全国小京都2019

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10「静岡県周智郡森町」(遠州の小京都)

参考サイト:https://www.mori-kanko.jp/

出典元:https://www.mori-kanko.jp/assets/img/about/img_aboutHistory03.jpg

基本情報:遠州森町は静岡県西部の山間地にあり、三方を小高い山々に囲まれ、町の中央を清流「太田川」が流れ、どこか京都に似た風情を感じる町。 その昔、火伏せの神「秋葉山」へ通ずる秋葉街道の宿場町として賑わい、今も街道脇に残る格子戸の町家や路地裏の土蔵はその時代の名残です。 大正12年(1923年)7月、森町を訪れた地理学者「志賀重昂(しがしげたか)」は、山紫水明のこの町を「小京都」と称賛し、以来遠州の小京都と呼ばれるようになりました。

主要なスポット:以下参照

「友田家住宅」

参考サイト:https://www.mori-kanko.jp/touristdetail/tomoda.html

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_22461ae2180022521/

出典元:https://www.jalan.net/jalan/img/2/spot/0022/KXL/22461ae2180022521_2.jp

概要:町中心部より吉川沿いに13キロほど上流にある友田家は、平家の落人(おちうど)としてこの地に移って以来の旧家。現在残っている家は300年前に建てられたもので、その構造は「片喰違い型」と呼ばれている。「狼よけ」などの珍しい格子も見ることが出来ます。

所在地:437-0202  静岡県周智郡森町亀久保336

問合せ:0538-87-0221

「城下の家並み」

参考サイト:http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai1/morimati.htm

出典元:http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai1/mori8.JPG

出典元:http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai1/mori5.JPG

概要:藤江家をはじめ見応えのある民家が残る城下の町並みは、上から見るとノコギリの歯のように見えます。敵が来るのを待ち伏せするためにできたという伝承がありますが、実際は曲線の自然堤防の上に家屋が建てられたので、隣の家と少しずつずらして作らざるを得なかったとされています。

所在地:静岡県周智郡森町城下

問合せ:0538-85-6319 森町観光協会


11「愛知県西尾市」(三河の小京都)

参考サイト:https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/traditional/little-kyoto/

出典元:https://img.travel.rakuten.co.jp/mytrip/content/traditional/little-kyoto/images/10-1_udhitora-yagura.jpg

出典元:https://img.travel.rakuten.co.jp/mytrip/content/traditional/little-kyoto/images/10-2_cyouchin-matsuri.jpg

基本情報:鍵万燈と呼ばれる旧盆に薪を鍵状に連ねて燃やす行事は、京都の大文字焼きを真似たのが始まりだと伝えられています。駅前を流れるみどり川には、京都風に二条から四条と名づけられた橋が架かっており、抹茶の産地でもありますまた重厚な雰囲気を持つお寺、短いながらも昔の面影を残す「順海の路地」と呼ばれる通りもあります。承久の乱での功績より足利義氏が守護となり、西尾城の前身である西条城を築城したのが城下町西尾の始まりと伝えられています。関ヶ原の合戦後、本多康俊が藩主として入城、その後、藩主は、松平、本多、太田、井伊、増山、土井、三浦と、いずれも譜代大名の間で何度も交代しています。中でも六万石に加増となったのは、代々幕府の要職を務めた松平家になってからです。天守閣をはじめとするお城は明治維新に際して取り壊されました。今は公園となり、本丸丑寅櫓(ほんまるうしとらやぐら)、鍮石門(ちゅうじゃくもん)が復元されています。変わっているのは、西尾城は天守閣が本丸ではなく二の丸にあったことでも有名です

主要なスポット:以下参照

「西尾市歴史公園」

参考サイト:http://nishiokanko.com/list/shop/nishiorekishikouen

出典元:http://nishiokanko.com/wp-content/uploads/2017/08/rekishikouen-3-e1503307507904.jpg

出典元:http://nishiokanko.com/wp-content/uploads/2017/08/rekishikouen-1-1024×681.jpg

概要:六万石の城下町の威容を今に伝える歴史公園 江戸時代に西尾藩六万石の城であった西尾城は、鎌倉時代初期に足利義氏が築城した西条城が始まりと伝えられます。 西尾市歴史公園は、その一部を再建・復元した公園で、園内には本丸丑寅櫓(ほんまるうしとらやぐら)や二の丸の表門である鍮石門(ちゅうじゃくもん)、数奇屋風邸宅の旧近衛邸や椿の庭、京風庭園が美しい尚古荘などが見学できます。旧近衛邸では西尾名産のお抹茶を飲むこともできます。 また、一角には西尾城時代の資料が展示された西尾市資料館もあります。 ※入園無料

所在地:445-0864 西尾市錦城町231-1

問合せ:0563-54-6758(旧近衛邸)

入場時間:9:0018:0010月~3月は~17:00

休業日:毎週月曜日(祝日を除く)1229日~翌年13日 ※園内散策は常時、自由に出来ます。

「旧糟谷邸」

参考サイト:http://nishiokanko.com/list/shop/kyuukasuyatei

出典元:http://nishiokanko.com/wp-content/uploads/2017/08/kasuyatei-1-e1503636894909.jpg

出典元:http://nishiokanko.com/wp-content/uploads/2017/08/kasuyatei-3-e1503636907617.jpg

概要:豪農・豪商の糟谷縫右衛門家の屋敷 糟谷(かすや)家は代々縫右衛門(ぬいえもん)を名乗り、吉良の大地主として三河木綿問屋、金融業、肥料、日用雑貨の卸小売で財をなした豪商・豪農です。その主屋と長屋門、土蔵2棟、屋敷神が県指定文化財となっています。 表千家久田流の茶室・庭園、小牧陣屋から移築されたといわれる長屋門など、富裕階層の生活ぶりをうかがうことができる貴重な屋敷です。

入館料:高校生以上300円(中学生以下は無料)

尾﨑士郎記念館、書斎とを併せた金額です

所在地:444-0524 西尾市吉良町荻原大道通18-1

 

「肴町通り・順海町(唯法寺・崇覚寺)」

参考サイト:http://nishiokanko.com/course/model004

参考サイト:http://network2010.org/article/263

参考サイト:http://nishiokanko.com/wp-content/uploads/2017/09/04-6.jpg

出典元:http://network2010.org/contents/files/mado/aichi_mado_photo/312aichi_mado_12.jpg

概要:市内で一番城下町のたたずまいが残っている場所で徒歩散策すると小京都西尾の雰囲気お楽しみいただけます。肴町通りは城内の消費生活を支える日用品が商いされる商店街でした。また、伊文神社の祇園祭の練り物の一つ大名行列(市指定文化財)が7月に催されます。順海町通りは天王町から肴町へぬける小径です。順海町の地名の由来は、唯法寺の和尚順海がこの道を開いたことによると伝えられています。

所在地:西尾市肴町通り・順海町界隈


12「兵庫県丹波篠山市」(丹波の小京都)

参考サイト:https://visit.sasayama.jp/category/tourist-facilities

出典元:https://visit.sasayama.jp/wp-content/uploads/2017/03/dekansho1-800×600.jpg

出典元:https://visit.sasayama.jp/wp-content/uploads/2017/03/inari1-800×600.jpg

基本情報:「丹波の小京都」と呼ばれている篠山は、雰囲気ある茅葺の町並みがあたたかい城下町。京都と山陰山陽を結ぶ、要衝としての役割を果たしていました。

主要なスポット:以下参照

「篠山市立武家屋敷安間家資料館」

参考サイト:http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/anma_top.htm

出典元:http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/phot/img_ANMA2015.jpg

概要:安間家史料館は天保元年(1830)以降に建てられた武家屋敷で、平成6年(199410月から翌年3月にかけて全面的な改修を行い、史料館として一般に公開したものです。江戸時代、篠山城の外堀の周縁には、その身分によって武家屋敷が配置されていました。安間家は篠山藩主青山家の家臣で、「高123人扶持」の禄を得る下級武士の一家でした。その住宅は通称「御徒士町」と呼ばれる武家屋敷群の一角にある標準的な徒士住宅で、茅葺で曲屋形式の母屋と瓦葺の土蔵が残っており、当時の武家の暮らしを伝えています。内部には、安間家に伝来した古文書や日常に用いられた食器類や家具をはじめ、のちに寄贈を受けた篠山藩ゆかりの武具や史料を展示しています。旧安間家住宅は、平成6520日に篠山市指定文化財となっています。

所在地:669-2334 兵庫県篠山市西新町95

問合せ: 079-552-6933

 

「篠山城大書院」

参考サイト:http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/osyoin_top.htm

出典元:http://www.withsasayama.jp/REKIBUN/osyoin/IMG_4867.jpg

概要:1609年の篠山城築城と時を同じくして建てられました。木造住宅建築の書院として非常に大きな規模を誇り、京都・二条城の二の丸御殿に匹敵するような建物です。ぜひ見ておきたいのが、上段の間にある障壁画。江戸時代初期に狩野派によって描かれた屏風絵を転用したもので、当時の雰囲気が生き生きと感じられます。

所在地:兵庫県篠山市北新町2-3

問合せ:079-552-4500

入館時間:9001700

入館料:400円(大人) 200円(高校・大学生) 100円(小・中学生)

 

「鳳鳴酒造ほろ酔い城下蔵」

公式サイト:https://houmei.wixsite.com/houmeisyuzou/kura

参考サイト:https://wondertrip.jp/69807/

出典元:https://wondertrip.jp/wp-content/uploads/2016/07/pixta_14290899_M.jpg

概要:ほろ酔い城下蔵の玄関口は本社蔵と隣接する築200年以上前の西尾邸で、江戸期の建物そのままの雰囲気で皆様をお出迎え致します。ほろ酔い城下蔵の見学施設は、江戸時代(寛政九年:1797年)から続く酒蔵を整備、改装したもので、実際の酒造りに使っていた古い道具を展示したり、清酒の製造工程をパネルで紹介しています。篠山市の中心地である篠山城の城下町に位置し(呉服町)、観光のメッカである中央商店街に面しており、すぐ斜め前には篠山市立歴史美術館があります。

所在地:669-2322 兵庫県丹波篠山市呉服町46

問合せ:079-552-6338


13「兵庫県出石町」(但馬の小京都)

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_28561ad2150016879/photo/?screenId=OUW2201&influxKbn=0

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/8/kuchikomi/1398/KXL/57e1b_0001398707_1.jpg

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/8/kuchikomi/0008/KXL/bac61_0000008007.jpg

基本情報:兵庫県北部、豊岡市にある城下町「出石(いずし)」は、碁盤の目状の町に歴史的建造物が並ぶことから “但馬の小京都” と呼ばれています。雄大な山々に囲まれたレトロな町を歩けば、まるでタイムスリップしたような気分を味わえます。

主要なスポット:以下参照

「出石城下町の街並み」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_28561ad2150016879/photo/?screenId=OUW2201&influxKbn=0

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/7/kuchikomi/0527/KXL/3d07c_0000527893_1.JPG

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/1/kuchikomi/3971/KXL/87d3a_0003971143_3.JPG

概要:出石は古事記・日本書紀にもその名があらわれ、垂仁天皇の時代に新羅の王子・天日槍命が帰化して開いたといわれている。中世には、西国に勢威をふるった守護大名・山名氏の本拠地として栄えるとともに、近世には五万八千石の但馬の雄藩として繁栄した。今なお昔ながらの面影をいたるところに残し、「但馬の小京都」と呼ぶにふさわしい情緒と雰囲気が漂っている。

所在地:668-0214 兵庫県豊岡市出石町

 

「辰鼓楼」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_28561aj2200023838/?partsScreenId=OUW3131&ccnt=kankou_rec_arnd_rnk&screenId=OUW2201&influxKbn=0

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/0/kuchikomi/1130/KXL/20c69_0001130909_1.jpg

概要:明治4年、旧三の丸大手門の櫓台に建てられた鼓楼で、当時は太鼓で時(辰)を告げていました。現在は町のシンボルとして大時計が時を刻んでいます

所在地:668-0214  兵庫県豊岡市出石町内町

「出石城跡」

参考サイト:https://www.city.toyooka.lg.jp/kanko/miru/1002168.html

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_28561af2170021044/?partsScreenId=OUW3131&ccnt=kankou_rec_arnd_rnk&screenId=OUW2201&influxKbn=0

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/1/kuchikomi/0361/KXL/f8c2d_0000361775.JPG

概要:かつての本丸跡を生かして隅櫓が復元されたのは昭和43年のこと。その後、登城門や登城橋も再建。春は桜の名所としても有名です。

所在地:668-0214兵庫県豊岡市出石町内町


14「兵庫県龍野市」(播磨の小京都)

参考サイト:http://www.city.tatsuno.lg.jp/shoukoukanko/rekishi.html

出典元:http://www.city.tatsuno.lg.jp/shoukoukanko/images/iphoto17.jpg

基本情報:兵庫県たつの市は、播磨の小京都と称される情緒ある城下町です。武家屋敷や龍野城跡、醤油蔵など歴史を感じさせる建物が並んでおり、揖保川や鶏籠山などの自然にも恵まれていて、見どころがたくさんある観光スポットです。

主要なスポット:以下参照

「うすくち龍野醤油資料館」

公式サイト:https://www.higashimaru.co.jp/enjoy/museum/museum01.html

参考サイト:https://www.compathy.net/magazine/2019/01/17/tatsuno-sightseeing/

出典元:https://fastly.4sqi.net/img/general/width960/30296039_VLzIP5tN80OhpuQcG6zFwn7xo-ktb-IaMIw5dvPGbcI.jpg

概要:「うすくち龍野醤油資料館」は、たつの市に昭和54年に開館した全国で初めての醤油の資料館で、レンガ造りのルネッサンス様式の建物はかつての「ヒガシマル醤油株式会社」の本社であったものであり、国の有形文化財に指定されています。龍野醤油の歴史は古く、1666年頃に製造技術が確立されました。たつの市は、大豆や小麦、そして塩や水などの醤油製造に必要な良質な原料が揃っており、その素材が活きた醤油として、龍野醤油は人気を博しました。

所在地:兵庫県たつの市龍野町大手54-1

問合せ:0791634573

「龍野城」

参考サイト:https://www.compathy.net/magazine/2019/01/17/tatsuno-sightseeing/3/

出典元:https://fastly.4sqi.net/img/general/width960/57661531_8i6ZFRQ0bR-xXVRJ7ouiP11D-lAfERR3dWL8fRgUGJE.jpg

概要:「龍野城」は、室町時代に築城された城です。当初は鶏籠山(けいろうさん)という山に山城として築城されましたが、天守が破壊されたのちの江戸時代には現在地に平城として築城されました。現在でも鶏籠山の山頂には龍野古城の本丸や石垣などの跡が残っており、標高約211メートルの鶏籠山にある本丸跡からは、揖保川と龍野市街を見渡すことができます。現在の龍野城の本丸御殿は、昭和54年に再構築されたもので、城全体が武装化した邸宅のような造りになっています。

所在地:兵庫県たつの市龍野町上霞城128-1

問合せ:0791643156

 

「如来寺周辺」

参考サイト:http://www.city.tatsuno.lg.jp/kouhohisho/nyoraiji.html

出典元:http://www.city.tatsuno.lg.jp/kouhohisho/images/img_6573.jpg

概要:寺院、浦川、醤油蔵などがあり、城下町龍野の情緒が残っています。如来寺境内には、露風の歌碑と筆塚があります。

所在地:679-4178 兵庫県たつの市龍野町大手65


15「島根県鹿足群津和野町」(西の小京都)

参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%92%8C%E9%87%8E%E7%94%BA

出典元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f0/Tsuwano_street_002.JPG/800px-Tsuwano_street_002.JPG

基本情報:明治維新前には津和野藩亀井氏城下町であり、山間の小さな盆地に広がる町並みは、「小京都」の代表格として知られているほか、津和野駅SLやまぐち号終着駅でもあり、山口市とセットで訪れる観光客が多数に上ります。また、在日米軍基地のある岩国市からも車で訪れることが出来るため、基地職員や米軍兵士などといった外国人観光客も比較的多く見られます幕末期以降の廃仏毀釈と、長崎から配流されてきたキリシタンへ、改宗の強要が実施された歴史があるほか、文豪森鴎外の出生地としてもしられています2005925、隣接していた日原町合併(新設合併)し、新たに津和野町となりました。毎年7月末に行われる祇園祭の中で、街中を練り歩く鷺舞は津和野の代名詞であり、国の重要無形民俗文化財に指定されています

主要なスポット:以下参照

「鯉の米屋/吉永米店」

参考サイト:https://tsuwano-kanko.net/sightseeing/look/%e9%af%89%e3%81%ae%e7%b1%b3%e5%b1%8b/

出典元:https://tsuwano-kanko.net/wp-content/uploads/2014/05/246.jpg

出典元:https://tsuwano-kanko.net/wp-content/uploads/2014/05/246_2.jpg

概要:津和野駅を降りて3分、昔ながらの米俵を軒に列ね、木彫りの「鯉のおる米屋」という看板が吉永米店目印。この店の奥には、水路を引き込んだおおきな池があり、色とりどりの錦鯉が群れをなして泳いでいます。餌をまくとその姿は圧巻。かつては津和野の家々にはこのような鯉を飼う池があり、観賞用として愛でていたようで、とくにこの吉永邸の鯉は、質・量ともに他を圧倒しています。「店構えはお米屋なのでみなさんちょっと戸惑うようですが、どうぞ遠慮なくおこしください」と御主人。見学は無料で、気さくな御主人や奥さんがやさしく迎え入れてくれます。

所在地:699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田ロ296

問合せ:0856-72-0011

 

「殿町通り・多胡家老門」

参考サイト:https://tsuwano-kanko.net/sightseeing/look/%e6%ae%bf%e7%94%ba%e9%80%9a%e3%82%8a%e3%83%bb%e5%a4%9a%e8%83%a1%e5%ae%b6%e8%80%81%e9%96%80/

出典元:https://tsuwano-kanko.net/wp-content/uploads/2014/05/239_1.jpg

出典元:https://tsuwano-kanko.net/wp-content/uploads/2014/05/239_2.jpg

概要:養老館前のあたりは殿町と呼ばれ、かつて家老屋敷が隣接していたところ。なまこ塀と掘割りに泳ぐ鯉など、津和野のシンボル的スポットです。多胡家は亀井氏 11代にわたって家老職を務め、藩財政に大きく貢献した家柄。瓦葺きで、間口4m、長さ26mの立派な武家屋敷門が今も残っています。同じく家老だった太 岡家が隣接しており、門を入ると古いたたずまいが印象的な町役場になっています。

所在地:699-5605  島根県鹿足郡津和野町殿町

 

「太鼓谷稲成神社」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_32501ag2130012145/?partsScreenId=OUW3131&ccnt=kankou_rec_arnd_rnk&screenId=OUW2201

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/8/kuchikomi/0678/KXL/b0956_0000678258_3.jpg

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/8/kuchikomi/1478/KXL/f6bb9_0001478979_3.JPG

概要:日本五大稲荷の一つに数えられ、津和野周辺はもちろん広く西日本の各地に崇敬者をもっています。奉納された約1000本の鳥居が参道に並び、長いトンネルを造っています。515日は春季大祭、1115日は秋季大祭が開催されます。

所在地:699-5605  島根県鹿足郡津和野町後田409

問合せ:0856-72-0219


16「岡山県津山市」(中国山中の小京都)

参考サイト:http://www.tsuyamakan.jp/tour/

「聚楽園」出典元:http://www.tsuyamakan.jp/upload/img/tour/565badcc9e0df_aaa0a348212f9efe910d078e092e81d5.jpg

基本情報:津山は、古くは美作国府・国分寺が置かれた政治・経済の中心にあり、旧出雲街道の要衝として栄えました。街道沿いに歩くと古い町並みが残っている津山には、防衛上の拠点として配置された寺院も今日まで残っています。津山盆地では吉井川が流れ、水運を利用して高瀬船も往来していました。江戸時代の二代藩主の森長継が京都から作庭師を招集して、仙洞御所をまねて造園させたのが衆楽園。長い池に四つの島を配置し、中国山地を借景した名勝として知られています。城跡には天守閣などはありませんが、鋭い石垣が鶴山公園として残っており、名城らしい面影を見ることができ特に桜の季節になると美しい姿を見せます。室町時代にもお城はありましたが、応仁の乱の余波で廃城となり、本格的に築城されたのは江戸時代に入ってからで。この地を治めた森家は、本能寺の変で織田信長とともに討ち死にした森蘭丸に繋がり、お城も弟忠政が築城したものです。江戸時代に入ると松平家が変わって入城し外様大名を卒業しました。市内は武家屋敷町、町人町、商人町と分かれていた地域が、今も面影を少し残しています。中でも城東地区一帯がよく残っており、小路歩も楽しめます

主要なスポット:以下参照

「城東町並保存地区」

参考サイト:http://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=132

出典元:http://www.tsuyamakan.jp/upload/img/tour/5a862b607440c_e3ace81b8f3f6364ec049ce5ea6ac96b.JPG

概要:城下町津山の東側に位置し、旧出雲街道に面しています。茶屋、豆腐屋、紺屋、塩屋などの商人や家加治屋、大工、左官などの職人の家が並ぶ町人町でした。長さは1.2になり、街道沿いの多くの家屋が近世以降の伝統的建造物として現存しています。平成25年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

所在地:岡山県津山市橋本町~東新町

問合せ:津山市歴史まちづくり推進室 0868-32-7000

 

「作州城東屋敷」

参考サイト:http://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=93

出典元:http://www.tsuyamakan.jp/upload/img/tour/565bb28ddf732_53c877fb7e50bd4c8dff5562105e6731.JPG

概要:江戸時代の町家を復元した無料休憩所。白壁と火の見櫓が目をひきます。小学校や岡山県津山工芸専修学校など城東の教育の場として利用されてきました。平成5年(1993)より作州城東屋敷として、整備し活用されることになりました。屋敷裏の「だんじり展示館」には、県指定文化財だんじり4台が展示され、館内には郷土画家、河野磐(こうのいわお)さんのスケッチを展示しています。

所在地:津山市中之町19

問合せ:0868-24-6095

営業時間:9001700

休館日:水曜日

 

「箕作阮甫旧宅」

参考サイト:http://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=97

出典元:http://www.tsuyamakan.jp/upload/img/tour/565bb32328f29_0e24edfab472a6bedcec2bd1ab76aced.JPG

概要:幕末に活躍した洋学者箕作阮甫(みつくりげんぽ)の生まれ育った家です。当時の町家がそのままの雰囲気で解体復元されています。町医者であった箕作阮甫の旧宅は、よく江戸時代の姿をとどめているとして、国の重要指定史跡となり、再整備され公開されています。

所在地:津山市西新町6

問合せ:0868-31-1346

営業時間:9301600

休館日:月曜日


17「岡山県高梁市」(備中の小京都)

参考サイト:http://www.city.takahashi.lg.jp/life/3/27/113/

出典元:http://www.city.takahashi.lg.jp/uploaded/image/313.jpg

出典元:http://www.city.takahashi.lg.jp/uploaded/image/242.jpg

基本情報:備中高梁は盆地の中にあり、高梁川が昔のたたずまいを残す町を静かに流れています。鎌倉時代に臥牛山に砦が築かれたのが、城下町としての始まりになります。天守閣のあるお城としては日本一高い場所にある備中松山城が町の自慢ですが、このお城は江戸時代の城主・水谷勝宗による改修によるもので、ほぼ当時の姿を残しています。庭園が美しい頼久寺は足利尊氏の建立したもの。美観地区の紺屋川筋、城下町らしく武家屋敷沿いの道は、気持ちのいい散策路になっています。見所はいろいろあ武家屋敷は二百石程度の侍の屋敷だったもの、醤油の製造場でもあった商家資料館もあります

主要なスポット:以下参照

「石火矢町ふるさと村」

参考サイト:http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=57

出典元:https://www.city.ozu.ehime.jp/uploaded/image/12215.jpg

概要:臥牛山南麓に広がる備中松山の城下町。その中で石火矢町は武家の町として営まれ、今も格式ある門構えの武家屋敷が250mに渡って立ち並んでおり、岡山県のふるさと村の指定を受けています。路地の両脇には白壁の長屋門や土壁が続き、当時の生活の面影を色濃く残っています。この一角には武家屋敷 旧折井家・旧埴原家が公開されており、武家の住まいを詳細に再現しているほか、資料館ではゆかりの武具などを展示しています。

所在地:岡山県高梁市石火矢町

問合せ:0866-21-0229

 

「高梁市商家資料館/池上邸」

参考サイト:http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=5

出典元:http://takahasikanko.or.jp/uploads/spot/photo01_0_400efd9d2ce395fc.jpg

概要:古い商家の並ぶ本町通りでひときわ目を引く池上邸は、享保年間八代将軍吉宗の頃、この地で小間物屋をはじめ、その後、両替商、高瀬舟の船主等を経て醤油製造で財をなした豪商の家。※平成24111日より無料休憩所として公開。以前の商家資料館としての公開とは一部異なります。

所在地:岡山県高梁市高梁市本町94

問合せ:0866-21-0217

開館時間:10001600

休館日:12/291/3まで

入館料:入館無料

「備中松山城」

参考サイト:http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=58

出典元:http://takahasikanko.or.jp/uploads/spot/photo01_0_928450078bdeba9e.jpg

概要:雲海が発生する時期は、9月下旬~4月上旬の明け方から午前8時頃。特に10月下旬~12月上旬の早朝には濃い朝霧が期待できます。雲海に浮かんだ備中松山城の姿は幻想的で、だれもが写真に撮りたいと思うおすすめスポットです。

所在地:岡山県高梁市奥万田町

ただし山中のため、番地はなく高梁市松山字楢井方面から入る必要あります

問合せ:高梁市観光協会TEL 0866‐21‐0461/高梁市産業振興課TEL 0866‐21‐0229

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