令和トレンドシリーズ3回/シモンビーズ物語

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令和トレンドシリーズ3回/シモンビーズ物語

徐々に日本での認知も高まってきたフランスワイン「シモンドメーヌ」。5代続く小さなシャトーですが、当主は日本人女性です。そこにあるドラマはご本人にとって苦難なのかもしれませんが、私たちを勇気づけてくれるSOMETHINGを感じます。ご紹介します、人生を重ねるワインのエピソード「令和トレンドシリーズ3回/シモンビーズ物語」です。

≪インデックス≫

1「シモンビーズというブランド」

24代目当主パトリック・ビーズ」

3「千沙との結婚/パトリックの死」

45代目当主への就任」

55代目としての始動」

6「シャトー概要」

7「日本国内の主な取り扱い」

*あとがき

参考サイト一覧―

公式サイト:https://www.domainebize.fr/

参考サイト:https://www.enoteca.co.jp/item/list?_producer=330

参考サイト:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2011/12/post-1f4c.html

参考サイト:http://www.24sake-tanaka.sake-ten.jp/simon-bize.html

参考サイト:https://order.luc-corp.co.jp/shop/m/m10102400/

参考サイト:https://wine-kyokasyo.com/simon-bize

参考サイト:https://anyway-grapes.jp/producers/france/bourgogne/cote-de-beaune/savigny-les-beaune/domaine-simon-bize/index.php

参考サイト:http://bourgogne-seikatsu.pagesperso-orange.fr/2010-2011.htm

参考サイト:https://plaza.rakuten.co.jp/leclosducaillou/diary/?PageId=0&ctgy=2


1「シモンビーズというブランド」

「2010年のヴィンヤード風景」出典元:http://bourgogne-seikatsu.pagesperso-orange.fr/2010/aki.jpg

ドメーヌ・シモン・ビーズ」というブランドの設立は1880年と古く、今から数えて5世代前まで遡る、家族経営のドメーヌです。そもそもはビーズ家が19世紀初めに現在のイタリア国境沿いにあるサヴォア地方から、ブルゴーニュのサヴィニー村に移住したことから、このワインブランドの歴史がスタートしました。

「初代当時のヴィンヤード」出典元:http://www.enoteca.co.jp/item/detail/wc/simon_bize/p_01.jpg

初代シモン氏は「人間、飲むものと食べるものさえあれば生きていける」という考えから、ワイン用ブドウの栽培と肉屋をスタートさせました。2代目シモン氏の頃は、ヨーロッパ全土を巻き込む戦争の時代。さらに二度にわたる大戦で男手は常に戦地にありました。そのため、2代目シモン氏の妻は事実上ドメーヌと肉屋を切り盛りしていました。彼女は初代の信念を全うし、サヴィニー村の人々にワインと肉を分け与えていたと言われています。さしずめ女丈夫と言ったところですが、そんな彼女には2人の息子がおり、長男は当時家業の柱であった肉屋を、次男にはブドウ畑を継がせました。この次男、3代目シモン氏が、ビーズ家に次々と大改革を行いました。

3代目シモン夫妻」元:http://www.enoteca.co.jp/item/detail/wc/simon_bize/p_02.jpg

その大改革とは「トラクター導入」と「ドメーヌ自身による元詰め」でした。ワイン産業のメッカ、ブルゴーニュにおける歴史的な変革のひとつ、トラクターの登場があげられます。以前は大人一人が一日に耕すことができる面積、1ウーヴレ(24分の1ヘクタール)しか仕事は進みませんでした。ところがトラクターの登場によって一日で数ヘクタールも可能になったのです そしてもう一つの大きな改革が、ドメーヌ元詰めです。これまで、ビン詰めをするのはネゴシアンと言う仲買的な人達で農家はネゴシアンの言いなりの価格でブドウ、あるいはワインを樽で売っていました。たとえ質の良いブドウ、ワインを造ってもネゴシアンの買い付け価格に反映されることはなかったため、品質が向上することはありませんでした。そんなネゴシアンに反発し、自分たちでビン詰めし、オリジナルのラベルを貼って販売する農家が現れたのです。今で言う「流通開発」ですが、美味しくなければ売れないし、その責任は自分たちに返ってくるリスクがあり、誰も着手しなかったのです。この2つの改革によって、ブルゴーニュワインは今の形になり、美味しさが格段に飛躍したと言われていますが、この2大改革を、サヴィニー村で最も早くから行ったのが、3代目シモンでした。 結果的にドメーヌ・シモン・ビーズのワインは高く評価され、レストランのシェフやソムリエ、さらにワイン愛好家の間で広まって行きました。


24代目当主パトリック・ビーズ」

出典元:http://www.enoteca.co.jp/item/detail/wc/simon_bize/p_03.jpg

19724代目当主についた3代目シモンの息子パトリックは、ブドウ畑を一期に拡張します。1995年にラトリシエール・シャンベルタン、1997年にコルトン・シャルルマーニュと、赤白ふたつの偉大なグラン・クリュが、シモンビーズのラインナップに加わり、ドメーヌの総面積は22ヘクタールに達しました。いずれもメタイヤージュ(代行栽培)ですが、特にラトリシエール・シャンベルタンは、著名なワイン評論家のロバート・パーカー氏が「驚くほどの熟成ポテンシャルを持った古典的なワイン」と評価するなど、品質の高さはお墨付きでした。栽培はリュット・レゾネ(減農薬農法)による管理が行われていました。(*後年2008年よりセルパンティエールの区画で実験的にビオディナミ栽培開始します)

出典元:https://wine-kyokasyo.com/wp-content/uploads/2018/08/patrick-bize.jpg

先見の目を持ったパトリックでしたが、そのような評価とは異なり、本当はヴィンヤードにいてブドウと接しているときが至上の時、という価値観の持ち主でした。2010年は様々な農作物が不作の年で、ブドウも春の天候不順の影響を受け作柄が悪い年度でした。当時は雨の量がすごく、多くの栽培農家は匙を投げた対応をしましたが、パトリックは雨除けのウィンドーブレイカー一枚で、一日中、ヴィンンヤードに立つすくんでいたというエピソードが残っています。


3「千沙との結婚/パトリックの死」

「2006年当時」出典元:https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/2/4402090f58ef41e7f0e514da8388fb2e2666bd73.94.2.2.2.jpg?thum=53

そんな多忙を極めるパトリックは1998年、当時フランス農業銀行で働いていた日本人女性の旧姓伊藤千砂女史と結婚。 長男ユーゴ、長女ナスカという二人の子どもにも恵まれます。多忙なハウスキーピングの一方、ワインビジネスの一家に嫁いだことを契機に、千沙は銀行時代に培った知識と語学力で夫をサポートし、販路を海外に広げるなど、ドメーヌの更なる飛躍に貢献して行きます

出典元:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/guest/201112/large.jpg

ドメーヌでは2008年から、千砂さんの進言によりビオディナミ農法を採用します。子育ての過程でシュタイナー教育に興味をもった千砂さんが、シュタイナーの理論が農業とも結びついていることを知り、アンヌ・クロード・ルフレーヴによるビオディナミの勉強会に出席したのがきっかけでした。パトリックに相談すると、「セルパンティエールの畑なら試してもいい」と言われたそうです。当時、セルパンティエールの畑はウィルスに冒されており、引き抜くしかなかった状態でしたが、ビオディナミを実践すると畑の様子が徐々に変わったと言います。そしてワインの質はビオディナミを始めてすぐに変わったと言います。「2008年からワインにヴァーティカルなラインが出て、緊張感のあるワインになった」と千砂さんは述懐します。 しかし201310月、志半ば61歳の若さでパトリックは突然、他界します。


45代目当主への就任」

「ドメーヌビズ家の墓所十字架」出典元:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/entry/201112/s07.jpg

2013年にパトリックの妻、千砂・ビーズとパトリックの妹で三女のマリエル・グリヴォ女史のふたりでシモン・ビーズの5代目当主に就任します。マリエル女史はヴォーヌ・ロマネの名門ジャン・グリヴォの当主エティエンヌ・グリヴォに嫁ぎワインに詳しく、嫁ぐ前からパトリックと一緒にドメーヌの仕事をしていた経験があります。また千砂はマダムとしてドメーヌを熟知しており、こうしてシモン・ビーズは初めて女性が経営するドメーヌとなりました。


55代目としての始動」

出典元:https://order.luc-corp.co.jp/img/maker/1/10102400.jpg

当主となった2013年以降、ビーズ家のフラッグシップ、オー・ヴェルジュレスの畑でもビオディナミ農法の導入開始するなど千沙的なアプローチは少しづつ広がっています。ワイン造りは、茎や種もまるごと一緒に発酵樽に仕込む全房仕込がビーズ家の伝統となっています。醸造についても高い目標とこだわりを持つシモン・ビーズは、白ワインについてはブドウの熟度と酸度の完璧なバランスに近づける事、赤ワインについてはテロワールを体現した緻密で繊細なワインを造る事を大切にしているそうで、このことは千沙氏のコンセプトでもあります

出典元:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/entry/201112/s59.jpg

ブドウはすべて手摘みにて収穫。白ワインの醸造は、ブドウを収穫後、ただちに圧搾し12時間のデブルバージュ(沈殿)。小樽に移して発酵、612ヵ月の樽熟成を行います。プルミエ・クリュやグラン・クリュでは複雑味を持たせるため、さらに数ヵ月熟成。新樽率は1530%と比較的少なめで、古い樽は5年ものまで使用しています。赤ワインの醸造は古典的な醸造方法を採用しており、あのDRCやプリューレ・ロックなど、世界的に有名なブルゴーニュの造り手と同じく収穫したブドウは基本的に100%全房発酵させます。その際、テロワールの個性を活かした繊細さとエレガンスを損なわないよう強い圧搾はせず、出来るだけ柔らかくプレス。木製タンクにて発酵、その後オーク樽熟成を行います。無濾過にてビン詰めを行い、極力ブドウ本来の味わいとテロワールの個性を体現したワインに仕上がっています。先祖代々受け継がれた畑に愛着を抱き、先代の造りを守りながらも、新しいことに挑戦しながら今後さらなる飛躍を目指しワイン造りに取り組んでいます。

シモン・ビーズのワインの特徴は”端正”のひと言。白はきれいな酸味が基調でミネラルに富み、赤はしなやかながらストラクチャーはしっかりしています。いわゆる過剰なところがないのがこのドメーヌの特徴であり、料理と合わせるとにおいしく、その値感からもレストラン向けのワインと評されています。2014年は買いブドウながら、千砂さんが欲しい欲しいと言い続けてきたコルトンの赤(リューディはルナルド)をとうとう醸造されています。「天国のパトリックからプレゼントが届いた」と千砂さんは語られています。また息子のユーゴは現在、ボーヌのリセ・ヴィティコールに通い、頼もしく成長されています。将来が楽しみなドメーヌです。


6「シャトー概要」

出典元:http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/entry/201112/s67.jpg

設立年:1880

所在地:フランス ブルゴーニュ サヴィニー レ ボーヌ
FRANCE BOURGOGNE SAVIGNY-LES-BEAUNE

当主名:チサ・ビーズ マリエル・グリヴォ
千砂 BIZEMarielle GRIVOT

醸造責任者:チサ・ビーズ千砂 BIZE

栽培責任者:チサ・ビーズ千砂 BIZE

総面積:22ha

所有畑一覧:以下参照

グラン・クリュ/単位:ヘクタール

ラトリシエール・シャンベルタン

0.4

コルトン・シャルルマーニュ

02

プルミエ・クリュ/単位:ヘクタール

サヴィニー・レ・ボーヌ・オー・ヴェルジュレス・ルージュ

2

サヴィニー・レ・ボーヌ・オー・ヴェルジュレス・ブラン

0.3

サヴィニー・レ・ボーヌ・レ・マルコネ

0.6

サヴィニー・レ・ボーヌ・オー・ゲット

0.5

サヴィニー・レ・ボーヌ・レ・フルノー

1

サヴィニー・レ・ボーヌ・レ・セルパンティエール

0.35

ヴィラージュ/単位:ヘクタール

アロース・コルトン・レ・シュショ

1

サヴィニー・レ・ボーヌ・オー・グラン・リアル

1.6

サヴィニー・レ・ボーヌ・レ・ブルジョ

5

サヴィニー・レ・ボーヌ・ブラン

2.2

レジオナル/単位:ヘクタール

ブルゴーニュ・レ・ぺリエール・ルージュ

2.2

ブルゴーニュ・レ・ぺリエール・ブラン

1.5

ブルゴーニュ・レ・シャンプラン・ブラン

4


7「日本国内の主な取り扱い」

ENOTECA ONLINE

取扱サイト:https://www.enoteca.co.jp/item/list?_producer=330

Mason LUC

取扱サイト:https://order.luc-corp.co.jp/shop/m/m10102400/

*あとがき

昨今、海外で活躍する日本人、日本で仕事をする外国籍の方の状況を見聞します。シモンビーズの話はさしずめ、梨園の名跡に外国人が就く話に匹敵する気がします。私たち日本人はどのように振る舞うでしょうか? そう考えると、千沙さんが歩まれてる道は我々が想像する以上に大変なのかもしれません。でも、その相手が「ワイン」だったことは幸いです。ワインには人の感性も熟成させ、その価値を共有させる不思議な力が潜んでいるからです。是非これからもいいワインづくりにお励みください。ご家族が6代目になられんことをお祈りしながら、近々、シモンビーズを調達いたしたいと思います。