大空に向ける願いの祭「龍勢」

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大空に向ける願いの祭「龍勢」

宇宙ビジネスが台頭する昨今、地元の人々の様々な願いを載せてロケットを飛ばす奇祭があります。ご紹介します『大空に向ける願いの祭「龍勢」』です。

≪ノミネートリスト≫

1「龍勢とは」

2「秩父/龍勢まつり」

3「清水/草薙大龍勢」

4「藤枝/朝比奈大龍勢」

5「米原/米原流星」

6「*甲賀/瀬古の流星」


1「龍勢とは」

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E5%8B%A2

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%AD%92%E8%8A%B1%E7%81%AB

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E7%A5%AD%E3%82%8A_(%E6%9D%B1%E5%8D%97%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2)

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/af/Chichibu_Ryusei_Fes_2.jpg/220px-Chichibu_Ryusei_Fes_2.jpg

「タイのロケット祭」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/13/Rocket_lauchers.jpg/380px-Rocket_lauchers.jpg

「手筒花火」出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4c/Tezutsu_Hanabi_Goyu.jpg/240px-Tezutsu_Hanabi_Goyu.jpg

歴史:龍勢(りゅうせい)とは筒に黒色火薬を詰め、竹竿を結んだ花火上空で傘が開き、様々な仕掛けが作動します 鎌倉時代元寇軍が使用したのが始まりと言われています。日本国内に現在、何箇所かその催事が残っていますが、元寇以降戦国時代狼煙として使用され、各地に伝わったのが起源だと言う説が有力で。構造は三河、遠州地方に伝承される手筒花火と類似点が数多く見られますまたタイなど東南アジアにも、龍勢と似た形式のロケット花火が伝わっています


2「秩父/龍勢まつり」

吉田龍勢保存会公式サイト:http://www.ryusei.biz/

参考サイト:https://navi.city.chichibu.lg.jp/p_festival/1195/

出典元:https://navi.city.chichibu.lg.jp/wp/wp-content/uploads/2014/09/IMG_2796.jpg

出典元:https://navi.city.chichibu.lg.jp/wp/wp-content/uploads/2014/09/IMG_2803.jpg

出典元:https://navi.city.chichibu.lg.jp/wp/wp-content/uploads/2014/09/IMG_9280.jpg

出典元:https://navi.city.chichibu.lg.jp/wp/wp-content/uploads/2014/09/IMG_0170.jpg

別名:「農民ロケット」

龍勢祭り概要:以下参照

龍勢祭りは、埼玉県秩父市下吉田にある椋神社例大祭で行われる国の重要無形民俗文化財に指定されている祭礼で毎年10の第二日曜日に実施されます27の流派があり、毎年三十数本の龍勢(火薬を仕掛けた龍)を轟音とともに天高く打ち上げる催事です。上がった龍勢は、発煙等の仕掛けを展開する事もある他、パラシュート状の物体を内包することもあります。この祭りで奉納する龍勢は、毎年各流派の手作りで作成され通称農民ロケットとも呼ばれています。なお、打ち上げられたロケットがまるでの如き勢いであったことから、龍勢と呼ばれるようになったという説があります。埼玉県の無形民俗文化財に指定されている(1997年指定)2000(平成12年)55には、埼玉新聞社の「21世紀に残したい・埼玉ふるさと自慢100選」に選出されました2018(平成30年)119日、文化審議会が秩父吉田の龍勢など6件を国の重要無形民俗文化財に指定するよう、文部科学大臣に答申しました。これにより、秩父吉田の龍勢が国の重要無形民俗文化財に指定される見込みとなりました結果的に201838日、「秩父吉田の龍勢」として正式に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

実施の段取り:以下参照

実施パンフレットによると『龍勢は、矢柄(龍勢のバランスを取り、狙った方向に飛ばす)となる長い竹を用意し、火薬筒に松材を使い、これを縦に真二つに切って中をくり抜き、それを合わせて竹のタガをかけます。火薬は硝石、炭、硫黄を混ぜ黒色火薬を作ります。調合の比率はそれぞれの流派によって異なりますが、10(硝石):2(炭):1(硫黄)を標準としています。これを筒に入れキメ棒、カケヤを使い堅く詰め、最後に筒の底に錐で穴をもみ噴射口を作ります。この他、龍勢に取付ける背負い物(ショイモノ)を制作します。背負い物は、火薬筒に取付けるもので、昔から唐傘、のろせ、吊るし傘などがあり、これらの龍勢は上空に昇りつめた時に、ひらひらと落ち来るように仕掛けられています。近年は技術の向上から、「矢柄止」と言う落下傘で矢柄全体を吊った龍勢が、安全上からも標準となっています。江戸時代初期頃から秋の例大祭の祭礼に近隣の農民たちがこの手作りのロケット式花火を奉納してきましたが、現在は椋神社近くの「芦田山」中腹に設定された発射櫓から打ち上げられます。打ち上げられたロケットが上空でまるで龍の如く舞ながら落下します
当日は、朝の9時頃から夕方5時頃まで、約15分間隔で30発の龍勢ロケットが「東西、東西」で始まり「椋の神社にご奉納」で終わる「口上」とともに打ち上げられますが、この「口上」ファンも沢山いらしゃいます。毎年、見事天高く舞い上がり、打上げ成功の龍勢もあれば、発射台で自爆してしまう龍勢もあります。どちらも製作に携われた皆さんの一年の熱い思いが込められた龍勢であり「人生悲喜こもごものドラマ」であることを胸にご覧下さい。

2019年の開催日時:201910月第二日曜日(13日)実施予定

基本概要:20196月の現段階では内容の詳細は発表されていません。

会場:椋神社(秩父市下吉田)/詳細は上記HPをご参照ください

問合せ:以下参照

龍勢祭大祭本部 TEL0494771111

秩父市吉田総合支所地域振興課電話番号:0494-72-6083

主催者:龍勢保存会龍勢祭実行委員会

*例年の人出規模:10万人

*アクセス例:「西武鉄道西武秩父駅」「秩父鉄道皆野駅」より臨時バスあり


3「清水/草薙大龍勢」

草薙神社龍勢保存会公式サイト:http://kusanagi-ryusei.jpn.org/toha.html

参考サイト:https://twitter.com/hashtag/%E8%8D%89%E8%96%99%E5%A4%A7%E9%BE%8D%E5%8B%A2

参考サイト:http://www.at-s.com/event/article/festival/117323.html

出典元:http://www.at-s.com/event/images/n12/117323/kusanagijinja06.jpg

出典元:http://www.at-s.com/event/images/n12/117323/2014.9.22.png

出典元:http://www.at-s.com/event/images/n12/117323/2013.9.22.png

出典元:https://pbs.twimg.com/media/CPWIrqMUcAAyLg4.jpg

別名:「流星」

基本概要:以下参照

毎年920日に草薙神社例大祭が催されますが、この前後の休日に龍勢花火が盛大に打ち上げられます。この龍勢花火は「草薙神社龍勢保存会」のメンバーによって製作されるものです。 龍勢花火大会は地域自治会、草薙龍勢保存会、草薙神社氏子総代会 の三者による実行委員会が組織され催行されます。大会で打ち上げ られる龍勢花火は10数秒の華ですがこの10数秒の為に、竹採り、 火薬調合、変化花火作り等々、ほぼ30日以上前から保存会メンバーに よって活動がスタートします。龍勢作りを、安全に確実に計画通りに 進める為、下支えをする活動は、大会5ヶ月前から行われます。また、無形民俗文化財でもある龍勢花火の技を体験学習して貰う為、 地域の小学生を対象にして龍勢に実際に使用する大小落下傘作りの 指導や、草薙神社道中木遣り唄の指導を行い、祭りへの小学生の 参加を通して、ふるさとに伝わる文化財を学んで貰い、ふるさとの 良さを身近に体感して貰うことも活動の一環です。

歴史:以下参照

草薙神社は有度山北麓に位置しています。龍勢花火は戦国時代の狼煙に起源するともいわれていますが、草薙神社の龍勢の由来について不明です。ただ、江戸時代には駿府周辺の村落でも狼煙型の花火が打ち上げられていたことが知られています。そうした伝統が水不足に悩まされることの多かった有度山周辺の人々の雨乞いの信仰と結びついて、草薙神社に伝えられたと考えられます。龍勢花火は、ひと月ほど前から15組ある流派ごとに用意します。昼打ちの「龍勢」と、夜打ちの「流星」。それぞれの流派が知恵を絞って作り上げた煙と光の妙技が、見る者を魅了します。ちなみに2018年は昼打の部(龍勢)14:30~(10分または15分ごと12本)夜打の部(流星)18:00~(15分毎10本)でした。

実施の段取り:以下参照

直径6070mm、長さ1m足りずの竹筒に火薬を詰め込み、その爆発力と 瞬時の焼力を推進力として打ち上げられる竹製ロケットは、点火上昇時の 白煙が天空に舞い上がる龍に見立てる龍勢と呼び、又、満天の星の中、 火焔を吹き出して上昇する姿を流れ星に見たて、流星とも呼称しています。

2019年の開催日時:本年2019(令和元)年の草薙大龍勢は922日(日) 開催予定です

*詳細につきましては決まり次第、保存会HPに掲載致します。

会場:草薙スポーツ広場及び周辺農地(静岡市清水区草薙)

問合せ:0543889181(静岡観光コンベンション協会)

主催者:草薙神社龍勢保存会


4「藤枝/朝比奈大龍勢」

公式サイト:https://www.asahinaryusei.org/

参考サイト:https://shizuoka-hamamatsu-izu.com/event/asahinaryuusei/

参考サイト:https://www.shizuoka-murasapo.net/ooryuusei/

出典元:https://www.shizuoka-murasapo.net/wp-content/uploads/2018/10/ryusei_04-300×199.jpg

出典元:https://i0.wp.com/shizuoka-hamamatsu-izu.com/wp-content/uploads/2016/09/asahinaooryuusei01.jpg?resize=728%2C665&ssl=1

出典元:https://www.shizuoka-murasapo.net/wp-content/uploads/2018/10/ryusei_17-200×300.jpg

出典元:https://www.shizuoka-murasapo.net/wp-content/uploads/2018/10/ryusei_02-300×199.jpg

別名:「煙龍」「花笠」「連星」

基本概要:以下参照

玉露の里として知られる岡部町(藤枝市)で『朝比奈大龍勢』(あさひなおおりゅうせい)が打ち上げられます。中世の狼煙が発達したものと言われるロケット花火の朝比奈大龍勢は2年に1打ち上げられます。龍勢は、高さ約20mの常設櫓から発射され白煙を上げて上昇するその様子が龍の昇天を思わせるのが名の由来です。龍勢と呼ばれるロケットは全長は15m以上。真竹製でなかに火薬を詰める「吹き筒」、舵取りをする青竹の「尾」、落下傘や花火などの曲(きょく)と呼ばれる仕掛けを詰める部分の「ガ」の3部分からなります。「吹き筒」の火薬に点火されて打ち上がると、「尾」でバランスを取りながら上昇し、最も上がったときに、「ガ」から曲を出す仕組みですなお 打上げ本数は例年、昼の部(1200〜)17程度、夜の部(1730〜)13程度です。

歴史と開催の段取り:以下参照

発祥は戦国時代に現在の静岡県藤枝市岡部町に居を構えた今川氏家臣の朝比奈氏岡部氏が用いた緊急連絡用の狼煙が起源とされています。岡部町では大字単位で「龍勢連」と呼ばれるグループが地域住民により形成され、各龍勢連ごとに伝承される技法にて製造を行っています。朝比奈大龍勢の開催に併せて、各龍勢連には個人や地元の中小企業がスポンサーとして名を連ね、龍勢連から選抜された呼出の独特の口上によってその龍勢の仕掛けの特徴を暗示した短歌やスポンサー名が読み上げられ、打ち上げが行われますまた朝比奈大龍勢は昼の部と夜の部に分かれてそれぞれ約10発から15発前後が打ち上げられます。仕掛けは昼の部は煙幕付きの落下傘が複数宙を舞う「煙龍」、夜の部は落下傘部分が発光する「花笠」や落下傘に吊された紐の部分が発光する「連星」などが中心でそれぞれ特色の違いが見られます

2019年の開催日時:以下参照

10月第3土曜 (2年毎)※通常、西暦偶数年が開催

例年の開催予定時間:12002030

朝比奈大龍勢櫓会場:421-1112 静岡県藤枝市岡部町殿

問合せ:藤枝市観光協会TEL054-667-6060

主催者:朝比奈大龍勢保存会


5「米原/米原流星」

参考サイト:https://www.city.maibara.lg.jp/kanko/rekishi/shitei/4638.html

参考サイト:https://www.shigabunka.net/archives/236

出典元:https://www.shigabunka.net/img/blog/shigabun3/20101103_ryuusei500_002.jpg

出典元:https://www.shigabunka.net/img/blog/shigabun3/20101103_ryuusei500_010.jpg

出典元:https://www.shigabunka.net/img/blog/shigabun3/20101103_ryuusei500_004.jpg

出典元:https://www.shigabunka.net/img/blog/shigabun3/20101103_ryuusei500_008.jpg

別名:「戦国ロケット」

基本概要:以下参照

この地においても、流星とは元来のろしの一種であったと考えられています。先端におよそ2キロの火薬を込めた鉄の管をくくりつけた、総重量1518キロ長さ45メートルほどの矢羽のついた竹ざおを火薬の力で打ち上げます。点火された流星は200300メートルくらいの上空まで上がると、先端に仕込まれた矢つりの傘(パラシュート)と5本の小さな日傘が開き、風の中を漂いながらゆっくりと落下していきます。まるで巨大なロケット花火とパラシュート花火を組み合わせたような印象を受けロケットの原型ともいえるため、「戦国ロケット」と呼称されることもあります。流星は関ケ原の戦いで、西軍の石田三成軍が佐和山城にいる味方へ戦況を伝えるために使用したともいわれており、今日まで旧中山道周辺の集落で伝承されてきました。流星の製造技術は火薬の調合も含め、地元の人たちが先輩や長老から口伝によって学んだものであり、江戸時代に入り大きな合戦がなくなると、流星は戦いのためのものから、娯楽のためのものへと変化していきました。地元の祭りや大きな建物の完成、霊仙山の山開きなど、祝い事のたびに打ち上げられる縁起物となったようです
しかし次第に火薬の取り扱いや打ち上げ場所などの規制が厳しくなり、流星の製造と打ち上げが困難になっていきました。昭和43年(1968年)に県選択無形民俗文化財となり、今では打ち上げを伝承する地区が参加して催されるイベントでのみ、打ち上げられるようになりました。風の強さも流星の成功を大きく左右しますが、火薬の調合も重要です。伝承された集落ごとに使用される火薬の調合が違い、それぞれの流派に分かれており、また配合について伝える文書等がないため、配合の割合などは手触り状態で、職人的な感覚に頼る部分が大きくなっています。そのような事情もあり、流星の打上げ成功確率はそれほど高くなく、過去には10本中2本しか成功しなかった例もありますそのせいか轟音をあげながら、秋の空をまっすぐ駆け上がる流星打ち上げが成功するたびに、保存会の人たちは大きな声を挙げて喜び、打ち上げグループや製作者代表をねぎらいます。一方、見物客は上空から舞うように降ってくるミニ日傘を拾おうと、田んぼを駆け回ります。流星の日傘は縁起物として親しまれていて、風に流されて思わぬところまで飛んでいくので、手に入れるのは想像以上に難しいものです。気ままに流される傘を見上げながら、左右に駆ける人々の姿はどことなくのどかでユーモラスでもあります

歴史:以下参照

古くから祭礼や祝いごとがあれば打ち上げられていた「流星」は、打ち上げ花火の一種で、関ヶ原合戦に敗れた石田三成方の落ち武者が、坂田郡内に土着しその製法を伝えたのが始まりとされます。明治末年頃より矢釣りと日傘をつけて打ち上げるようになり、日傘数で3本から50本付と呼ばれています

至近な開催予定日時:以下参照

米原市に伝わるロケット式花火「流星」(県選択無形民俗文化財の打上げは定期的な催事日程があるわけではなく、20151123日、同市の合併10周年記念事業で同市池下のグリーンパーク山東近くの田んぼで打ち上げが201011月以来、5年ぶり行われて以来、開催実施の確認がとれておりません。具体的な予定等については直接、以下の問合せ先にお尋ねください。

問合せ:0749-52-0632(米原市商工会) 0749-55-4552 山東庁舎 教育委員会事務局(教育部) 歴史文化財保護課

主催者:未確認


6「*甲賀/瀬古の流星」

平成28年度より「瀬古の流星」は廃止となりました。

参考サイト: https://shigatoco.com/toco/koka_tomoshibi2015/

参考サイト:http://www.isobekaikei.jp/publics/index/777/

出典元:http://www.isobekaikei.jp/files/libs/5940/201609181418179394.jpg

出典元:https://shigatoco.com/photos/2015/08/tomoshibi26-660×400.jpg

出典元:http://www.isobekaikei.jp/files/libs/5941/201609181418536348.jpg

基本情報:以下参照

甲賀市甲南町竜法師瀬古の薬師堂“会式”の日に、一風変わった花火「流星」が打ち上げられてきました。甲南地域は甲賀流忍術発祥の地。数多くの秘薬を発明し中でも「火薬」は、かなりの技術が進んでいました。流星は忍者が合図のために打ち上げた狼煙と伝えられ、花火の原形ともいわれる素朴な流星が夜空に描くオレンジの放物線が、この地では初秋の夜空を飾りました。そのような歴史を持つ催事でしたが、甲賀(瀬古)では昭和初期に伝承が途絶えてしまいました。しかし地元で製造に関わっていた人物の備忘録(「瀬古青年買物控」)が発見されたため、火薬調合などを復活させることが可能になり、1976より再開されました。2007の打ち上げで事故が生じましたたが、2008の打ち上げに際しては、安全対策を見直し無事終了した経緯がありました。 しかし諸般の事情により「瀬古の流星」は平成28年度をもって廃止となっています。

歴史:以下参照

甲賀市甲南町で行われてきた「瀬古の流星」について『甲賀市史 第6巻』によるとと、瀬古の流星とは「甲南町竜法師(りゅうぼし)のうち瀬古(せこ)のカイトでは、毎年九月十二日に、「流星(りゅうせい)」が打ち上げられる。流星とは竹筒に火薬を詰めた簡易な手作り花火のことで、瀬古薬師(せこやくし)堂の会式(えしき)に合わせて奉納される。薬師堂はその由緒(ゆいしょ)によれば、伝教大師最澄(でんきょうだいしさいちょう)が疫病(えきびょう)退散のために薬師如来(やくしにょらい)を安置したのが始まりで、かつて近隣一帯に火災があった時に薬師堂だけが延焼を免れたため、この薬師を「火伏(ひぶ)せ薬師」と呼ぶようになったとされ、花火もこうした伝承にかかわるものとして伝えられてきた。流星がいつ、どのようにして始まったかを知る史料はないが、瀬古青年(薬師堂の世話役で十八歳から二八歳までの男子があたる)が保管する明治(めいじ)三十四(一九〇一)年の「瀬古有志万買物帳」には、火薬の原料である硝石(しょうせき)や硫黄(いおう)を寺庄(てらしょう)の商店より購入した記録があり、その頃は村人が火薬を調合し、打ち上げられていたことがわかる。」とあり、さらに「「流星」の起源については、よく「甲賀忍者(こうかにんじゃ)」の狼煙(のろし)に起源すると説かれるが、その目的は火難除けの祈願とともに、暑気払いを兼ねた娯楽(ごらく)にある。花火を打ち上げ、村人の目を楽しませる伝統がこの地にはあったのである。その意味で「流星」は杣谷(そまだに)に広く見られた「灯籠(とうろう)行事」などと共通点があり、「火の風流(ふりゅう)」の一つと考えることができる。」とあります。