ノスタルジック・エピソード2019「甦る熱い一撃、熱い言葉」

adds by google

ads by google
Pocket

ノスタルジック・エピソード2019「甦る熱い一撃、熱い言葉」

人は、ある瞬間、鮮烈な記憶が甦るときがあります。例えば悲惨な事故や犯罪のニュースに接した時がそうです。また音楽もいろいろなことを想起させてくれます。そんな中で、とても惹かれるのがなぜかTVのバラエティー番組です。最近のバラエティーの傾向は「仕事」を題材とするコンテンツが数多く制作されているようですが、特に気になるのが「過疎の状況とそこでの仕事の実情」を綴る内容です。

出典元:http://www.minkyo.or.jp/01/images/page_main_chikara.jpg
参考サイト:http://www.minkyo.or.jp/01/nipponnochikara/

・町おこし・村おこしで地元の自然資産を活かそうと努力する人がいます。

(*テレビ朝日/日本のチカラ)

出典元:https://cdn.shopify.com/s/files/1/0474/1481/files/DSC_1188_23ba3e52-d355-4aa5-8361-f6a8281d9ba3_large.jpg?2222
参考サイト:https://salon-and-associates.com/blogs/blog/18272207-salon-people_-01

・日本の美術館に魅了された外国人が全国に点在する美術館を広報しています。

(*BS11/フランス人がときめいた日本の美術館)

出典元:https://motokurashi.com/wp-content/uploads/2017/06/towada-queen-22-33.jpg
参考サイト:http://motokurashi.com/aomori-towada-alex-and-michael/20170906

・すたれ行く地方都市の隠れた魅力を再発見してそこで起業する外国人もいます。

(*テレ東/YOUは何しに日本へ)

出典元:https://prtimes.jp/i/23740/176/resize/d23740-176-374618-1.jpg
参考サイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000176.000023740.html

・理解できなかった存在の父親が海外の開発事業で奮闘する姿を見て感謝するCMがあります。

(*出光興産企業広告「父の仕事」CM

出典元:https://pbs.twimg.com/media/D5FsjcUU8AMDiNJ.jpg

・優しかった父親が僻地医療のため家を離れ、その仕事ぶりを見た家族全員は感動します。

(*テレビ朝日/あいつ今何してる?特別編)

過疎やローカルを題材にしたこんな番組やCMを見ていて、実は私の記憶をふとかすめる一人の人がいます。その人との出会いは、とても昔の話ですが、思い出すたびに「ちょっぴり尊敬する人」として私の記憶の中から甦ります。その人は私が中学二年生の時の家庭教師として、我が家に出入りし始めました。当時、私は地元の公立進学高校入学のための受験対策として、中学三年間、家庭教師を付けられましたが、その人は二年生の一年間を担当した人でした。地元国立大学の学芸学部(今でいう教育学部)の四年生で大学の寮にいた苦学生でした。最初に来訪されたとき、「姉と二人きりの家族でアルバイトをして大学生活を送っています」と自己紹介されました。精悍な容貌でしたが、背丈は低く、中二の私とほぼ同じ体躯でした。

出典元:https://www.bisoukuukan.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/06/116-1.jpg

勉強の内容は取り立てて個性的なものでもなく、正直、来られる時間がもったいない、という気持ちで過ごした記憶があります。でもその思いは両親には言えませんでした。家庭教師の約2時間半のうち大切な時間がありました。それは学習時間半ば以降の小一時間で、その人の大切な食事の時間でした。私の「寮生活で自炊もままならない学生みたいだ」という話を聞き、私の母親は必ず食事を振る舞い、お土産を持たせるようになっていました。そんな折、中二の多感な時期でもあったことが原因か、勉強に身が入らなくなり、必ず学年上位にいた成績が後退することがありました。そんな状況の時のある日、食事をするその人に

「もう辞めたいんですが・・・」

「成績もパッとしないし・・・・」

「自分でやります・・・・・・・・」と勝手に切り出してしまいした。

空気が一瞬、張り詰めた感があって、おもむろに食事の手を止め、その人は突然、思い切り私を殴りました。今どきの感覚ならこれはもう刑事事件です。しかし、ここからがその人の凄い振る舞いでした。

「ご両親を呼んできてほしい」

「僕は家庭教師をしている生徒を殴ってしまいました」

「その理由を説明する必要があるし謝罪もしたい」

「生徒から辞めたい意向を告げられたが、ご両親の考えも確認もしたい」云々。

さすがに、そうですかという訳にもいかず、そこから私とその人の話し合いが始まりました。そこで、その人は初めて自分の人となりを私に語りました。

「勉強は大切だ」

「人の人生を創り出すものだと思う」

「自分は小さい頃から姉弟二人の暮しで、勉強して、自立して、助け合っていきたいと考えてきた」

「将来、自分は僻地の教育に就きたいと思っている」

「それは人の可能性を広げる最大の道は知識の習得と思っているからだ」

「君は恵まれている」

「だから、もっと自分の可能性を高める勉強をしてもらいたい」

「君がその気にならなら、私も変わる」・・・・・。

その夜は、二時間近く時間が延び、母親も心配して部屋にやってきました。いつもとは違う、異様な空気感を感じたと思いますが、私はただ「勉強のやり方について詳しく教えてもらっただけ」と伝えて何事もなかったかのように振舞いました。そしてその日以来、その人と私の勉強は、俗に言う「身が入った」という状態になっていきました。結果も伴い、全国規模の模試でも上位の成績を獲得でき、互いに喜び合った記憶が鮮明にあります。私は今でも時々、自慢のネタとして「あの全国模試で〇位になったことがある」と言い放つのですが、実は殴られたあの夜の、あの人の言葉が、その後の私の勉学態度を決めたかも知れないと実感しています。また目的がはっきりした勉強は結構楽しいものだ、という思いが今でも身についている気がします。

出典元:https://tabi-mile.com/wp-content/uploads/2016/09/31ea9667c402e6ac5bea080b6e9794d0.jpg

翌年の3月、その人は小さな体には似合わぬ程の大きな旅行鞄を手に、我が家を訪れました。

「只今、卒業して参りました」

「昨年は一年間、本当にありがとうございました」

「私個人も本当に、生徒とどのように接していくべきか貴重な体験をさせていただきました」

「あの時間は私の宝物です」

「このまま、〇〇島にある〇〇中学に赴任します」という挨拶に見えたのでした。

その人が、本当に大きな鞄を元気いっぱい、引きずるように去っていったその日のことは、今も鮮明に目に焼き付いています。

出典元:https://temita.jp/wp-content/uploads/2015/04/japaneseinlondon-1038×576.jpg

今や時代は、いろいろな生活シーンに格差が露呈する様相です。そして若い人の「仕事観」「進学感」は多様化しています。でも、人はなぜ勉強するのか。そして、人は誰のために仕事をするのか。親たる人は、なかなか、そのことを明確に答えてあげられる訳ではありません。私は家庭教師から殴られた痛みと,その夜の話し合いと,その人が元気に大きな鞄を引きずって去っていった記憶が今でも小さな答えのヒントとなっています。そんなことが実は皆、自分の身の回りにあるものです。たまには、あなたも眼を瞑って思い起こされてはいかがでしょうか・・・・・。ボンボヤージュジャパンからのささやかなご提案です。

 

参考サイト:https://tabi-mile.com/suitcase-select/

参考サイト:https://www.bisoukuukan.com/case/%EF%BC%93%E5%85%84%E5%BC%9F%E3%82%82%E3%81%99%E3%81%8F%E3%81%99%E3%81%8F%E8%82%B2%E3%81%A4%EF%BC%81%E3%83%AD%E3%83%95%E3%83%88%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E9%83%A8%E5%B1%8B/

参考サイト:https://temita.jp/wd/movie-t/play/entertainment/14867