Vermeer_%281632-1675%29_-_The_Girl_With_The_Pearl_Earring_%281665%29.jpg/250px-Johannes_Vermeer_%281632-1675%29_-_The_Girl_With_The_Pearl_Earring_%281665%29.jpg

⑱作品名「真珠の首飾の少女」1664年制作・ドイツ/ベルリン国立美術館所蔵

出典元:http://reimeiki.net/vermeer/ve12.jpg

⑲作品名「音楽の稽古」1665年制作・イギリス王室コレクション所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c8/Vermeer_The_concert.JPG/250px-Vermeer_The_concert.JPG

⑳作品名「合奏」1665年制作・アメリカ/イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/43/Vermeer_A_Lady_Writing.jpg/250px-Vermeer_A_Lady_Writing.jpg

㉑作品名「手紙を書く女」1665年制作・アメリカ/ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/09/Jan_Vermeer_van_Delft_008.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_008.jpg

㉒作品名「真珠の耳飾の少女」1665年制作・オランダ/マウリッツハイス美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a3/Vermeer_-_Girl_with_a_Red_Hat.JPG/250px-Vermeer_-_Girl_with_a_Red_Hat.JPG

㉓作品名「赤い帽子の女」1666年制作・アメリカ/ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d9/Vermeer-Portrait_of_a_Young_Woman.jpg/250px-Vermeer-Portrait_of_a_Young_Woman.jpg

㉔作品名「少女」1667年制作・アメリカ/メトロポリタン美術館所蔵所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/61/Vermeer_Lady_Maidservant_Holding_Letter.jpg/250px-Vermeer_Lady_Maidservant_Holding_Letter.jpg

㉕作品名「夫人と召使」1667年制作・アメリカ/フリック・コレクション所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5e/Jan_Vermeer_-_The_Art_of_Painting_-_Google_Art_Project.jpg/250px-Jan_Vermeer_-_The_Art_of_Painting_-_Google_Art_Project.jpg

㉖作品名「絵画芸術」1667年制作・オーストリア/ウィーン美術史美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4b/Jan_Vermeer_-_The_Astronomer.JPG/250px-Jan_Vermeer_-_The_Astronomer.JPG

㉗作品名「天文学者」1668年制作・フランス/ルーブル美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/bd/Jan_Vermeer_van_Delft_009.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_009.jpg

㉘作品名「地理学者」1669年制作・ドイツ/シュテーデル美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/47/Jan_Vermeer_van_Delft_020.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_020.jpg

㉙作品名「フルートを持つ女」1670年制作・アメリカ/ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵*係争中

この作品は保存状態が悪い上に出来映えも他のフェルメール作品に比べて劣ると評価され、フェルメールの真作とは見なさない研究者が多く、所蔵先美術館でも「伝・フェルメール作」と表示しています

 

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/9b/Jan_Vermeer_van_Delft_016.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_016.jpg

㉚作品名「レースを編む女」1670年制作・フランス/ルーブル美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4b/Vermeer%2C_Johannes_-_The_Loveletter.jpg/250px-Vermeer%2C_Johannes_-_The_Loveletter.jpg

㉛作品名「恋文」1670年制作・オランダ/アムステルダム国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/2b/DublinVermeer.jpg/250px-DublinVermeer.jpg

㉜作品名「手紙を書く婦人と召使」1670年制作・アイルランド/アイルランド国立美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/70/Jan_Vermeer_van_Delft_013.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_013.jpg

㉝作品名「ギターを弾く女」1670年制作・英国/ロンドン・ケンウッド・ハウス所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b8/Vermeer_virginal.jpg/250px-Vermeer_virginal.jpg

㉞作品名「ヴァージナルの前に座る若い女」1670年制作・個人所蔵*係争中

ベイト・コレクション旧蔵。1960年にベイト家からブリュッセルの個人に譲渡。2004サザビーズに出品。

 

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5c/Vermeer_The_Allegory_of_the_Faith.jpg/250px-Vermeer_The_Allegory_of_the_Faith.jpg

㉟作品名「信仰の寓意」1672年制作・アメリカ/メトロポリタン美術館所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/3d/Jan_Vermeer_van_Delft_-_Lady_Standing_at_a_Virginal_-_National_Gallery%2C_London.jpg/250px-Jan_Vermeer_van_Delft_-_Lady_Standing_at_a_Virginal_-_National_Gallery%2C_London.jpg

㊱作品名「 ヴァージナルの前に立つ女 」1672年制作・英国/ナショナル・ギャラリー・ロンドン所蔵

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/67/Johannes_Vermeer_-_Zittende_Klavecimbelspeelster_%281673-1675%29.jpg/250px-Johannes_Vermeer_-_Zittende_Klavecimbelspeelster_%281673-1675%29.jpg

㊲作品名「 ヴァージナルの前に座る女 」1672年制作・英国/ナショナル・ギャラリー・ロンドン所蔵

≪次ページパート2≫もご覧ください