日本の宝・日本の建築家列伝/2018年10月更新

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日本の宝・日本の建築家列伝

建築界の重鎮をご紹介します「日本の建築家列伝」です。「丹下健三」「安藤忠雄」「隈研吾」「黒川紀章」「槇文彦」「伊東豊雄」「原広司」「磯崎新」「藤本壮介」「坂茂」「谷口吉生」「青木淳」。(この記事は「マイルストーン・ジャパン」の許諾を得て転載公開させていただいております。)

「丹下健三」

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出典元:https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/dimension=197×10000:format=jpg/path/scc11ae64de53950b/image/i19edad5c02f9c1c3/version/1377220230/image.jpg

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「カテドラル関口教会聖マリア大聖堂」出典元:http://architecture-tour.com/world/japan/st-marys-cathedral/image9.jpg

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「国際連合大学」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/32/United-Nations-University-03.jpg

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「グランドプリンスホテル赤坂」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Grand_Prince_Hotel_Akasaka.jpg

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「国立代々木競技場第二体育館」出典元:http://www.obayashi.co.jp/uploaded_attachment/page/main_image/larger/f/2/df1beb1d-403e-414a-816e-1185a5afccd9.jpg

公式サイト:http://www.tangeweb.com/

参考サイト:http://kenzotange100-kenchikunomirai.jimdo.com/

参考サイト:http://architecture-tour.com/world/japan/st-marys-cathedral/

参考サイト:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:United-Nations-University-03.jpg

参考サイト:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Grand_Prince_Hotel_Akasaka.jpg

参考サイト:http://www.obayashi.co.jp/works/keyword/workkeywords_tag6/work_H723

生年月日・出身地:191394大阪市生まれ・2005322没。

出身校:東京帝国大学大学院修了

プロフィール:

建築家。大阪生まれ。幼少時は上海租界で過ごし、1921年(大正10)から愛媛県今治で暮らす。高校時代に哲学書や芸術書を読むうちにル・コルビュジエに傾倒し、建築家を志して東京帝国大学工学部建築学科に入学。一時は映画監督を目ざし日本大学の芸術学部映画学科に在籍したこともある。学生時代マルクス主義に興味をいだくが、やがて離脱しル・コルビュジエやグロピウスらのモダニズムから影響を受ける。1938年(昭和13)大学卒業後はル・コルビュジエの教え子である前川国男の事務所に入り、1941年まで修業をした。その翌年に発表された論文「MICHELANGELO頌」ではミケランジェロとル・コルビュジエを歴史の転換点において偉大なる創造力を発揮した建築家と位置づけ、自らがその後に続くという決意表明を行う。60年以上に及ぶ活動を通し、急成長する戦後日本という国家を背負い、各地にランドマークとなる印象的な建築を手がけた。また国際的に活躍する日本人建築家の先鞭をつけた。
1940
年代の第二次世界大戦戦時下においてコンペに連勝し、建築家としてデビューする。いずれも1等を獲得した大東亜建設記念造営計画(1942)と在バンコク日本文化会館(1943)は日本の伝統建築のモチーフをとり入れたモニュメンタルな造形であった。敗戦直後は東京、前橋、呉、稚内などの復興都市計画を行う。1946年に東京帝国大学助教授、1963年東京大学教授となり、1974年の停年退職まで東京大学にて教鞭をとる。丹下の研究室からは、大谷幸夫(1924―2013)、浅田孝(1921―1990)、槇文彦、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生らの優秀な建築家が輩出した。1949年広島市主催の広島平和記念公園および記念館のコンペで1等に入賞。近代性・記念碑性・伝統性を巧みに融合した建築である。さらに都市的な仕掛けとして原爆ドームに到達する強力な中心軸を設定し焼け野原となった爆心地に明快な秩序を与えた。
1950
年代は数々の傑作を発表し、日本の近代建築を世界的なレベルに引き上げた。香川県庁舎(1958)は伊勢神宮や桂離宮などを強く意識し、木造の柱梁に現代的な再解釈を追求した作品である。しかし1950年代なかばの伝統論争においては、丹下の繊細な「弥生的なるもの」に対抗して提出された白井晟一の重厚な「縄文的なるもの」の概念に影響を受け、作風は変化した。1950年代後半は、旧草月会館(1958)や電通大阪支社(1960)など、厚い壁のデザインを行う。
1961
年丹下健三・都市・建築設計研究所を開設し、1960年代は都市計画的な仕事を手がけるようになる。同年発表した「東京計画1960」は、高度経済成長期の社会に問いかけた壮大なビジョンであり、放射状に広がる西欧型の都市を否定し、東京湾へ帯状に成長する都市を提案した。この計画には若き日の磯崎や黒川も参加している。後に線状に延びる都市の構想を日本列島のスケールでも提案した。緻密なこの計画は、1960年代における未来的な都市計画ブームに火をつけた。吊り構造に挑戦した東京オリンピックの国立屋内総合競技場(東京代々木体育館、1964)や、HP(双曲面)シェル構造の東京カテドラル聖マリア大聖堂(1964)など、シンボリックかつ彫刻的な作品がある。
1970
年、未来型の都市実験の総決算として大阪で開かれた日本万国博覧会の会場計画を担当した。しかしその後は次世代の建築家が台頭し、日本では目だった仕事がなくなる。かわりにマケドニアのスコピエ都心再建計画(1966)やイタリアのボローニャ市北部開発計画(1984)をきっかけに、サウジアラビア、イラク、ネパール、シンガポールなど、中近東やアジアの大規模なプロジェクトに活動の舞台を移した。
1986
年、記念碑性と装飾性をもつポスト・モダンによる新東京都庁舎のコンペに勝って日本の建築界に復帰した(1991完成)。そして1990年代以降も東京お台場のフジテレビ本社ビル(1996)など、精力的に作品を発表した。広島平和記念館の競技設計から約50年を経過した2002年(平成14)、原爆死没者追悼平和祈念館が開館した。公園の軸線や緑を邪魔しないよう、施設を地中に埋め、慰霊の空間を表現した。

丹下都市建築設計事務所所在地:106-0047東京都港区南麻布1-6-18

問合せ:03-3452-8818

代表作・受賞歴等:

・イギリス王立建築家協会ロイヤル・ゴールドメダル(1965

BCS(建築業協会)賞(1966

・アメリカ建築家協会ゴールドメダル(1966

・フランス文化選奨・ゴールドメダル(1967

・文化勲章(1980

・フランス芸術文化勲章コマンドール(1984

・イタリア共和国有功勲章グラン・オフィシエル(1984

・日本建築学会大賞(1986

・プリツカー賞(1987

・高松宮殿下記念世界文化賞・建築部門(1993


「安藤忠雄」

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出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/68/Tadao_Ando_2004.jpg/220px-Tadao_Ando_2004.jpg

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「住吉の長屋」出典元:http://www.hetgallery.com/sumiyoshi240ta.jpg

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「光の教会」出典元:http://www.hetgallery.com/church240g.jpg

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「大阪府立佐山池博物館」出典元:http://www.hetgallery.com/sayama-b27.jpg

公式サイト:http://www.tadao-ando.com/

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%97%A4%E5%BF%A0%E9%9B%84

参考サイト:http://www.hetgallery.com/ando.html

生年月日・出身地:1941年大阪市港区生まれ

出身校:府立城東工業学校機械科卒

プロフィール:(HPより)

1941年大阪生まれ。建築家。世界各国を旅した後、独学で建築を学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。環境との関わりの中で新しい建築のあり方を提案し続けている。代表作に「光の教会」「大阪府立近つ飛鳥博物館」「淡路夢舞台」「FABRICA(ベネトンアートスクール)」「フォートワース現代美術館」「東急東横線渋谷駅」「プンタ・デラ・ドガーナ」など。1979年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞、93年日本芸術院賞、95年プリツカー賞、03年文化功労者、05年国際建築家連合(UIA) ゴールドメダル、10年ジョン・F・ケネディーセンター芸術金賞、後藤新平賞、文化勲章、12年リチャード・ノイトラ賞など受賞。1991年ニューヨーク近代美術館 (MoMA)93年にパリ ポンピドーセンターにて個展開催。イェール大学、コロンビア大学、ハーバード大学の客員教授を務め、1997年に東京大学教授、03年から名誉教授に。
著書に「建築を語る」「連戦連敗」「建築手法」「建築家 安藤忠雄」「仕事をつくる」など。阪神・淡路震災復興支援10年委員会の実行委員長として被災地の復興に尽力する。2000年に瀬戸内海の破壊された自然を回復させるため、中坊公平氏と共に「瀬戸内オリーブ基金」を設立。2004年より「美しいまち・大阪」の実現に向けて、大川・中之島一帯を中心に桜を植樹する「桜の会・平成の通り抜け」の活動に呼びかけ人として参加。2016年東京オリンピック招致のためのグランドデザインの監督を務める。また、2007年からは東京湾のゴミの埋立地を森にする「海の森募金」の事業委員長を務め、国内のみならず海外でも活動を伝える。2011年、東日本大震災復興構想会議 議長代理。この東日本大震災で親を亡くした子どもたちの学びを支援する為、「桃・柿育英会」と称した遺児育英資金を設立。被災地の子供たちに、10年間にわたって支援を続ける。

安藤忠雄建築研究所所在地:大阪府大阪市北区豊崎2丁目523

問合せ:06-6375-1148

代表作・受賞歴等:以下参照

「光の教会」

「大阪府立近つ飛鳥博物館」

「淡路夢舞台」

FABRICA(ベネトンアートスクール)」

「フォートワース現代美術館」

「東急東横線渋谷駅」

「プンタ・デラ・ドガーナ」


「隈研吾」

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出典元:http://cdn2.world-architects.com/files/profiles/776/team/150:w/kengo-kuma.jpg

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「根津美術館」出典元:http://cdn2.world-architects.com/files/profiles/776/header/600:w/nezu-10.jpg

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「那珂川町馬頭広重美術館」出典元:http://cdn2.world-architects.com/files/profiles/776/header/600:w/hiroshige-10.jpg

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「浅草文化観光センター」出典元:https://dot.asahi.com/S2000/upload/2016021200197_1.jpg

公式サイト:http://kkaa.co.jp/

参考サイト:http://www.japan-architects.com/ja/kengokuma/source:index_updated_new

参考サイト:https://dot.asahi.com/wa/2016021200197.html

生年月日・出身地:1954(昭和29年)88 横浜市生まれ

出身校: 東京大学大学院建築意匠専攻修士課程修了

プロフィール:

横浜市大倉山出身。父親が45歳の時の息子で、医院を営んでいた祖父が建てた大倉山駅近くの古い家で育つ。家の修繕をする父親に付き合ううち、建築に興味を持つ。田園調布小学校に通っているときに、1964東京オリンピックのオリンピック建築を見て、建築家を志す。栄光学園高校では長身 (189cm) を生かしてバスケット部でセンターを守っていた。東京大学工学部建築学科卒業。東京大学大学院建築意匠専攻修士課程修了(1979年)。在学中は、芦原義信槇文彦内田祥哉原広司らに師事。同級生には小林克弘首都大学東京教授)や大江匡(建築家)、村田誉之大成建設)がいた。日本設計戸田建設コロンビア大学建築・都市計画学科客員研究員(19851986)を経て、1990に隈研吾建築都市設計事務所を設立する。法政大学工学部建設工学科非常勤講師、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授(19984月から19993月)、早稲田バウハウス・スクール講師(1999年から2002、春・夏)、慶應義塾大学理工学部客員教授20024月から20073月)慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授(200720093月)、アメリカイリノイ大学建築学科客員教授(20072008)を経て、20094月より東京大学工学部建築学科教授。20073月に博士論文「建築設計・生産の実践に基づく20世紀建築デザインと大衆社会の関係性についての考察」を慶應義塾大学に提出し博士(学術)の学位を取得。2008年フランス・パリにKuma & Associates Europe設立。初期はM2(自動車のショールーム)などポストモダニズムに一部脱構築主義要素を加えた建物を発表していたが、高知県高岡郡檮原町の「ゆすはら座」存続への関わりをきっかけとして、木材などの自然素材を生かした建築や、縦格子を多用したデザインが特徴的な作品を多く手がけるようになる。近年は活躍の場を海外にも広げ、国際コンペでの受賞も着実に増やしており、世界的に注目される日本人建築家の一人として認識されつつある。また設計の他、室内演出や家具食器などのデザインホテルマンションの監修も手がける。愛知万博では会場・パビリオンの設計に携わっていた(会場計画プロジェクトチーム)が、自然保護団体の反対で度々計画が縮小したため辞任した。中国北京郊外のGreat (Bamboo) Wall北京オリンピックCMにも使われた。韓国では知韓派の建築家として活動している

隈研吾建築都市設計事務所所在地:107-0062東京都港区南青山2-24-8

問合せ:03 3401 7721

代表作・受賞歴等:以下参照

20126ASIAGRAPHアワード 匠賞/情報文化学会賞 大賞
2011
芸術選奨文部科学大臣賞(美術部門「梼原 木橋ミュージアム」
2010
毎日芸術賞 「根津美術館」
2009
芸術文化勲章オフィシエ (フランス)
2008
エネルギー・パフォーマンス - アーキテクチャー・アワード (フランス)
2002
スピリット・オブ・ネイチャー 国際木の建築賞 (フィンランド)
2001
村野藤吾賞 「那珂川町馬頭広重美術館」


「黒川紀章」

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出典元:http://www.kisho.co.jp/pageimg/00028_01s.jpg

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「アスタナ新国際空港」出典元:http://www.kisho.co.jp/pageimg/00340_03s.jpg

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「スパッツィオ・ブレア銀座」出典元:http://www.kisho.co.jp/pageimg/00324_03s.jpg

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「サンクトペテルブルク・フォットボールスタジアム」出典元:http://www.kisho.co.jp/pageimg/00636_01s.jpg

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「マーキーズセンター」出典元:http://www.kisho.co.jp/pageimg/00634_01s.jpg

公式サイト:http://www.kisho.co.jp/page/11.html

生年月日・出身地:193448日名古屋市生まれ・20071012

出身校:東京大学大学院博士課程所定単位修得

プロフィール:(HPより)

1934年名古屋市生まれ。京都大学建築学科(1957年)を経て東京大学大学院博士課程所定単位修得(1964年)。1960年弱冠26才で建築の理論運動メタボリズムを結成、衝撃的に世界にデビュー。その後、機械の時代から生命の時代への変革を一貫して主張してきた。共生、新陳代謝(メタボリズム)、情報、循環(リサイクル)、中間領域、フラクタル(非線形)、生態系(エコロジー)等、45年間提言してきたコンセプトはいずれも「生命の原理」という点で共通している。その活動は世界20ヶ国におよび、世界各地で完成した作品は高い評価を得ている。この業績にたいして建築界のノーベル賞ともいわれているフランス建築アカデミーのゴールドメダルを受賞している。又、日本では日本建築学会賞他多くの賞を受賞しているが、1992年には奈良市写真美術館の設計で日本芸術院賞を受賞した。2002年にはスペインに本拠地を置くメトロポリス協会より国際都市賞(The International CITIES Award for Excellence)を受賞した。2004年デダロミノッセ大賞(イタリア)、2005年英国よりWalpole(初代英国首相の名前)賞、中国商都友誼賞、2006年世界建築賞(The Chicago Athenaeum Museum International Architecture Award 2006)を受賞した。

黒川紀章建築都市設計事務所住所102-0073東京都千代田区九段北1丁目14番地6

問合せ:03-3238-8301

代表作・受賞歴等:以下参照

国立民族学博物館国立文楽劇場

名古屋市美術館

広島現代美術館

沖縄県庁舎

奈良市写真美術館

和歌山県立近代美術館・博物館

愛媛県総合科学博物館

大阪府立国際会議場

大分スタジアム

豊田市スタジアム

ベルリン日独センター(ドイツ、ベルリン)

日中青年交流センター(中国、北京)

メルボルン・セントラル(オーストラリア、メルボルン)

パシフィック・タワー(フランス、パリ)

リパブリック・プラザ(シンガポール)

クアラルンプール新国際空港(マレーシア)

ヴァン・ゴッホ美術館新館(アムステルダム)

カザフスタン新首都アスタナ計画(カザフスタン)

国立新美術館(東京)

フュージョンポリス情報・通信技術複合施設計画(シンガポール)

重慶国際金融センター(中国)

昆明新空港都市(中国)

マギーズセンター(イギリス)

フランクロイド財団茶室と日本庭園(アメリカ)

≪次ページ・パート2.もご覧ください≫

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