全国小京都2019

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18「広島県尾道市」(瀬戸内の小京都)

参考サイト:https://www.travelbook.co.jp/topic/6833

出典元:https://d1d37e9z843vy6.cloudfront.net/jp/images/3267455/700/0bcd242eaad8573f4ad821bcc1ec18b993eff814_575ccff65b03b_p.jpeg

基本情報:「坂の街」「文学の街」「映画の街」「アニメの五大聖地」として有名な広島県尾道市戦火を逃れたため、古くからある寺院や国宝が多く残っていて「西の小京都」とも呼ばれます。ほかにも、美術館や博物館、史跡など、文化や歴史に触れられる施設も数多く存在します。最近では、地元猫に会える“猫の細道”も人気となり、200mの細い路地に108匹の福石猫があったり、猫がモチーフの店があったりと、街歩きだけでも癒される人気スポットです。

主要なスポット:以下参照

「汐待亭」

参考サイト:https://www.ononavi.jp/sightseeing/showplace/detail.html?detail_id=573

出典元:https://www.ononavi.jp/upload/facilities/1330571946-1l.jpg?1564469229

出典元:https://www.ononavi.jp/upload/facilities/1330571946a-5s.jpg?1564469229

概要:瀬戸田・しおまち商店街にある元郵便局長の母屋だった旧家を公開しています。白壁の外観で、内部は見事な張りやタンスなどの調度類もあり当時の面影を今に伝えています。パンフレットも取りそろえているので、観光の際の休憩所としてもご利用ください。

所在地:722-2411 広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田425

問合せ:0845-25-6572

開館時間:11001600

休館日:月曜日

「猫の細道」

公式サイト:https://ihatov.in/

参考サイト:https://www.ononavi.jp/sightseeing/showplace/detail.html?detail_id=732

出典元:https://ihatov.in/cattrail/img/image_001.jpg

出典元:https://ihatov.in/cattrail/img/image_002.jpg

概要:猫の細道は艮神社の東側から天寧寺三重塔にかけて続く約200mの細い路地。作家の園山春二先生が生み出した「福石猫」を1998年よりこの路地に置きはじめ、この愛称で呼ばれるようになりました。また周辺には空き家を再生した隠れ家的なお店や美術館もたくさん点在しているので、猫の気分でそぞろ歩きを楽しんでみてはいかがでしょうか。

所在地:広島県尾道市東土堂町

 

「美可崎城址」

参考サイト:https://www.ononavi.jp/sightseeing/showplace/detail.html?detail_id=677

出典元:https://www.ononavi.jp/upload/facilities/1330572154-1l.jpg?1564469995

概要:三庄湾の南、地蔵鼻と呼ばれる岬の先端部に位置する場所にある城址です。室町中期に因島村上水軍がここに築城し、沖合を行く船から通行料を徴収する拠点としていました。現在では因島八十八か所の金剛福寺や東屋が建てられており、そこから水軍たちが見ていたであろう瀬戸の風景を楽しむことができます。

所在地:広島県尾道市因島三庄町

問合せ:尾道市因島総合支所しまおこし課0845-26-6212

入場料:無料自由散策


19「山口県山口市」(西の小京都)

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/cit_352030000/

「常栄寺雪舟庭」出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/images/ryotei/0/007380/XL/000073806011001000000A001.jpg

「旧山口藩庁門」出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/8/kuchikomi/0008/KXL/dcf00_0000008079.jpg

基本情報:古くから本州と九州をつなぐ中心地として栄え、室町時代に巨大勢力を持った大内氏が京都をまねた街づくりをしたことから、京文化が色濃く繁栄。「西の京都」とも言われています。現在でも歴史的な建造物が多数点在し、中でも国宝にも指定されている瑠璃光寺五重塔はその美しさから日本三名塔の一つにも数えられています。

主要なスポット:以下参照

「瑠璃光寺五重塔」

参考サイト:http://www.yudaonsen.com/rurikoji/

出典元:http://yamaguchi-city.jp/details/images/aa_ruri_tou_01.jpg

概要:応永の乱(大内氏の勢力を恐れた将軍義満との間で泉州堺に於いて起こった戦乱)で敗死した25代義弘の菩提を弔うため、弟の26代盛見が建立を計画し、完成は嘉吉2年(1442年)ころといわれる、大内氏の文化遺構です。その美しさは日本三名塔の一つに数えられ、全国に現存する五重塔の中で10番目に古いものです。室町時代中期におけるもっとも秀でた建造物と評され、大内文化の最高傑作として国宝に指定されています。高さは、31.2m、屋根は桧皮葺です。日没から夜間は五重塔がライトアップされています。

所在地:山口市香山町7-1

問合せ:083-924-9139

開園時間:入園自由

休園日:年中無休

入園料:自由入園

 

「洞春寺山門・観音堂」

参考サイト:http://yamaguchi-city.jp/details/aa_tousyun.html

出典元:http://yamaguchi-city.jp/details/images/aa_tousyun_02.jpg

概要:この観音堂は上宇野令滝の観音寺にあったものです。観音寺は大内義弘の子持盛が豊前国篠崎で戦死した後、菩提寺としたところです。観音寺は後に勝音寺と改まり、さらに毛利氏の時代になってからは大通院と称していました。堂は朽廃が著しかったのですが、大正4年に洞春寺境内に移建しました。桁行三間、梁間三間、一重もこし附入母屋造り、銅板葺(修理前こけら葺)の建物です。永享2年(1430年)建立ということが厨子裏の板銘にあります。床は禅風の四半敷瓦です。須弥壇は束の間に格狭間が入っていて、純粋な禅宗様式とはいえません。蹴込板には色彩を施した蓮の彫刻があり、室町時代の特徴をよく出しています。岩屋造り厨子も当初のままと思われます。現在山門とともに重要文化財となっています。

所在地:753-0082 山口県山口市水の上町527


20「愛媛県大洲市」(伊予の小京都)

参考サイト:http://www.oozukankou.jp/

出典元:http://www.oozukankou.jp/images/sample2.jpg

基本情報:大洲市は、肱川の流域にある大洲城を中心に発展した旧城下町です。『伊予の小京都』と呼ばれる大洲は市の中央部を清流「肱川」が流れており昔ながらの街並みや、美しい田園風景・山並みが特徴です。歴史を感じさせる、ノスタルジックでどこか懐かしい場所や美しい自然を満喫できる美しい場所など情緒あふれる名所の数々が今も息づいています。

主要なスポット:以下参照

「臥龍山荘」

参考サイト:http://www.oozukankou.jp/01tourism.html#nagahama

出典元:http://www.oozukankou.jp/images/kankou/kankou_o02.jpg

概要:臥龍山荘は肱川流域随一の景勝地に望む三千坪の山荘で臥龍院・知止庵・不老庵の三建築はそれぞれ風情ある数寄をこらした逸品揃いです。 特に臥龍院にある清吹の間、壱是の間、霞月の間は、春夏秋冬、四季折々に深い趣があり、忘れかけた茶の心、日本の心が今に生き続けています。

所在地:大洲市大洲4112

問合せ:0893-24-3759

開館時間:9001700

休館日:年中無休

 

「明治の家並」

参考サイト:https://www.city.ozu.ehime.jp/site/kanko/1211.html

参考サイト:http://www.oozukankou.jp/kanko-o4.html#meiji

出典元:http://www.oozukankou.jp/img/kankou/meiji.jpg

出典元:https://www.city.ozu.ehime.jp/uploaded/image/12215.jpg

概要:一帯は、戦災にあわなかったことも関係して、城下町特有のT字路、L字路、袋小路など、伝統的な町並みが残っており、地名等も城下町の風情をしのばせるものが多くあります。商家と武家屋敷の境界の通りでは、両者で好対称を見せています。また水害への対策として土蔵などは水に浸かるのを防ぐため、一段高いところに作られているのも大洲市の家並みの特徴です

問合せ:大洲市観光まちづくり課 0893-24-1717


21「高知県中村(現・四万十市)」(土佐の小京都)

参考サイト:https://www.shimanto-kankou.com/kanko

出典元:https://www.shimanto-kankou.com/wp/wp-content/uploads/2017/02/syobumatsuri_mein.jpg

出典元:https://www.shimanto-kankou.com/wp/wp-content/uploads/2017/02/suirenmatsuri_mein.jpg

基本情報:四万十市も昔から「土佐の小京都」と呼ばれてきました。起源は室町時代。応仁の乱の戦火を避けるため、関白一條教房公はここ中村(現・四万十市)に中村御所を構えました(現在の一條神社)。都を懐かしんだ一條公は、京都を模した碁盤の目状の街づくりをしました。昭和21年の南海大地震で昔ながらの街並みはほとんど残っていませんが、現在でも碁盤の目の街並みや鴨川や東山など京都に見立てた地名やゆかりの神社などもあちこちに残っていますし、「大文字の送り火」や土佐一条公家行列「藤祭り」、「一条大祭」などの京文化の名残りもあります。四万十市は、「小京都」の3条件を全て満たしていす。全国小京都会議は、昭和60年に京都を含めて26ヵ所で発足しましたが、同会発足のきっかけは、実は四万十市が作りました。四万十市中村では毎年11月に「一條大祭」で奉納する御神火を、京都下鴨神社からいただいておりました。昭和57年、その御神火をいただくために京都を訪れた際、京都の観光協会を表敬訪問ました。その際に対応した京都観光協会の方が、京都との繋がりを大切にしてる四万十市の文化に大変感激、これがきっかけとなり、3年後に全国京都会議が発足したのです。現在は46の自治体が加盟しており、全国に広がってます。

主要なスポット:以下参照

「大文字の送り火」

参考サイト:https://www.shimanto-kankou.com/kanko/culture/daimonji.html

出典元:https://www.shimanto-kankou.com/wp/wp-content/uploads/2017/02/daimonji_mein.jpg

概要:大文字の送り火は、四万十市間崎地区の盆行事で小京都中村に夏の終わりを告げる風物詩です。旧暦の716に山の神を祭っている十代地山(地元では、大の字山と呼んでいます)の中腹の草木を大の字形に掘り、そこに地区の各戸から集めた松明を配して焚火を行います。いわれとしては、約五百年前、応仁の乱を逃れて中村に下った一條教房の息子、房家が教房と祖父兼良の精霊を慰め、京都を懐かしんで始めたと伝えられてきました。運営は、間崎地区住民(間崎地区78戸が7組に分かれ、各組が1年交代で当番にあたります)があたり、全国で京都と、京の雅を現代に伝える中村だけの珍しい行事で、一條公ゆかりの火として大勢の見物客の目を楽しませてくれます。2019年・令和元年816日(金)(旧暦716日)19時から点火予定です。

所在地:高知県四万十市間崎

問合せ:四万十市観光協会 (0880)34-1555

 

「沈下橋(佐田沈下橋)」

参考サイト:https://www.shimanto-kankou.com/kanko/shimanto-river/shimantoriver.html

出典元:https://www.shimanto-kankou.com/wp/wp-content/uploads/2017/03/chinkabashi_ph001.jpg

概要:四万十川には本流、支流を合わせて47の沈下橋が残ります。沈下橋は増水時に橋が流されないように欄干を作らず、水中に沈むように設計された橋で、現在でも生活道として利用されています。中村市街地に最も近いのが佐田の沈下橋です。周辺では川エビやウナギ漁なども見られ、菜の花の季節は四万十川の風物詩となっています。 中村駅より車で15分。自転車で40分。バスはありますが不便です。四万十川最下流で最長の沈下橋。もっとも観光客になじみのある沈下橋でシーズン中は多くの観光客で賑わいます。

所在地:787-1106  高知県中村市佐田

建設年月日:昭和47
全長:291.6m
幅員:4.2m


22「福岡県甘木市(現・朝倉市)」(筑前の小京都)

参考サイト:https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/traditional/little-kyoto/

出典元:https://img.travel.rakuten.co.jp/mytrip/content/traditional/little-kyoto/images/2019/akizuki01.jpg

「目鏡橋」出典元:https://img.travel.rakuten.co.jp/mytrip/content/traditional/little-kyoto/images/2019/akizuki02.jpg

基本情報:甘木市(あまぎし)は、福岡県の中央に位置していたですが、2006320朝倉町杷木町と対等合併し、「朝倉市」となりました。国道386号沿線地域のうち、市の西部の一帯が現在の中心地となっており、中心商店街や西鉄甘木線・甘木鉄道の駅などが立地します。市中心部から北東約8kmの位置に旧城下町の秋月地区があります。秋月地区は明治時代以降、地域の中心地としての役割を失い、人口が急減しましたが、現在では「筑前の小京都」と呼ばれる観光地として、多くの人々が訪れます「甘木」という地域名は、920年(延喜20年)に建立された甘木山安長寺に由来するとされます。鎌倉時代の1203年(建仁3年)、原田種雄(たねかつ)が幕府より秋月庄を賜り、秋月氏を名乗り、以後、秋月氏による統治が行われ城下町として栄えました。しかし1587年(天正15年)、九州に攻め込んだ豊臣秀吉の軍勢の前に敗れ、秋月氏は日向国高鍋に移封されました。その後1623年(元和9年)、福岡藩を統治していた黒田長政の遺言により、長政の三男黒田長興が秋月に分封され秋月藩が成立、以後は黒田氏による統治が明治時代の廃藩置県まで続くこととなりました。

主要なスポット:以下参照

「秋月城下町」

参考サイト:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297662798695/index.html

「杉の馬場」出典元:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297662798695/simple/180216141821_0.jpg

概要:筑前の小京都秋月は、中世には秋月氏16代の本拠地であり、近世になって黒田長政の三男長興が秋月藩5万石を分知されて、現在の秋月の原型となる町づくりを行い、明治まで城下町として栄えました。「秋月千軒」とうたわれた賑わいは現在では既に失われましたが、周囲の山々と町を流れる水系の美しさと伝統的町並みが調和して、他の地域にない情緒ある景観が守られており、年間を通じて多くの人々が訪れています。

秋月城址所在地:838-0011 福岡県朝倉市秋月野鳥界隈

 

「旧田代家住宅」

参考サイト:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297665014824/index.html

出典元:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297665014824/simple/141126132718_0.png

概要:旧田代家住宅は、秋月藩の上級武家屋敷で、城下町に残された武家屋敷の中でも規模が大きく、主屋・土蔵・門・土塀・庭園という屋敷地の要素を全て有しています。田代家は、寛永元年(1624)秋月藩成立時、初代藩主黒田長興(長政三男)に付けられた家老、田代外記(政純、2000石)からはじまります。建物の年代は、文化11年(18149月に田代家焼失の記録があり、翌年までに再建されたものと思われます。建物復元にあたっては、武家屋敷としての遺構が多く残る江戸後期頃の状態を再現しています。

所在地:朝倉市秋月180番地1

問合せ:094628-7341朝倉市教育委員会文化・生涯学習課

開園時間:9001600

休館日:年末年始

入館料:無料

「石田家住宅」

参考サイト:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297672685472/index.html

出典元:http://www.city.asakura.lg.jp/www/contents/1297672685472/simple/150310145331_0.jpg

概要:秋月城下町の町屋地区の中心部にあります。もとは秋月藩の御用商人であった甘木屋遠藤家の持家で、出店あるいは貸家として使用されてきました。西棟は宝暦の大火(1762)後すぐに再建され、東棟は寛政11年(1799)に建てられ幕末に改修を受けた記録があります。本住宅の特徴は、細長い敷地に「みせ」「なかのま」「ざしき」が一列に並ぶ典型的な町屋が並行して建ち、ある時は一棟に併合し、または再び二棟分割するという居住空間の巧みな利用法にあります。

所在地:朝倉市秋月

ご観覧について注意事項:外観のみのご観覧となります。個人宅ですので、ご観覧の際はご配慮をお願いいたします。


23「熊本県人吉市」(熊本の小京都)

参考サイト:http://www.kyu-shokyoto.org/hitoyoshi/

出典元:http://www.kyu-shokyoto.org/wp-content/uploads/hitoyosi02.jpg

「人吉城址」出典元:http://www.kyu-shokyoto.org/wp-content/uploads/hitoyosi01.jpg

基本情報:熊本県南部に位置し、市街の中心を東西に日本三急流のひとつ「球磨川」が流れている人吉市は、鎌倉時代から明治になるまでのおよそ700年間、この地を相良氏が統治し、今でもその歴史文化遺産が数多く残る城下町です。人吉市には、平成20年に国宝指定を受けた青井阿蘇神社や日本三急流での球磨川下り、城下町の風情を味わうことができる石畳の鍛冶屋町通り、気軽に立ち寄ることができる公衆浴場もある人吉温泉など、1年を通して楽しめる観光スポット多数あります。

主要なスポット:以下参照

「鍛冶屋町通り」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_43203ad2150017032/?screenId=OUW3701

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/0/kuchikomi/0040/KXL/87336_0000040738.jpg

概要:市内には、小京都と呼ぶにふさわしい趣ある一角があります。代表的なものが「鍛冶屋町通り」です。鍛冶屋町は、その名の通りその昔鍛冶職人の町でした。今も2軒の鍛冶職人が鎚を振るっています。石畳を中心に昔ながらの町並みが軒を連ねています。

所在地:868-0001  熊本県人吉市鍛冶屋町

 

「武家蔵」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_43203ae2182020831/?screenId=OUW3701&influxKbn=0

出典元:https://www.jalan.net/jalan/img/0/spot/2020/KXL/43203ae2182020831_1.jpg

概要:相良藩の家老屋敷跡です。正面に立つ「堀合門」は人吉城から移築されたもので、母屋は球磨郡錦町にあった藩主の御仮屋を移築したものです。 ここで販売されている焼酎アイスもオススメです

所在地:868-0057  熊本県人吉市土手町35

問合せ:0966-22-5493

見学時間:9001700

休館日:火曜日


24「大分県日田市」(豊後の小京都)

参考サイト:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi.html

出典元:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi00.jpg

出典元:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi07.jpg

出典元:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi01.jpg

基本情報:日田市は、周囲を阿蘇・くじゅう山系や英彦山系の美しい山々に囲まれ、これらの山系から流れ出る豊富な水が日田盆地で合流し、筑後・佐賀平野を貫流しながら、流域住民と福岡都市圏住民の生活や産業を潤しています。さらには、古くから北部九州の各地を結ぶ交通の要所として栄え、江戸時代には幕府直轄地・天領として西国筋郡代が置かれるなど、九州の政治・経済・文化の中心地として繁栄し、当時の歴史的な町並みや伝統文化が今なお脈々と受け継がれています

主要なスポット:以下参照

「草野家住宅(国指定重要文化財)」

公式サイト:https://www.kusanohonke.jp/

参考サイト:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi.html

出典元:http://machinokatachi.main.jp/44/44_hitamamedamachi05.jpg

概要:大分県日田市豆田町。豆田町は国の伝統的建造物保存地区に指定されており、その中心となる草野本家は、2009年に国の重要文化財に指定されました。年に4回、「お雛祭り」「端午の節句」「祇園祭」「天領祭り」の時期に一般公開いたしております。歴史を感じる品格のある建物や中庭、大変貴重な展示品など、ご来館の際には是非お楽しみ下さい。

所在地:大分県日田市豆田町11-4

問合せ:0973-24-4110 草野本家

開館時間:10001700(年4回公開)

入館料: 大人500円、中・高生250

「薫長酒造資料館」

公式サイト:https://www.kuncho.com/

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_44204cc3290030829/?screenId=OUW3701

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/0/kuchikomi/4520/KXL/85db7_0004520033_1.jpg

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/1/kuchikomi/4461/KXL/4f0b0_0004461654_3.jpg

概要:文政9年(1826年)に建てられた酒造の2階を酒造資料館として開放して酒造りの歴史や文化を多くの人に伝えています。また、資料館の隣の酒造の一部には酒造りの工程や昭和30年頃の酒造りの様子を知ることができる「お酒の学習室」設けられています

所在地:877-0005 大分県日田市豆田町631

問合せ:0973-22-3121

開館時間:9001630

休館日:年始

入館料:入館無料

「黎明館(ひた押し花美術館)」

参考サイト:https://www.jalan.net/kankou/spt_44204ae2180022001/

出典元:https://cdn.jalan.jp/jalan/img/7/kuchikomi/1587/KXL/8cc19_0001587258_1.JPG

概要:大正5年に大分銀行日田支店として建てられた洋風の建築物で、赤煉瓦を配した美しい外観が大正ロマンを感じさせます。「戦前の貴重な建物2000件」に名を連ねており、平成13年に改装し、1階は「ひた押し花美術館」となって簡単な体験もでき、2階はギャラリーや会議室として利用できます。

所在地:大分県日田市隈2-2-1

問合せ:0973-25-5060

開館時間:9001700

休館日:水曜日・お盆・年末年始

入館料:入館無料


25「宮崎県那珂郡飫肥町」(九州の小京都)

公式サイト:http://obijyo.com/

参考サイト:https://www.kankou-nichinan.jp/tourisms/375

出典元:https://www.kankou-nichinan.jp/ctrl-nichinan/wp-content/uploads/ootemon-1.jpg

出典元:https://www.kankou-nichinan.jp/ctrl-nichinan/wp-content/uploads/IMG_0991-1.jpg

基本情報:飫肥は江戸時代の五万一千石・伊東家の城下町。当時の町並みがほぼ現存しており、「九州の小京都」と称されています。石垣や蔵、武家屋敷通りなど見どころが満載! 中でも飫肥街道の本町商人通りは、道路の両側に白壁や瓦屋根の家並みが続き、歴史を感じながらゆったりと散策するのに最適です。

主要なスポット:以下参照

「飫肥城」

公式サイト:http://obijyo.com/

参考サイト:http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/map/spot19/

出典元:http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kenmin/kokusai/senkaku/map/spot19/imgs/pht_01s.jpg

概要:飫肥藩57千石の夢の跡で、天守閣は残っていませんが、石垣や石段、堀跡などが武家時代の雰囲気をしっかりと感じさせてくれます。銘木飫肥杉で復元された落ち着きある大手門は見ごたえたっぷりです。飫肥城跡を含めた周辺は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているので、併せて町並み散策をおすすめいたします。

所在地:宮崎県日南市飫肥10丁目

問合せ:0987-25-4533(飫肥城歴史資料館)

開城時間:9301630

休業日:12293031

入場料:大人610円、高校生・大学生460円、小学生・中学生360

 

「豫章館」

参考サイト:http://obijyo.com/shisetsu/yoshyoukan/

出典元:http://obijyo.com/wp-content/uploads/yosyokan-300×200.jpg

概要:藩主伊東家の屋敷と庭園です。豫章館(よしょうかん)明治2年に造られた藩主伊東家の住まいで、広い屋敷地に主屋や御数寄屋・雑舎・蔵を配し、入口には薬医門を構えています。飫肥城下では最も格式のある武家屋敷で南面一帯は武学流の作庭といわれる庭園があり、広い空間に庭石や石灯籠・庭木などが巧みに配置され、閑静な佇まいの枯山水式庭園で

所在地:889-2535 宮崎県日南市飫肥9丁目1

問合せ:0987-25-9300

開館時間:9001700

休館日:未確認

入館料:大人610円 高大460円 小中360(由緒施設共通券価格)

由緒施設…豫章館、松尾の丸、歴史資料館、小村記念館、旧山本猪平家、商家資料館、高橋家住宅の7施設。


26「鹿児島県知覧町(現・南九州市)」(薩摩の小京都)

参考サイト:https://www.kagoshima-kankou.com/guide/11053/

出典元:https://www.kagoshima-kankou.com/image.php?w=790&h=525&f=/db_img/cl_img/11053/09FCD735497F4457D4928C842CFBED72.jpg

基本情報:鹿児島県南九州市は,薩摩半島の中心に位置しており,南は東シナ海に面しています。人口は約4万人、温暖な気候で降水量にも恵まれ,緑に囲まれたのどかな町です。南九州市の基幹産業は農業です。中でも「お茶」と「さつまいも」の生産量は日本一を誇ります。かごしま知覧茶は商標登録がなされ,全国茶品評会で幾度となく農林水産大臣賞や産地賞を受賞するなど品質が認められ、ブランドとして確立しています。青果用さつまいものブランド「えい紅さつま」「知覧紅」は計画的に一年中出荷がなされ,甘くほくほくした味わいは全国愛されています。また、でんぷんや焼酎の原料用としてのさつまいも栽培も盛んに行われています。これを受けた焼酎の醸造や川辺の仏壇産業など伝統的地場産業も盛んに行われ、地域経済の骨格として大きな役割を担っています。特に,川辺仏壇は長年培われた伝統や技法が認められ,国の伝統的工芸品の指定を受けています。また南九州市は、もともと「薩摩の小京都」と言われ現在でも年間約100万人が訪れる観光のまちでもあります。

主要なスポット:以下参照

「知覧武家屋敷群(国選定重要伝統的建造物群保存地区)」

参考サイト:http://www.kyu-shokyoto.org/minamikyushu/jyouka/

出典元:http://www.kyu-shokyoto.org/wp-content/uploads/A3ED_zyouka011.jpg

出典元:http://www.kyu-shokyoto.org/wp-content/uploads/A3ED_zyouka03.jpg

概要:武の国・薩摩を歩くと、整然と並ぶ石垣や厳かな腕木門を配した武家屋敷に出会います。それは島津藩政時代に、藩内に百十三築いたと言われる外城と呼ばれるものです。第十八代知覧領主 島津久峯は、藩主の参勤交代に伴い江戸へ上がりました。道中、京都へ赴き漢詩や書道を学び、家臣共々京の文化に接し、知覧へ持ち帰ったといわれています。名園の誉れ高い庭は母ヶ岳を借景にし町並み全休が箱庭のような趣があり、薩摩の小京都と呼ばれています。

「知覧武家屋敷庭園」

参考サイト:https://www.kagoshima-kankou.com/guide/11053/

出典元:https://www.kagoshima-kankou.com/image.php?w=790&h=525&f=/db_img/cl_img/11053/122EA2799B4611DF576F7E7F9795B074.JPG

出典元:https://www.kagoshima-kankou.com/image.php?w=790&h=525&f=/db_img/cl_img/11053/8E1E715C6C83B4AA600B7D9825D1A898.JPG

概要:江戸中期に造られた7つの庭園は、国の名勝に指定されています。その他母ヶ岳を借景とした武家屋敷の通りなど、散策すれば、江戸時代にタイムスリップした気分に。

所在地:鹿児島県南九州市知覧町郡13731-1

問合せ:0993-58-7878

開場時間:9001700

休業日:年中無休

入場料:大人500円、小人300