日本の前衛画家vol.3/現代に活躍する女流前衛画家たち・2019年5月更新

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日本の前衛画家vol.3/現代に活躍する女流前衛画家たち

「田中敦子」「黒田アキ」「伊庭靖子」「近藤亜樹」「鴻池朋子」「辰野登恵子」「安藤正子」「橋爪彩」「樫木知子」「坂本夏子」「熊沢未来子」「松井えり菜」。

「田中敦子」

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出典元:http://www.natsume-books.com/natsumeblog/wp-content/uploads/2014/08/o0326036011929719095.jpg

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「電気服・1986年再制作」出典元:http://www.natsume-books.com/natsumeblog/wp-content/uploads/2014/08/tanaka_atsuko_03.jpg

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「電気服素描・1956年」出典元:https://www.fashion-press.net/img/news/3133/tanaka_atsuk_04.jpg

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Work 66SA」出典元:http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/009/028/58/N000/000/028/139403436806915539227_DSC04290.JPG

プロフィール:

田中は1932(昭和7)年210日に大阪市に生まれ、503月樟蔭高等学校卒業、美術大学受験準備のため大阪市立美術館付設美術研究所に入所。翌年、京都市立美術大学に入学するが、秋には退学し再び上記の研究所に通うこととなり、後に夫となる金山明を知り助言をうけるようになった。金山、白髪一雄、村上三郎等によって52年に結成された0会展に54年に参加出品。55年に金山、白髪、村上とともに吉原治良の「具体」に参加、同年10月第1回具体美術展(東京、小原会館)に出品。5610月第2回具体美術展(同上)に「電気服」及び「電気服」のための素描を出品。574月、第3回具体美術展(京都市美術館)に「電気服」等を出品した。およそ200個ほどの様々な色に着色された電球、管球が点滅する服と電気コードにおおわれた「電気服」によって、さまざまなパフォーマンスをくりひろげて具体美術の作家のなかでも一躍注目された。その後も、舞台においてさまざまな色の衣裳に変化する「舞台服」、さらに「電気服」からの展開としてエナメル塗料による平面作品を制作するようになった。その間、来日したフランスの美術批評家ミシェル・タピエ、サム・フランシス等との交流から、平面作品に制作の中心が移行していった。画面には、大小さまざまな円形が色鮮やかに描かれ、電気コードをおもわせる線が縦横に絡みあう絵画を描くようになった。しかし、それも「絵画」というにはいささか異なる表現であり、平面上での絵具を用いた持続的で同時に変化を求めた実験ともいえるものであった。80年代に入ると、国内外での旺盛な個展活動とともに819月開催の「現代美術の動向1 1950年代-その暗黒と光芒」(東京都美術館)、835月開催の「19201970 日本のダダ/日本の前衛」(東京大学教養学部美術博物館)、8612月開催の「JAPON DES AVANT GARDES 19101970」(パリ、ポンピドーセンター)など、日本の現代美術を回顧する展覧会には、必ずといってよいほど欠かせない作家として出品された。この傾向は90年代にも引きつがれ、現代美術及びその活動の基点となった「具体美術協会」の意味の検証が繰り返されるなか、その芸術の評価がつねに論議されてきた。

関連サイト:http://www.natsume-books.com/natsumeblog/?m=201408

関連サイト:https://www.fashion-press.net/news/3133

出身地:大阪府・大阪市

生年月日:1932(昭和7)年210日生まれ。2005123日奈良にて没。享年73歳。

代表作:

金のWork A 1962年千葉市美術館所蔵

作品6 1955年東京都現代美術館所蔵

地獄門196569年国立国際美術館所蔵

電気服素描1956年金沢21世紀美術館所蔵


「平沢淑子」

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出典元:http://jp.mon-paris.info/contents/branche/images/int_401_02.jpg

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「Rayon vert」出典元:http://jp.mon-paris.info/contents/branche/images/int_401_06.jpg

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「緑の光線」出典元:http://www.france-i.com/artistes/yoshiko.hirasawa/images/hologram_s.jpg

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「砂時計の中の蝶」出典元:http://www.france-i.com/artistes/yoshiko.hirasawa/images/lePapillonDansLeSablier.jpg

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「妖精の距離」出典元:http://www.france-i.com/artistes/yoshiko.hirasawa/images/distanceDeFeeI.jpg

プロフィール:

平沢淑子は慶應義塾大学分学部独文科卒業 NHKの高名なアナウンサーであった1973年、日本をきっぱりと去った。 勇気を持って絵画の世界にのめりこみ、研鑽を積み、誠に真摯な情熱を育んだのは20世紀の多くの芸術家と同じくパリであった。パリ・エコール・ド・ボーザール、ベンスの工房、ニューヨーク・アートスチューデントリーグで芸術を学び、平沢淑子のアートはスピリチュアルなフォルムを開拓していく。初期にシュルレアリスム、特にマルセル・ドュシャンとの出会いは、彼女の美の追求に決定的なインパクトを与えた。油彩の技術を深く習得し、水と光を反映させた無の追求は、形而上学的性格とスタイルを持つ。彼女は15世紀の日本の剣道の創始者、愛洲移香の末裔であるが、剣の一振りのような鮮やかな筆さばきは、そこに起因があるようでもある。1977年以降、国際的に各国で多くの大きな展示会を開いているがフランス政府も1978年に彼女の作品を買い取り、その作品、<ラ・マラーヌ>は現在パリ市近代美術館に所蔵されている。

公式サイト:http://www.france-i.com/artistes/yoshiko.hirasawa/

関連サイト:http://jp.mon-paris.info/contents/branche/interv401a.html

出身地:中国・旧満州

生年・没年月日:1939年生まれ・

代表作:

シリーズ「緑の光線」(1988-)

シリーズ「ウォーターピラミッド」(1985-)

シリ-ズ”ラ・マレーヌ”油彩、リトグラフィー

シリ-ズ”妖精の距離”油彩


「伊庭靖子」

出典元:http://www.aburae.art.hiroshima-cu.ac.jp/html/special/images/069l.jpg

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untitled1997年」出典元:http://www2u.biglobe.ne.jp/~iba/yibahp/resources/97-1.jpg

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untitled1997年」出典元:http://www2u.biglobe.ne.jp/~iba/yibahp/resources/97-4.jpg

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untitled2003年」出典元:http://www2u.biglobe.ne.jp/~iba/yibahp/resources/03_4.jpg

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untitled2001年」出典元:http://www2u.biglobe.ne.jp/~iba/yibahp/resources/01_1.jpg

プロフィール:

伊庭 靖子は日本の美術家。1990嵯峨美術短期大学版画科専攻科修了2001文化庁在外研修員としてニューヨークに一年間派遣などを経て成安造形大学准教授についている。伊庭の父も画家で、兄も東京藝術大学の助手だったという家庭環境に育った。伊庭は油彩で絵を描いているが、いわゆる油絵科卒業の人ではこういうストレートな描き方はできない。伊庭は版画を経由することで、油彩絵画の魅力を見出し、またその魅力を直截に引き出しているのかもしれない。伊庭の絵画は、版画と写真を基につくり上げられている。版画をやっていたこと、写真を一回通すことの意味について、伊庭は図録のなかで「写真に起こすと、そこで見ているものだけを取捨選択していく、そうなってきたときに本当に見たいものが見えてくる。そういう意味で何かを介在させて自分の考えをまとめていくのは、私に合っているように思います」と述べている。さらに「映像をモチーフに制作するということは、絵画という自らの手で描く方法で、映像の光、色彩、形などを解きほぐし、映像によって絵の具の考察を深めていく」と、モチーフの構築には写真が有効であり、画材の研究にもなることを自覚している。伊庭は近代の絵画の問題に尊敬や畏敬の念を持ちながらも、それだけではない何かを感覚的に探り、かつ意思力を持った人であり、時代の流れに関係しない作家だ。初期はケーキ等をスーパーリアリズムの手法で描き、最近では主に器、寝具をモチーフを得意とする。

関連サイト:http://www2u.biglobe.ne.jp/~iba/yibahp/
参考サイト:http://www.aburae.art.hiroshima-cu.ac.jp/html/special/2017.html

出身地:京都市

生年・没年月日:1967年生まれ。

代表作:

2001年新世紀をひらく美展(髙島屋東京、大阪、京都、横浜店)

2001年前田寛治大賞展(髙島屋東京店、倉吉博物館)

2003INAXギャラリー個展

2009「伊庭靖子展 – まばゆさの在処(ありか)」(神奈川県立近代美術館鎌倉別館)

2009年「DOMANI・明日展」国立新美術館(東京)

2009年イムラアートギャラリー(京都)


「近藤亜樹」

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出典元:http://www.artawardtokyo.jp/2012/ja/artists/kondo_aki/portrait.jpg

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出典元:http://66.media.tumblr.com/4b0d6ea2f6c5326a422370a8a6aaa43b/tumblr_mn4843MPB81sq63a5o5_250.jpg

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出典元:http://www.artawardtokyo.jp/2012/ja/artists/kondo_aki/works.jpg

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出典元:http://www.tuad.ac.jp/wp-content/uploads/post/2015/02/hikari.jpg

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出典元:http://www.tuad.ac.jp/wp-content/uploads/post/2016/04/kondo.jpg

プロフィール:

1987年北海道生まれ、東京在住。アーティスト。2012年東北芸術工科大学院研究科修了。同年デビュー後、国内外の展覧会を始め形式にとらわれない作品発表やパフォーマンスを行う。油絵アニメと実写による短編映画「HIKARI」の制作・監督や、全面リニュアルしたパークホテル東京の壁や天井に描いた「おたふくルーム」の制作、「NF3」ではサカナクション山口一郎のDJとともにライブイベントを行うなど、幅広く活動して注目を集めている。

FACEBOOKhttps://www.facebook.com/events/144786722369755/

TWITTERhttps://twitter.com/theecologyofaki

関連サイト:http://www.tuad.ac.jp/2016/04/57380/

関連サイト:http://www.artawardtokyo.jp/2012/ja/artists/kondo_aki/

出身地:北海道

生年・没年月日:1987年生まれ。

代表作:

HIKARI

「おたふくルーム」

NF#3」ライブ


「鴻池朋子」

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出典元:http://www.konohoshi.jp/interview/TomokoKonoike/images/konoike_profile_l.jpg

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2009年シラー谷の者 野の者」出典元:http://tomoko-konoike.com/detail/fusuma_paintings/img/1.jpg

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2010年惑星」出典元:http://tomoko-konoike.com/detail/planet_sculpture/img/1.jpg

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2009年赤の部屋」出典元:http://tomoko-konoike.com/detail/narrative_paintings/img/1.jpg

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2007年無題」出典元:http://tomoko-konoike.com/detail/illustrations/world_of_wonder/img/11.jpg

プロフィール:

1960年秋田県秋田市で生まれ育つ。1985年東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。玩具と雑貨の企画デザインの仕事に携わり、1998年より社会の境界に生息する森羅万象の物語を、絵画、彫刻、陶物、映像、絵本などの様々なメディアを駆使した壮大なトータルインスタレーションで表現し、国内外で高い評価を得ている。2012年に東山魁夷記念 日経日本画大賞受賞。2015年個展「根源的暴力」では現在のアートの美術体系を超えた視点から“なぜひとはものをつくるのか”を芸術の始まりに立ち戻って改めて問い直した。2016年人間学、おとぎ話、考古学、人類学、民俗学と対話しアートの根本的な問いに挑む『どうぶつのことば〜根源的暴力をこえて』(羽鳥書店)を上梓。

公式サイト:http://tomoko-konoike.com/

参考サイト:http://www.konohoshi.jp/interview/TomokoKonoike/profile.html

出身地:秋田県・秋田市

生年・没年月日:1960年生まれ

代表作:(最近の展覧会)

2010 「物語の絵画」新潟県立万代島美術館

2011 「獣の皮を被り 草の編み物」個展 ギャラリーヒュンダイ/ソウル

2012 「東北を開く神話 ―第1章 鴻池朋子と40組の作家たちが謎の呪文で秋田の古層を発掘する」秋田県立美術館

2013 Earthshine」個展 ウェンディ・ノリス ギャラリー/サンフランシスコ

2014 「リマッピング日比谷プロジェクト〜都心と森の境界に現れるアート」日比谷図書館

2015 「根源的暴力」個展 神奈川県民ホールギャラリー

2016 個展「根源的暴力 皮と針と糸と」新潟県立万代島美術館


「辰野登恵子」

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出典元:http://www.museum-kiyosu.jp/triennale/images/TatsunoToeko.jpg

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「WORK 89-P-13 1989年」出典元:http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2015/0707_2/0707_2_1.jpg

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「WORK 86-P-14 1986年」出典元:http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2015/0707_2/0707_2_3.jpg

プロフィール:

長野県岡谷市に生まれる。1968長野県諏訪二葉高等学校を卒業。同年東京芸術大学美術学部美術学部に入学。大学時代に柴田敏雄(写真家)や鎌谷伸一(版画家)とともにグループ「コスモス・ファクトリー」を結成。名前は、彼らが好きだったクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのアルバム『Cosmo’s Factory』(1970年)からとられた。アンディ・ウォーホルロバート・ラウシェンバーグの影響を受けた写真製版によるシルクスクリーンをいち早く試みる。1970村松画廊で初めての展覧会を開催。1972同大学美術学部絵画科油画専攻を卒業。1974、同大学大学院修士課程を修了。1974から1975まで、同大学美術学部版画科の助手を務めた1996年第46回芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。2003多摩美術大学客員教授となる。2004同大学教授とな201311、第54毎日芸術賞を受賞。2014929日転移性肝癌のため死去。64歳没。

関連サイト:http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2015/0707_2/0707_2.html

関連サイト:http://www.museum-kiyosu.jp/triennale/8th-about.html

出身地:長野県・岡谷市

生年・没年月日:1950113生まれ・2014929没。

代表作:(主な展覧会)

  • 1973個展 (於・村松画廊)
  • 197911回東京国際版画ビエンナーレ展 (於・東京国立近代美術館
  • 1981日本現代美術展〈70年代美術の動向〉 (於・韓国文化芸術振興院、ソウル)
  • 1987個展 (於・ファビアン・カールソン・ギャラリー、ロンドン)
  • 1987個展 (於・アート・ナウ・ギャラリー、スウェーデン)
  • 1989ユーロパリア1989ジャパン (ゲント現代美術館、ベルギー)
  • 1992– 70年代日本の前衛 (於・ボローニャ市立美術館、世田谷美術館
  • 1995「辰野登恵子 1986-1995」展 (於・東京国立近代美術館)
  • 2007インチョン国際女性美術家ビエンナーレ (於・仁川文化アートセンター、韓国)
  • 2012与えられた形象―辰野登恵子/柴田敏雄(於・国立新美術館
  • 2013プレイバック・アーティスト・トーク展 (於・東京国立近代美術館)
  • 2014オオハラ・コンテンポラリー・アット・ムサビ (於・武蔵野美術大学美術館)
  • 2015辰野登恵子 版画1972-1995 (於・ギャラリー・アートアンリミテッド)

 

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