日本の老舗シリーズVol.1

adds by google

ads by google
Pocket

日本の老舗シリーズVol.1

日常的に楽しんでいる食のアイテムにも、歴史を重ねた有名老舗が存在します。そこでご案内します「日本の老舗シリーズVol.1」情報です。

≪ノミネートリスト≫

1「江差/五勝手屋」

2「会津若松/五郎兵衛飴総本舗」

3「上越/大杉屋惣兵衛」

4「中央区/神茂」

5「能登/しら井」

6「豊橋/ヤマサちくわ」

7「上田/飯島商店」

8「伊賀上野/宮崎屋」

9「京都/一文字屋和舗」

10「大阪/小倉屋」

11「長崎/小野原本店」

12「鹿児島/下園薩男商店」


1「江差/五勝手屋」

公式サイト:http://www.gokatteya.co.jp/

出典元:http://www.gokatteya.co.jp/kitanomeika/img/01.png

出典元:http://www.gokatteya.co.jp/mikaku/img/07.png

正式屋号:「株式会社 五勝手屋本舗」

主な取扱商品:「北の銘菓五勝手屋羊羹」

商品案内:(HPより)以下参照

いにしえの刻より、変わらぬ味を守り続ける五勝手屋は、 その昔、紋葉をつくって藩公に献上したのがはじまりです。 明治3年に至って、長い伝統と累代の苦心を込めて練り上げた 秘伝のようかんを精製し販売することとなりました。 レトロの趣に満ちた包装紙の模様は 明治時代に品評会で授与された賞状を模したもので、 よく知られている丸缶ようかんは、 昭和14年~15年頃に指を汚すことのない 工夫として考案されました。 いつまでも変わらない伝承の技、伝統の味。 心うるおす、ゆとりあるひとときを和菓子と共に・・・。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

「明治初期」出典元:http://www.gokatteya.co.jp/ajiwai/img/02.png

「昭和初期」出典元:http://www.gokatteya.co.jp/ajiwai/img/03.png

「現店舗」出典元:http://www.gokatteya.co.jp/ajiwai/img/07.png

当家の祖先は慶長年間(1596年~1615年)に江差の地に渡り住んだと伝えられています。その後、ヒノキの伐り出しのために来た南部藩の杣人(そまびと)・五花手組(ごかってくみ)が豆を栽培してみたところ、蝦夷地で初めて実らせることができたので、近隣の村人ともども大いに喜んだといいます。この豆をもとに菓子を作り藩公に献上したところ大変喜ばれ、また、これを記念して屋号を五花手屋としました。その後、この杣人たちが住みつき五勝手屋村と呼ばれるようになり、やがて屋号も五勝手屋と変わります。本格的な菓子の販売は明治3年(1870年)。北海道でとれた豆と、北前船で運ばれた寒天砂糖を使用して作られました。基本的な製法は現在も変わらず和菓子職人に代々と受け継がれています。昭和11年(1936年)には天皇が函館に行幸した際のお土産として献上され、以来、北海道が誇る銘菓として多くの方に愛されてきました。

所在地:043-0043 北海道檜山郡江差町本町38

問合せ:0139-52-0022

営業時間:8001930

定休日:年中無休

ご注文のご案内:http://www.gokatteya.co.jp/fax/index.html


2「会津若松/五郎兵衛飴総本舗」

参考サイト: http://www2.fun.ne.jp/shinise/goroubei.html

参考サイト:http://aizu.com/org/aizu/goroube/article.html

出典元:http://www2.fun.ne.jp/shinise/thumb/2012/04/ame1-thumb-300×300-903.jpg

出典元:http://www2.fun.ne.jp/shinise/ame2.jpg

出典元:http://aizu.com/org/aizu/list/img/goroube.jpg

正式屋号:五郎兵衛飴本舗

出典元:http://www2.fun.ne.jp/shinise/thumb/2012/04/hasegawa-thumb-300×300-904.jpg

当主:38代目五郎兵衛 長谷川久雄

主な取扱商品:「五郎兵衛飴」

商品案内:以下参照

800年前から続く「五郎兵衛飴」の色は、まさに「飴色」。琥珀にような透き通る輝きをもち、食感はゼリーとグミの中間のような柔らかさ。材料はもち米と麦芽と寒天のみ。昔から変わらぬ製法で作られ、口に入れると自然な甘さが広がります。飴づくりは午前3時ころから始まります。もち米と麦芽を合わせて糖化させ、袋に入れてしぼり、じっくり煮詰めます。寒天と合わせて乾燥。手で切り、一つ一つ手作業で大切に包装します。年末年始と十日市のみで販売される「水あめ」は、夏は溶けてしまうため、冬場にしか食べることができない限定品。「切らづ」とも言われ、「良縁を切らない」とされる縁起ものです。

参考価格:6個入り350円・18個入り1050円・24個入り1400円(税込価格)

店舗基本情報:以下参照

五郎兵衛飴本舗(ごろべいあめほんぽ)は鎌倉時代・文治4年(1189年)創業の会津の老舗和菓子店です。創業家である長谷川家は、前九年の役(1051 – 1062)に八幡太郎義家にしたがい下向し土着したとされ、飴業を業としたのは、治承年間(1177 – 1181)と伝えられています。

所在地:福島県会津若松市行仁町12-12

問合せ:0242-22-3686

営業時間:8301830

定休日:年中無休

オンラインショッピング:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


3「上越/大杉屋惣兵衛」

公式サイト:http://ohsugiya.com/okinaame.html

出典元:http://ohsugiya.com/img/awaame_1.jpg

出典元:http://ohsugiya.com/img/kuriame_bin_big.jpg

出典元:http://ohsugiya.com/img/honcho.jpg

正式屋号:「大杉屋惣兵衛本店」

主な取扱商品:「栗飴」

商品案内:(HPより)以下参照

粟飴とはもち米と麦芽からつくった古伝の水飴(米飴)です。蒸し上げたもち米に麦芽を加えることで、酵素の働きにより砂糖を一切使わず、自然の甘味を出しております。粟飴の名はその昔,粟を用いて水飴を作っていた名残で,最近は自然食品として喜ばれております。そのままお食べいただく以外にも 紅茶など飲み物への砂糖のかわりとして、 また料理への調味料として、自然な甘味をお使いいただけます。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:http://ohsugiya.com/img/about_top.jpg

創業1592年、にぎわった街道の地でそのままに、江戸時代からの遺構を残す建物で当時と変わらぬ製法を守り続けております。初代がこの地で粟から水飴をつくり始めてから四百年。この間、代々これを受け継ぎ、工夫を重ね、もち米と麦から淡黄透明な水飴をつくることに成功しました。これが街道を往き交う参勤交代の諸大名や旅人によって越後追分の大あめやの名で江戸表まで伝わりました。また、この水飴を角に固めた翁飴は、歴代高田城主の御用を命ぜられ近年では、天皇陛下(皇太子のみぎり)越路ご来遊のおりにお買いあげ賜りました。古傳を守り、ひたすら真の味を求めて精進いたしております。

所在地:943-0832 新潟県上越市本町5丁目331

問合せ:025-525-2500

営業時間:9001800

定休日:木曜日

ご注文について:http://ohsugiya.com/order.html


4「中央区/神茂」

公式サイト:https://www.hanpen.co.jp/

出典元:https://www.hanpen.co.jp/upload/save_image/products/1/img_main3.jpg

出典元:https://www.hanpen.co.jp/upload/save_image/products/1/img_main1.jpg

出典元:https://www.hanpen.co.jp/upload/save_image/products/1/img_main2.jpg

出典元:https://www.hanpen.co.jp/user_data/packages/hanpen/images/user_data/about/shop/img_shop.jpg

正式屋号:「日本ばし神茂」

主な取扱商品:「はんぺん」

商品案内:(HPより)以下参照

神茂の半ぺんは真っ白で非常に肌理が細かく、なかは空気を含んでふんわり軽く、魚の旨みが口の中に広がります。この美味しさや食感を出すために、よし切り鮫と青鮫の一番肉を一度ミンチにかけてから漉し機にかけた後、石臼ですりあげます。石臼は杵ですりつぶして練るため、魚肉の細胞組織を破壊しにくく、旨みが残るのです。水分や気泡が丁度いい具合になるように、すり時間を調整します。さらに肌理の細かな半ぺんに仕上げるために、すり上がった身を再度微小な目の濾し機にかけ調味料を均一になじませ、身の肌理を整えます。そうしてすり上がったものを、腕の確かな職人が一つ一つ狭匙(せっかい)という木べらを使い、型に盛り、回しながらたたいて身を膨らませます。手取りをすることで、ふっくらと空気をふくんだ、神茂ならではの半ぺんに仕上がります。この二度漉す独特の工程は神茂ならではの工程でしたが、先代が他の半ぺん業者に公開したので、当時の工場長と先代が揉めたほどです。 先代は半ぺん業界の繁栄を考え、工場長は自社を愛する気持ちから同業者に手の内を見せるのが嫌だったのでしょう。そのような先人達のこだわりを現在の職人達も引き継ぎながら守られてきた、神茂の味は320年経った今も、多くの方にご贔屓にしていただいております。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:https://www.hanpen.co.jp/user_data/packages/hanpen/images/user_data/about/history/img_book2_l.jpg

東京・日本橋はかつて魚河岸があり、関東大震災で焼失し築地に移るまでの三百余年、江戸の台所として賑わっていました。その当時、鮫のヒレは幕府の重要な輸出品で、 そのヒレを取った残りの鮫を利用して、半ぺんを造り始めました。創始者が関西方面の神崎というところの出身だったので 、江戸時代には「神崎屋」という屋号を使っていましたが、代々神崎屋茂三郎を襲名するようになり、 明治に入り「神茂」という屋号に改めました。屋号は変わっても、半ぺんや蒲鉾ひとすじに精進してきた伝統の味わいの評判は変らず、東京自慢名物会の木版画にも 「魚市場神茂」と題して、詠われております。名物と世にめでられて昔より変わらぬ味の月の蒲鉾」。「商売はあまりおおきくしてはいけないよ。 大きくするとどうしても目が行き届かなくなる。食べ物は一度まずいものを売って評判を落としたら、 二番が続かない。また買いに来ていただけるように、ていねいにいい品を造ることがいちばん大事なんだよ」こうした先人の言葉が、神茂320年の伝統を支えています。

所在地:103-0022 東京都中央区日本橋室町1丁目118

問合せ:03-3241-3988

営業時間:10001800(土曜日は~1700まで)

定休日:日曜祝祭日

お買い物ガイド:https://www.hanpen.co.jp/user_data/guide/


5「能登/しら井」

公式サイト:http://konbuya-shirai.com/shouhin/

出典元:http://konbuya-shirai.com/shouhin/images/11.jpg

出典元:http://konbuya-shirai.com/youkoso/images/03.jpg

正式屋号:「株式会社しら井」

主な取扱商品:「昆布(海産物處)」

出典元:http://konbuya-shirai.com/shouhin/images/12.jpg

出典元:http://konbuya-shirai.com/shouhin/images/04.jpg

出典元:http://konbuya-shirai.com/shouhin/images/05.jpg

商品案内:(HPより)以下参照

昆布巻・にしんの飴だき・昆布豆」は一年間寝かした肉厚の日高昆布を原料に、能登のイシリを隠し味に、国内産の具材、地元醤油、ザラメ砂糖のみで、昔ながらにお鍋でコトコト、コトコト、毎日56時間炊き上げて手作りしております。「手削り昆布」は天然利尻昆布を原料に、昆布を柔らかくする米酢以外の一切の味付けをしておりません。一枚一枚手削りした職人の技をお味わいいただきたいと思います。ダシ昆布は天然一等検査物を主体に提供させていただいており加工品も全て国内産を原料に、極力添加物を使用しないよう心がけております。

「こんぶ暖簾」出典元:http://konbuya-shirai.com/youkoso/images/06.jpg

店舗基本情報:(HPより)以下参照

しら井は、創業80余年を通して、昔ながらの商いのこころで、商品だけでなく地に根ざしたおつきあいを大切にしております。単に商品を購入していただくということだけでなく、ほっと心をやすらげてさしあげられればとか、旅の思い出のひとコマになれればとか、大切な自然の恵みへの愛情などを感じていただければとの思いで、主の顔や気配が見えるお店づくりや空間から、商品のひとつひとつにまで地に根ざした心配りを大切にしているつもりでございます。 しら井のお出迎えはこんぶ暖簾です。七尾店の一本杉通りは暖簾通りとしても風情を大切にしております。題字は七尾出身の日展会友書家で映心会主宰の三藤観映先生からいただきました。

七尾店所在地:926-0806 石川県七尾市一本杉町100

問合せ:0767-53-0589

営業時間:午前9時~午後630

定休日:2・第4火曜日

オンラインショッピング:(HPより)ご不便ではありますが、ホームページ上でのご注文には対応しておりません。電話、FAXのみでの承りとさせていただいております。商品をいくら言葉で飾り立てても実物にはかないません。是非一度、金沢へ、能登へおいでいただき、実物を手にして味わっていただきたいと思っております。その結果、多くの方々との永いお付き合いを続けさせていただいておりますので、どうかご了承くださいませ。


6「豊橋/ヤマサちくわ」

公式サイト:https://yamasa.chikuwa.co.jp/

「特製ちくわ」出典元:https://yamasa.chikuwa.co.jp/item/images/popular_cat1.jpg

「豆ちくわ」出典元:https://yamasa.chikuwa.co.jp/item/images/popular_cat2.jpg

「山芋かき揚」出典元:https://yamasa.chikuwa.co.jp/item/images/popular_cat4.jpg

正式屋号:「ヤマサちくわ株式会社」

主な取扱商品:「ちくわ」

商品案内:(HPより)以下参照

南に太平洋、西に三河湾をのぞむこの街は、旬の魚介類が休むことなく入ってくる恵まれた土地。そんな豊橋だからこそ、「ヤマサちくわ」は誕生し、190余年にわたる歴史を築いてきました。原料である「魚」にこだわって、手間を惜しまず、伝統の味を守り続けている「ヤマサちくわ」。豊橋が生んだ美味しさを、皆さまのもとへお届けします。ヤマサちくわでは、原料に新鮮なグチ、エソ、ハモを使用。昔と変わらぬ原料へのこだわり。これがヤマサちくわならではの美味しさを作り出す秘訣です。そして、長年伝承されてきた職人の技がヤマサちくわの味を決定します。材料の選別、練り具合、焼き加減。厳しい目と舌を持つ職人が、老舗の味を守り続けています。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:https://yamasa.chikuwa.co.jp/info/images/yamasa1_p2.jpg

出典元:https://yamasa.chikuwa.co.jp/info/images/about_p1.jpg

創業:文政10年(1827年)創業

吉田宿(豊橋)で魚問屋を営んでいたヤマサちくわの祖先佐藤善作が、四国の金比羅様に代参した時のこと。その地で名物として売られていたのが、ちくわでした。なかなか目新しく、食べてみると味もいい。海産物に恵まれた地である豊橋地方は原料となる魚には事欠かない、善作は帰国するとさっそく製造にとりかかりました。ちくわの販路は、当時塩を運んでいたルート「塩の道」を使い、魚類が不足している信州にも広げられました。そこで生まれたのが「塩漬けちくわ」です。徒歩か馬で物を運んでいた時代のこと、ちくわを一日でも長く保たせるために、塩を使ったのです。ちくわの穴に塩をつめ、さらに上から塩をふった「塩漬けちくわ」は、豊橋のちくわ発展の源となりました。このちくわは谷川の水に一昼夜ひたして塩気を抜いたそうですが、ほどよい塩加減で大変な人気でした。平成9年、創業170周年を向かえたヤマサちくわでは、記念行事として「塩の道」キャラバンを実施しました。)吉田(豊橋)の地は、かって伊勢の領地とされるなど、魅力的な土地でした。そのひとつは、豊富な海の幸に恵まれていたこと。今から450年ほど前の時代(天文6年)、今川義元公隆盛の頃、伊良湖より東海道・新居の宿にいたる片浜十三里の海で獲れた魚は、必ず熊野権現神社境内で売り買いしなければいけないと決められていました。そのため魚類が一定の場所に豊富に集荷され、大いに賑わったのです。当時は魚市場という名前はまだありませんでしたが、慶長5年に正式な許可が下り、活気あふれる魚市場の誕生となりました。この熊野権現神社周辺は、魚町と呼ばれ、ヤマサちくわもここに本店を構えています。

所在地:愛知県豊橋市下地町橋口301

問合せ:0532527139(代表)

オンラインショッピング:https://yamasa.chikuwa.co.jp/shopping/

≪次ページパート2≫もご覧ください


7「上田/飯島商店」

公式サイト:https://misuzuame.com/

参考サイト:https://misuzuame.com/sp/ame/

出典元:https://misuzuame.com/sp/common/img/ame/img01.jpg

出典元:https://www.misuzuame.net/pic-labo/catmain01.jpg

正式屋号:「みすゞ飴本舗 株式会社飯島商店」

主な取扱商品:「みすゞ飴」

商品案内:(HPより)以下参照

みすゞ飴は明治・大正期から飯島商店が作り続けている100年の歴史ある、長野県の乾燥ゼリー菓子です。6種類の完熟国産果汁に、寒天とグラニュー糖と水飴を加えてゼリーにしたもので、無香料・無着色にこだわり、今も昔もひと粒ひと粒を手作りしています。。表面はオブラート(デンプンから作られる薄い膜で、そのまま食べられます)でコーティングされ、乾燥による濃縮で保存性を高めています。食感は新潟の伝統菓子の翁飴に近く、濃厚なジャムのような風味があります。 なお、みすゞ飴の「みすゞ」とは信濃の国の枕詞の「みすゞかる」に由来しています。原典は、万葉集にある久米禅師(くめのぜんじ)と石川郎女(いしかわのいつらめ)が詠んだ二首です。

「明治期の水飴ラベル」出典元:https://misuzuame.com/html/image/outline-n15.jpg

「大正期のみすゞ飴パッケージ」出典元:https://misuzuame.com/html/image/outline-n12.jpg

父才治の死により当主となった時、飯島新三郎は16歳。早くからその辣腕を発揮し、飯島商店のみならず、旅館事業、10銭ストア(現在の100円ショップにあたる)、ガス事業、鉄道事業、鉱山事業など、多岐にわたる事業へと精力的に取り組みました。 新三郎は飯島商店の水飴での成功だけで満足していませんでした。 それは、時を越えてお客様に愛していただける製品とは、信州ならではの製品でなければならないという思いです。あらかじめ翁飴(水飴と寒天で作った乾燥ゼリー菓子)の製造に着手していた新三郎は、この翁飴に信州特産の果物を加えた新種の翁飴を明治の末に発売しました。これが原型となり、みすゞ飴となっていきます。美しく古風な響きのある「みすゞ」とは信濃国の枕詞です。発売と同時にみすゞ飴は本物志向の味覚を追求したお菓子として爆発的にヒットし、信濃の国を代表する甘露としてまたたく間に全国へとその名を知られていったのです。これを契機にして、飯島商店は原料水飴下請け会社から脱却し、大正8年に株式会社化しました。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:https://misuzuame.com/html/image/outline-n5.jpg

出典元:https://misuzuame.com/html/image/shopguide-n4.jpg

出典元:https://misuzuame.com/html/image/shopguide-b3.jpg

創業:1816(文化13)年屋号「油屋」で創業

株式会社会社設立:1919(大正8)年815

上田駅から歩いて2分の上田本店は、大正13年(1924年)に飯島商店の本社ビルとして建てられました。以来90年、大正ロマンを象徴する駅前ランドマークとして今も昔も愛され続けています。平成19年には国指定登録有形文化財となり、上田を代表する観光スポットでございます。石目造りの壁に鉄柵、シャンデリアの灯る格調高い店内。洋風文化の華やかさとともに、どことなく和風の落ち着きを感じられるアンティークな空間で、ごゆっくりとショッピングのひとときをお過ごしくださいませ。

所在地:386-0012 長野県上田市中央1丁目121

問合せ:0268-23-2150

営業時間:10001800

定休日:年中無休12/31午後、1/1を除く)

オンラインショッピング:https://www.misuzuame.net/SHOP/176108/176111/list.html


8「伊賀上野/宮崎屋」

公式サイト:http://www.ict.ne.jp/~myzky/

参考サイト:http://www.igaportal.co.jp/store/?p=1010

出典元:http://www.igaportal.co.jp/store/files/2011/09/302_01.jpg

出典元:http://www.igaportal.co.jp/store/files/2011/09/420_042.jpg

出典元:http://www.igaportal.co.jp/store/files/2011/09/420_02.jpg

正式屋号:「養肝漬 宮崎屋本店」

主な取扱商品:「漬物(養肝漬)」

商品案内:(HPより)以下参照

養肝漬(ようかんづけ)とは伊賀盆地特産の白瓜の芯を抜き、その中にしそ、生姜、大根、胡瓜等を細かく刻んだ物を詰め、たまり醤油にて昔味で2年、新味で1年の間自然熟成させたお漬物です。日持ちの良さはご進物にも最適です。由来は、藩主藤堂高虎が陣中に食料として常備し、武士の志気を養う、つまり肝っ玉を養う漬物という事で、養肝漬と命名されました。また忍者の携帯食ともいわれています。薄く輪切りにしたものを、温かいご飯の上にのせ、熱いお茶を注ぎますと、おいしい養肝漬茶漬けの出来上がりです又細かく刻んで、胡瓜もみにちらしますと、カッパ茶漬けとなります。おにぎりにしてもおいしくいただけます。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

「旧本店」出典元:http://www.ict.ne.jp/~myzky/img/photo_02.jpg

「現在の本店」出典元:http://www.igaportal.co.jp/store/files/2011/09/302_03.jpg

弊店が位置する伊賀地方は、布引山系、鈴鹿山系を背後に水は伏流水に恵まれ、また伊賀盆地の寒暖の差のある気候は霧深く、酒や漬物等の醸造に伊賀独特の影響を与えています。慶応元年創業の弊店は、六代に渡り養肝漬を造りつづけて参りました。現在も明治時代に製作された大型木製樽を使用し、こだわりのある醸造をしております。

所在地:518-0869 三重県伊賀市上野中町3017

問合せ:0595-21-5544

営業時間:8301830

定休日:毎月第一木曜日(8月と12月を除く)11

オンラインショッピング:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


9「京都/一文字屋和舗」

公式Facebook https://www.facebook.com/%E3%81%82%E3%81%B6%E3%82%8A%E9%A4%85-%E4%B8%80%E5%92%8C%E4%B8%80%E6%96%87%E5%AD%97%E5%B1%8B%E5%92%8C%E8%BC%94-128558460613033/

参考サイト:https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260503/26001669/

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/108164/320x320_rect_108164706.jpg

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/1558/320x320_rect_1558145.jpg

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/108164/320x320_rect_108164690.jpg

正式屋号:「一文字屋和舗」

飲食店としては日本最古の老舗。店名の看板表記は「一文字屋和助」あるいは「あぶり餅 一和」とも表記され、通称は「一和」。前述の通り「一文字屋和」とも「一文字屋和」とも書き、正式表記は不明。

主な取扱商品:「あぶり餅」

商品案内:以下参照

今宮神社参道では二軒がお互いが向き合うように建てられた「一和」と「かざりや」があります。その両方のあぶり餅を食べ比べる方も多いと聞きますが、あぶり餅とは、きな粉をまぶした親指大の餅を竹串に刺し、炭火であぶったあと白味噌のタレをぬった餅菓子または、串にさしてあぶったおかきや煎餅のことです。あぶり餅で使われる竹串は、今宮神社に奉納された斎串(いぐし)で、今宮神社で毎年4月の第2日曜に行われるやすらい祭の鬼の持つ花傘の下に入ると御利益があるのをたとえとし、食べることで病気・厄除けの御利益があるとされ、親しまれています

参考価格:メニューはあぶり餅のみ。

価格はすべて税込表示。

お召し上がり 一人前(13) 500

お土産 三人前 1,500~

お土産は三人前から注文可能。

店舗基本情報:以下参照

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/1558/320x320_rect_1558143.jpg

出典元:https://tblg.k-img.com/restaurant/images/Rvw/108164/320x320_rect_108164703.jpg

平安時代頃からある日本最古の和菓子屋とされ、今宮神社参道で応仁の乱や飢饉のときに庶民に振る舞ったといういわれがあります。1000(長保2)創業という、とんでもない歴史があるあぶり餅一筋のお店で、昔ながらの土間が広がる店内や店先には、腰掛やイスがたくさん設置されています。でも店内は開けた状態なので、暖を取りたい場合は、奥にある小上がり座敷席がお勧めです

所在地:603-8243 京都府京都市北区紫野今宮町69今宮神社東門北側

問合せ:075-492-6852

営業時間:10001700

定休日:水曜日

オンラインショッピング:・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


10「大阪/小倉屋」

公式サイト:http://www.ogurakonbu.co.jp/profile.html

出典元:http://www.ogurakonbu.co.jp/image/details/pl_takumi.jpg

出典元:http://www.ogurakonbu.co.jp/wp-content/uploads/2018/02/IMG_0613-768×452.jpg

「山椒昆布」出典元:https://shop9-makeshop.akamaized.net/shopimages/oguraya1848/0000000000322.jpg

正式屋号:「をぐら屋」

主な取扱商品:「昆布」

山椒昆布商品案内:(HPより)以下参照

兵庫県但馬産の朝倉実山椒と肉厚の真昆布を共に炊き上げると山椒の爽やかな香味が食欲を増してくれます。温かいご飯と一緒に。お茶漬けにも。織田作之助の小説(1939)「夫婦善哉」の一説に、『戎橋の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさになる』当時から好評いただいている定番商品です。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:http://gigaplus.makeshop.jp/oguraya1848/images/about01.jpg

昆布商小倉屋初代当主の松原久右衛門は、びん付油商小倉屋に奉公し、無事勤め上げた後、暖簾(のれん)分けの許しを得ましたが、当時の慣習として同業の商いはご法度とされていました。そこで、昆布商の暖簾を揚げたのが嘉永元年(1848年)、その後四代目当主の池上時三郎が戎橋筋に出店し現在に至っています。共通の屋号(ブランド名)である「小倉屋」、「をぐら昆布」を名乗ることのできる暖簾分け制度によって現在約40社を数えるに至りました。おかげ様で160年以上にわたり大阪でもっとも伝統のある昆布の老舗として親しまれています。先人から受継がれた昆布への情熱は今も変わらず、暖簾にふさわしく本物の素材、本物の味にこだわり、伝統の技と真心をもって昆布の美味しさを伝え続けています。大阪なんば戎橋筋商店街の本店では圧倒的に豊富な種類、さまざまな昆布関連商品を取り揃えております。お客様の多様なご要望にもお答えしておりますので、きっとご満足いただけるものと存じております。その他の直営各店でも、専門のスタッフが真心をこめて応対いたしております。各種商品の量り売りやお買い得商品も取りそろえております。ぜひお近くの直営店までおこしくださいませ。

小倉屋株式会社所在地:542-0076 大阪市中央区難波1丁目612

問合せ:06-6211-0012 【フリーダイヤル】0120-188889

営業時間:9302100

定休日:年中無休

オンラインショッピング:http://oguraya-shop.jp/


11「長崎/小野原本店」

公式サイト:https://onohara.co.jp/

出典元:https://img21.shop-pro.jp/PA01408/046/slideshow/slideshow_img_c86573.jpg?cmsp_timestamp=20180222172900

出典元:https://onohara.co.jp/wp-content/themes/onohara/images/products/karasumi/special-1.jpg

出典元:https://img21.shop-pro.jp/PA01408/046/slideshow/slideshow_img_b4abed.jpg?cmsp_timestamp=20190618131227

正式屋号:からすみの「小野原本店」

主な取扱商品:「からすみ」など海産物

商品案内:(HPより)以下参照

からすみの発祥は、紀元前古代ギリシャやエジプトなど地中海沿岸部と言われています。冷蔵保存ができない時代、生の食品を保存する方法として塩付け、天日干しが考えだされたようです。その後、地海沿岸全域に広がり、現在のイタリア、フランス、スペイン、トルコでも造られています。日本でのからすみの歴史は、安土桃山時代に中国から長崎に伝来したのがはじまりと言われています。元来は舶来品だったからすみが日本でも造られるようになったのは江戸時代初期のこと。中国から伝来時よりサワラの卵で造られていましたが、長崎半島の先端部に位置する野母崎地方でよく捕れていたボラの卵で製造したことから、長崎の名産品として日本中に知られるようになったのです。小野原本店では創業以来六代に渡り無添加・無着色、その時代に合わせた味加減にこだわり、からすみづくりを続けています。また、近年ではもっと気軽に楽しんで頂けるようにとご家庭用にもぴったりな製品の開発に励んでいます。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:https://onohara.co.jp/wp-content/themes/onohara/images/home/main/carousel-01_logo.png

出典元:https://onohara.co.jp/wp-content/themes/onohara/images/history/shop.png

小野原家は佐賀県鹿島の出身です。初代甚右衛門が長崎に出て本下町にカツオ船主体の漁業と海産物商を創業したのが安政六年(1859年)、安政開国の年です。二代目善蔵は初代を受け継ぎ、安政から昭和の時代まで永きに渡り小野原家を繁栄させ、カツオ漁をやめ、海産物主体の事業に専念したとのことです。三代目孫一を経て四代目栄次に代が変わり、五代目の善一が生まれたのが大正十年。その頃には小野原商店(現在は(株)小野原本店)は築町の現在地に移り、築町の公設市場は小野原市場として親しまれてきました。

所在地:850-0877 長崎県長崎市築町323

問合せ:0120-480-261

営業時間:9001900(日曜は10001800

定休日:年中無休

オンラインショッピング:https://shop.onohara.co.jp/


12「鹿児島/下園薩男商店」

公式サイト:https://marusatsu.jp/tabi/

参考サイト:http://go-akune.jp/spots/detail/139

参考サイト:https://iwashibldg.jp/workwear/

出典元:https://marusatsu.jp/company/images/main01.jpg

出典元:https://marusatsu.jp/company/images/ph01.png

出典元:https://marusatsu.jp/company/images/ph02.png

正式屋号:株式会社下園薩男商店

主な取扱商品:「丸干し(「旅するイワシ」)」

商品案内:(HPより)以下参照

黒潮に育まれた新鮮な海の幸を原料に、丸干しを主とした塩干魚の製造を行っています。
初代の下園薩男は大正10 年に生まれ、18歳の頃に創業。県内はもとより、福岡、大阪、東京、海外へも目を向け、広く商いを行いました。その志を現社長・下園満が受け継ぎ、鹿児島の干物を全国へお届けしています。当社の丸干しは、前浜の阿久根で旬の610月の朝46時の獲れた餌食いの少ない原料を使用し、その日のうちに国産塩で塩水漬けにして干し上げたもの。素材の良さと鮮度を生かした丸干しの味と品質は、全国の方々にご愛顧いただいています。

店舗基本情報:(HPより)以下参照

出典元:http://go-akune.jp/files/cache/200e5480e05cccc0d5ab73dac85fcc95_1485241069.jpg

創業昭和14年から続くウルメイワシ丸干しを主に取り扱う会社です。創業者下園薩男は鹿児島だけでなく、福岡、大阪、築地と販路を広げ、二代目の下園満が品質管理を高め、丸干し屋では珍しい品質管理の世界基準であるHACCPも取得しております。現在では日本全国、海外へも丸干しを販売しており、売上の6割は関東エリアが占めています。地元阿久根は丸干し屋が10数件残る日本でも珍しい地域です。魚の品質により買い付け価格が十倍近く違う事もあり、漁師の方々も品質の良い魚を獲ってこようとしてくれます。その中でも一番良いとされているのが朝方4時~6時に獲れるウルメイワシで、お腹の中にエサが無く、苦みが少ない美味しい丸干しに仕上がります。企業理念「今あるコトに一手間加えそれを誇り楽しみ人生を豊かにする」この企業理念の元に、業務用で販売していた丸干しを、個包装化し、品質管理を強化してきました。そして2013年に丸干しをオイル漬けにし、今まで丸干しを食べていなかった方への商品「旅する丸干し」を作る等、その地域の伝統や文化に一手間加え、自分達も楽しみながら新しい見せ方を心がけています。そうすることで、豊かな人生がおくれると信じています。

本社所在地:899-1741 鹿児島県阿久根市大川54

問合せ:0996-28-0200

オンラインショッピング:https://maruboshi.thebase.in/